「―――邑姜?」
彼は目を覚ますと自分を覗き込む彼女を見た。
「武王・・・お目覚めですか?」
声を聞き安心して邑姜はホッと胸を撫で下ろす。
「―――俺は・・・?」
まだ頭があまりハッキリしていない。
体中がだるく鉛のように重く感じて思うように動けなかった。
「4日間も眠ってらっしゃったんですよ。」
「4日、か・・・・・・」

長いな・・・俺もそろそろ限界か―――・・・

少しずつ利かなくなってきていた体の自由。
これ以上はもう・・・


「・・・邑姜。」
不意に小さい声で彼女に話しかける。
「武王?」
「ちょっと・・・1人にさせてくれないか? 少しの間でいいからよ。」
「それは駄目です。」
返事は即答で返ってきた。
医者から片時も目を離してはいけないと言われていたからだ。
「すぐ終わるから。」
やっぱりダメか? と言って残念そうに笑うと外へ目を向けた。
彼の部屋からは青い澄んだ空が見える。
遠くどこまでも続く、吸いこまれそうなくらい青い空。

「・・・・・・少しの間だけですからね。何かあったらすぐ呼んで下さい。」
立ち上がると周りに指示をして部屋から出るように言った。
「邑姜・・・」
「何ですか 武王?」
扉の前で呼び止められて振り返る。
「いや・・・ありがとな。」
笑顔だけは元気な頃と変わらない。
たとえ青い顔をしていても受ける印象は同じ。
「そうおっしゃるのなら1日でも長く元気でいて下さい。」
ふいとそらして顔を見せないところを見ると照れ隠しのようだ。
「わかったよ。」
声を殺して笑いながら答えると彼女は足早にそこからいなくなった。



「―――もう出てきてもいいぞ、天化。」
外に面した壁の影に向かって笑いを止めずに姫発は言った。

「・・・いつから気づいてたさ?」
天化が影からバツが悪そうにしながら出てくる。
「ちょっと前。・・・っていつまでそんな端っこにいるつもりだよ。こっちに来いって。」

彼の笑顔はあいかわらず自分を安心させてくれるけど―――・・・
別れた時・・・最後に会った時より心なしか小さくなったような気がする。
肌も白を通り越して青くて、腕だってすごく細くなった。
2年―――たったそれだけの歳月でここまで変わってしまうものなのか。

「・・・王サマ なんか痩せたさ・・・・・・」
近くで見るとさらにそう感じてしまって。
「そうか? お前は全然変わってないな。」
「俺っちは死んでるんだから当たり前さ。」
「そっか。それはそうだな。」
そう言ってまた笑う。
その表情には不安だとかそういうのは全く感じられない。
昔は死にたくないーとか言って叫んでたくせに。


「・・・王サマは怖くないさ?」
それを聞いた姫発の表情から笑顔が消え、困惑したように天化を見る。
「あっ・・・俺っ―――・・・」
言ってはならない事を言ったと慌てて天化は口をつぐんだ。

「―――怖くはないさ。」
心地よい風が部屋に入り込んで2人の髪をなでていく。

「不思議と怖くはない―――・・・ただ残念じゃあるな。」
「残念?」
姫発は穏やかな笑みで外を見つめた。
「・・・俺の子に何も残してやれないから、な。」
邑姜との間に生まれた子、次代のこの国の王となる自分の息子。
あの子に何も残してやれない事が唯一の心残りだ。
「王サマ 何言ってるさ? 王サマは周という国を残してるさ。」
天化が言うが姫発は首を横に振る。
「そうじゃない・・・残せないってのは思い出のことだ。アイツが大きくなってもきっと俺の事は覚えてないだろうから。・・・それが残念だ。」
教えてあげたい事、話したい事、たくさんあった。
邑姜と一緒に育てて成長をずっと見守っていたかった。
「―――邑姜にも、何もしてやれなかったしな・・・・・・」

ズキッ

胸の奥が痛い。
発が起きる前、彼女がずっと付き添っていたのを見た時にも感じた痛み。
彼が今1番大切に思っている人間は彼女と2人の間に生まれた子だけだから。
そう思うと胸が苦しくて息が出来なかった。
わかってはいるけれど目の前に突きつけられるとかなり辛い。

「天化? なんか顔色悪いぞ どうかしたのか?」
「え? な、何でもないさっ・・・」
「・・・なら、いいけどよ・・・・・・」
王サマっておかしいさ。
顔色が悪いのは発の方が上のはずなのに。
それで他人を心配する所が彼のいい所で自分が好きな所だから仕方がないけど。


「・・・あとお前と2度と会えないのも寂しいよなぁ。」
「っ!!?」
急に何言ってるさ このヒトわっ!!
耳まで真っ赤になった天化を見てにっと悪戯っぽく笑った。
「―――俺はさ、死んでもお前らみたいに神界とかいう所には行けないしよ。」
彼は道士でも仙人でもないから死んだら生まれ変わるだけで「神様」にはなれない。
もし生まれ変わってもそれはもう「姫発」ではないから「彼」には2度と会えないのだ。

「俺もお前らみたい―――・・・って何で今度は泣いてんだよお前。さっきから変だぞ?」
どうしようかと慌てても自分は体の自由が利かないから起き上がれないし、第一触れることすら出来ない。
無力な自分にもどかしさを感じて、それでもなお何も出来ない自分が腹立たしかった。

「・・・別にっ・・・何でもないさっ・・・・・・」
ただもう会えないと思ったら自然と流れてきてしまっただけ。
自分にある無限の時間と発に残されたわずかな時間。
彼がいなくなった後に続く、気の遠くなるような時間に耐えられるか不安だった。

「いや・・・何でもないわけないだろ?」
「本当に何でもないさ!!」
「・・・あ、そう・・・・・・」
そこまできっぱり言われたら姫発にはどうする事もできない。
無理に聞き出す方が天化にとっては辛い事になる。

「―――なぁ お前いつまでここに居られるんだ?」
空はあいかわらず青い。
雲が風に揺られて形を変えながら進んでいる。
「日暮れまで・・・過ぎたら普賢真人サマが迎えに来るさ。だからそれまではここに居ていいって。」
「そっか・・・・・・」




それから数日後、周の武王が静かに息を引き取ったと、天化は聞いた。
みんなに見守られる中で、まるで眠るように。
表情は最期まで穏やかだったという。

風は優しく静かに吹き、空は抜けるようにどこまでも青く。
彼がその瞳を閉じたのは、そんな穏やかな日だった―――・・・



<コメント>
・・・終わり方がものすごくしんみりだわっ(は?)
考えたのは最終巻発売後の「発は2年後に死ぬ」を見てからかなぁ。
そしてここまで遅れたのは私の遅筆のせい(汗)
発を好きな天化を書きたかったというのと発が死んだのは傷のせいだという思い(妄想)から書いたよーな・・・
だって過労死だなんてっっ 哀しすぎだもんっ!(所詮発好き)
そういえば書いてて思ったけどやっぱり天化クン達って浮いたり透けたりしてるわけだからぁ・・・
触れないじゃないっ!! 触れるシーンすらないのに発天と呼べるのか コレ・・・?
つーか発←天だよね、なんか。・・・発天は何処へっ!?(汗)



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