面影




―――カチャン・・・

「あっ・・・」
次の講義に向かおうとして、あまりに慌てたのでペンケースを落としてしまった。

急いでるのにー・・・

拾おうとした時、それより早く別の手がペンケースを拾う。
「どうぞ。」
笑顔で手渡す。
「あ、ありがとうございます 八戒さん。」
「いえいえどういたしまして。八百鼡さん、そんなに急いでると危ないですよ。」
「・・・そうですね。」
でも急がないと、あの人を待たせるわけにはいかない。
「八百鼡!」
「え? ・・・あ、紅孩児様!?」
名前を呼ばれて慌てる。とうとう迎えに来られてしまった。
「・・・だから急いでいたんですね。では僕はこれで。」
軽く手をあげて手を振り、いつものにこにこ笑顔で去って行った。
「八百鼡、今のは?」
「あ、彼は八戒さんという方でドイツ語の講義でよく隣の席になるんです。」
「・・・ドイツ語か。俺はとっていないからな。」

「紅孩児様? どうかなさったんですか?」
彼の後ろ姿を見ながら呟く紅孩児を見上げて不思議そうに尋ねる。
「―――いや。・・・ところで“様”付けはやめてくれないか? 高校時代と違って俺はもう会長でも何でもないんだ。」
「・・・でも今さら君とかで呼ぶのは変ですから。」
何か違和感があって変に感じてしまう。
「―――だったらそのままでいい。」



また見テル・・・・・・
横から視線を感じる。優しいけれど気になって仕方がない。
「・・・あの、何か付いてます・・・・・・?」
おずおずと八戒の方を見て言う。
「いえ。一生懸命やってるなと思いまして。」
にこっと微笑まれる。心の奥がほわっとした。
「・・・でも気になるんですけど・・・・・・」
「それはすみませんでした。・・・でもつい見ちゃうんです。」
あっさりと言われてしまって少し驚く。
「・・・見てて何か楽しいんですか?」
「―――似てるんです。彼女に・・・・・・」
そう言った八戒の表情は穏やかで優しいけれど少し寂しそうに見えた。


「・・・あれ?」
講義が終わって昼食に行こうと八百鼡が席を立った時、ノートの脇に自分のとは違うペンが置いてあった。
それを手にとって見る。
「―――これ、八戒さんのペンみたい・・・」
確かさっき見た時持っていたようだし。
今度会ったとき渡そうと思ってそれをポケットに入れた。



食堂に向かう廊下の途中で、ここから少し距離のあるベンチに座っている八戒の後ろ姿を見つけた。
しばらくどうしようか考えたが今渡そうと思って彼の所へ向かう。


「八戒さん。」
後ろから名前を呼ぶと彼は少し驚いたように振り向いた。
花――・・・・・・
思わずその名前を呼ぼうとして口をつぐむ。
「・・・八百鼡さん、どうしたんですか?」
「忘れ物のペンを渡しに来たんです。・・・隣に座ってもいいですか?」
「どうぞ。」
八戒が荷物をどけてスペースを空けるとそこに座った。
「はい、ペンです。」
ポケットから取り出して笑顔で差し出す。
「・・・これをわざわざ?」
「別に今度でも良かったんですけど、たまたま姿が見えたので。」
「―――ありがとうございます。」
「・・・貴方はいつもここで食べていらっしゃるんですか?」
確かにここは誰もいなくて静かに昼食を食べるには最適の場所である。
「誰も来ませんからね。騒がしい所は嫌いなんです。」
「そうなんですか・・・・・・」

それからしばらくは話題がなくて2人とも黙っていた。
沈黙で場が重くなる。
「―――・・・八戒さん、私に似ている人ってどんな方なんですか?」
他に話題もなかったので聞いてみた。
少し間があって、彼は困ったように笑うと口を開いた。
「―――貴女が笑った時とか一生懸命な横顔とか、そこがどことなく彼女に似てるんです。」
声がどことなく優しい感じになる。
「彼女・・・花喃は僕の昔の恋人なんです。」
どうして彼女にこんな事を話しているのか。
だけど何故か彼女には知って欲しいと思った。

「昔の・・・・・・?」
八百鼡が聞き返す。
「―――別れたんです。彼女がイギリスに留学すると言って、もう戻って来ないと言った時に。
今は音信不通でどうしているのかさえ解りません。」
もう会えないなら別れた方がいいと言い出したのは自分だった。
「・・・でもまだその方のことが好きなんですね。」
声の感じで解ってしまった。
「諦め悪いですけどね。・・・本当は連絡だって取ろうと思えば取れるんですよ。でもそうしなかったのは恐かったから・・・。」
1度触れれば手放したくなくなるのが目に見えているから。
「・・・すみません。似ているからといってつい貴女のことを見てしまって。」
「いいえ。私にも貴方の気持ちはよくわかりますから。」
好きな人を手放したくない気持ち。それは私もきっと同じ。
お互い親近感を感じて、くすくすっと2人で笑いあう。

「―――八百鼡!」
自分を呼ぶ声の方を見ると、紅孩児がこちらへ向かってきている。
「あっ! そういえば紅孩児様に言うのを忘れてたわ!」
彼が怒って探しに来るのも当然だ。
「早く行ってあげて下さい。恋人に誤解されては困りますしね。」
「え!? あ、私達はそんな関係ではっ・・・」
顔を真っ赤にして慌てて訂正する。
「でも貴女は好きなんですよね?」
「―――はい。」
恥ずかしいけどこの人にならバレてもいいなと思った。
「八百鼡!」
「あ、はい! 今行きます。・・・八戒さん、また今度。」
最後にもう1度彼に微笑みかけてから駆けて行った。


「・・・・・・・・・」
紅孩児は無言で八戒に視線を送り、それに彼も気づいて2人の目が合う。
それはお互い敵意を示すようなものだった。
けれどそれは一瞬で、八戒はすぐにいつもの笑みを返す。
「受け流されたか―――・・・」
「? 紅孩児様、今何かおっしゃいましたか?」
きょとんとした表情で彼女はこちらを見ている。

「・・・いや、何でもない。行くぞ。」
「? はい。」



<コメント>
八戒視点のつもりが八百鼡ちゃん視点になってしまったというなんだかなな代物。
まぁ 八百鼡ちゃんラブなんで仕方ないかな。(オイ)
3人とも大学1年生。
何故ドイツ語かってゆーと薬学部はドイツ語が必要だから。
病院のカルテとかドイツ語で書かれてるんですよね たしか。だから必要かなって。(確証はないけど)
ってわけで八百鼡ちゃんは薬学部なんですね。ちなみに八戒は文学部、紅さまは理学部です。
みんな学部バラバラですが1年生はほぼ一緒なんで。



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