1人の女王が治めるこの宇宙の中心、主星。
 その中にある、女王や守護聖が住まう異なる流れの聖地にて、新しい女王試験が始まってしばらくの時が過ぎた。





 閉じ込めた思い

麗らかな陽射し、柔らかな風、昼寝でもすればとても気持ち良さそうなお昼前。 今日は日の曜日で育成も休みだからか、宮殿はとても静かだ。 お役目大事の首座の守護聖様も今日はきちんとお休みされるそうだ。 『貴方が働けば周りも休めないでしょう?』 そう、先日即位したばかりの新しい女王陛下に言われてしまったのだとか。 よって、今休んでいない人がいるとしたら、彼に輪をかけて真面目…というか研究大好きの主任くらいかもしれない。 けれど王立研究院は宮殿とは別の場所にある。 そんなこんなでつまり、日の曜日の宮殿には誰もいない。 ―――はずの廊下を、栗髪の女王候補 アンジェリークが歩いていた。 彼女の手には分厚い本が1冊。 休日でも宮殿だからだろうか、きちんと制服を来ている。 誰ともすれ違うことのない長い廊下をひたすら歩き、彼女は目的の扉の前に到着した。 ポケットから鏡を出し、軽く手ぐしで髪を整えてから深呼吸をひとつ。 そうして意を決した彼女は慎重に扉を叩いた。 「はーい?」 のんびりとした声で応えが変えてくると緊張が増す。 固まっている間に足音が近づき、静かにその扉は開いた。 「おや、アンジェリーク。」 彼女だと認識すると、その部屋の主は目をぱちくりさせる。 「る、ルヴァ様っ おはようございます!」 「はい、おはようございます。」 少しだけ驚いた顔を見せていた地の守護聖は、すぐにいつもの穏やかな笑顔に戻って挨拶を返してくれた。 そのおかげで幾分緊張が解けたアンジェリークはホッと息を吐く。 「今日は日の曜日ですよ? どうしたんですか?」 不思議そうに首を傾げられて、アンジェリークは慌てて手に持っていた本を差し出す。 「あの、この本、を… 返すのを忘れていて…… お屋敷の方を尋ねたら、こちらだろお伺いして…」 「月の曜日でも構わなかったんですが… 私が困ると思ったんですね。わざわざありがとうございます。」 ふんわりと微笑まれて彼女は真っ赤になってしまった。 しかし彼女が今日彼を尋ねた目的はそれだけではなくて。 「え、と… それで……」 カタン 「! お客様がいらっしゃったんですね! スミマセンッ」 部屋の奥から微かに聞こえた物音で、アンジェリークは中に人がいる気配に気がつく。 彼とて用もなく休日の宮殿にいるはずがない。つまりこの来客が用事なのだろうと今更気づいた。 「ま、また続きは今度借りに来ますね…っ 失礼しました……!」 今までで1番赤い顔をして、彼女は逃げるようにそこを去った。 ルヴァがドアを閉めて戻ってくると、窓際のテーブルに座っていた客人はパタンと本を閉じて顔を上げる。 「あら、帰ってしまったの?」 そう言う彼女は少し残念そうだ。 「引き止めても良かったのに。」 金の髪の―――女王陛下は、少女のようにクスクスと笑った。 今日はドレスではなく可愛らしいピンクのワンピースだからか、見た目も本当に普通の少女のようではあるが。 「貴女がここにいることをどう説明すればよろしいんですか…」 別に正当な理由もあるのだからやましいことはないのだが、真実の方が言い訳がましいような気がするのだ。 「それに、緊張して泣いちゃうかもしれないわね。」 彼の言葉を継いで彼女は仕方ないと肩を竦めた。 「あの子はよく来るの?」 本を元の棚に戻して、今度はその隣の本を手に取る。 それを持って席に着けば、今度はルヴァが顔を上げた。 「そうですね。彼女も本が好きだそうですよ。…同じなのは名前だけではなかったんですねぇ。」 女王の名もまたアンジェリークという。 偶然なのか運命なのか、同じ名前を持つ者がまた女王候補に選ばれた。 新しい女王候補の名前を聞いたときに守護聖も皆驚いたものだが、ルヴァとしてはまた新しい共通点を見つけてしまい驚いている。 そしてそのルヴァの言葉は彼女にも身に覚えのあるもの。 「私も本が好きだったから、最初から貴方の執務室に入り浸っていたものね。」 途中から半分くらい目的は変わっていたけれど。 それをルヴァは知る由もない。 それに… 「同じなのはそれだけじゃないのかも…」 「?」 きょとんとしているルヴァは分かっていない様子。 けれど、アンジェリークは直感で気づいてしまった。 彼女の行動と態度は自分にもものすごく覚えがあったからだ。 「にぶちんさんには分からないか。」 「??」 彼の視線には応えず、目的のページを読み終えた彼女は席を立つ。 「さて、と。これで大体調べたいことは全部分かったわ。ありがとうルヴァ。」 彼の部屋は彼の趣味により若干偏ってはいるが、普通の図書館ではまず読むことができそうにない専門書がたくさんある。 新米女王としてまだまだ勉強不足の彼女からすれば、ここはとても貴重な場所だった。 「陛下ッ?」 さっさと本を棚に返して帰ろうとする彼女をルヴァは些か焦った様子で呼び止める。 「もう帰られるんですか? その、ランチでもご一緒にと思ったんですが…」 事も無げに告げられた誘いにアンジェリークはつい苦笑いしてしまう。 「ダメよ、ルヴァ。」 「え?」 「そんなことを言われると期待してしまうわ。」 他意のない言葉に期待してしまうのは私。悪いのは私の気持ちだ。 それを責任転嫁してる。 「だから、そんな風に気軽に言ってはダメよ。」 女王になることを選んだのも私。 この道を選んだことを後悔はしていない。 ただ、まだ消せない恋心が理不尽なだけ。 「分からないことがあったらまた来るわね。」 「陛下!」 彼の言葉は聞かずに部屋を出る。 これ以上ここにはいられなかった。 『アンジェリーク』 彼に名前を呼ばれている彼女が羨ましい。 今はもう呼んではもらえない名前。 同じ名前の彼女は彼にその名を呼んでもらえるのに。 「バカだわ… 傷つく権利なんてないのにね。」 ******** 知らず足を向けていた場所。 「…どれだけ本が好きなのって感じ?」 気がついたアンジェリークは自嘲気味に笑った。 静寂に包まれ、埃臭い紙のにおいが辺りを満たしている。 ぱらりと誰かがページを捲る音も、窓から差し込む光でキラキラと光る塵も。 アンジェリークはこの雰囲気全てが好きだった。 ここは聖地の施設のひとつである図書館。 よくお忍びでここへ来ては本を読み漁っている。 だからここで時間を潰すことは何の苦痛もないのだけれど。 「あーあ、勿体無いことしちゃった…」 ルヴァとランチ。本当はとっても行きたかった。 でもあんな断り方をしたし、もう誘われることもないと思うと本気で凹んだ。 「ほんと バカ……」 最奥の本棚の前に座り込む。 膝に頭を乗せて小さくなり、深い溜め息をつくと涙はどうにか堪えられた。 この恋が思い出に変わっているなら受けることもできた。 けれどまだ、過去にするには時間が足りなくて。 あの時はこの選択しかなかったし、女王という立場を重荷に感じたことはない。 でも、まだ胸が痛い。 「―――さすがはロザリアですね。」 すごく間近に聞こえた声に驚いてがばりと顔を上げた。 そこには予想通りの人の姿。…自分が彼の声を間違うはずもないのだけど。 でも、驚いてしまった。 「ルヴァ!? どうして貴方がここに!?」 目が合った途端にホッとして微笑む彼に、信じられないという顔をする。 偶然…見つけたわけではなさそうだ。 「ロザリアに聞いたら、たぶんここにいるだろうと。」 彼は自分を探していた。 でも、何故? 「…貴女が去ってから、貴女が残した言葉の意味を考えていました。」 「! わ、忘れて!!」 恥ずかしい。 勢いに任せて何かすごいことを言った気がする。 顔を真っ赤にして言うけれど、彼は聞き入れないと首を振った。 「いいえ、大事なことです。ここでなかったことにすれば、私は貴女を失ってしまう。」 「え?」 それは、どういうこと? 「ルヴァ、何を言っているのか分からないわ。」 困ったように尋ねると彼はそっと膝をつく。 すると彼と目線が同じになって、同時に目が逸らせなくなった。 「…私は、貴女に思いを告げませんでした。それは、貴女が女王になるだろうと分かっていたからです。」 いつもの穏やかな笑顔とは違う真剣な顔に惹き込まれる。 「そんな貴女に思いを告げたところで困らせるだけだと思っていました。」 互いに思いを隠していた。 思いは通じ合っていたのに、2人とも同じ思いを持っていたのに。 「けれどそれは間違っていたんですね。」 すれ違っていた思いが、今。 「貴女は私を好きですか?」 「って、そこでそれを聞くの!?」 今の流れでそれは無いんじゃないだろうか。 非難じみた声を上げたアンジェリークに、ルヴァはくすりと笑う。 どうやら天然で言ったわけではなく確信犯だったらしいとその顔で悟った。 「言葉で確かめたいだけです。」 彼はしれっとそんなことを言う。 こんな人だっただろうか。 今まで見てきた彼はもっと違った気がするのだけど… 少しだけ考えて、アンジェリークは彼の手に触れた。 大きな手。男の人の手。 意識したのはずっと前だけれど、今ここで自分で触れて感じた思いに変化はない。 「いじわるね。でも、大好きよ。どんな貴方でも私は貴方が好き。」 笑顔で答えた瞬間に彼の広い腕が背に回って、 温かいぬくもりの中で 優しい声で名前を呼ばれた。 静かな静かな大好きなその場所で、 2人は思いを確かめ合った―――――― ーF i n ー




<コメント>
今回の金アン女王のお相手はルヴァ様でした☆
当初考えてたのとだいぶ変わった気がします。(構想だけは何年前からあるかな…)
元々2人は恋人同士にしようかな〜と思ってたんですけどね。
以前読んだルヴァアン漫画に似ちゃいそうな気がして。
栗アンは今回可哀想な感じですが、彼女は後に新しい恋の出会いがあるから!きっと!
SP2はプレイしてないからよく分からないー(汗)
由羅先生のコミックスの、あの夢魔を撃退したルヴァ様カッコ良かったなぁ…vv
その影響か、ちょっといつもと違うルヴァ様になりました。




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