もしもの話
      〜夕鈴のバイトが本当に終了したら〜




[ 9.優しいのは誰 ]


「お妃様!!」
 父親から夕鈴が戻ったことを聞いたらしく、すぐに紅珠は後宮まで会いに来た。
「良かったですわ…!」
 そう言って、普段は礼儀正しい彼女が挨拶もそこそこに胸に飛び込んでくる。
 後のことは何も考えずにここを去ったけれど、黙っていなくなったことで本当に心配を
 かけてしまったらしい。
 彼女の様子を見るにつけて胸が痛んだ。
「紅珠。貴女にも心配かけたわね。」
 妹がいたらこんな感じかしらと、艶やかな黒髪を優しく撫でる。
 大きな瞳を潤ませて、彼女は腕の中で顔を上げた。

「今度出られる時は私に絶対お声をかけて下さいませ!」
(…それはすぐに自分が後宮入りするから。とか?)
 考えてすぐにそれはないかと思い直す。それでは言葉が繋がらない。

「その時は私のお屋敷にご招待しますから!」
(…ん?)

「…ええと、紅珠?」
 彼女が言いたいことが分からない。
 聞き返すと、彼女は少しばかり身を離して、必死とも言える表情で夕鈴を見つめた。
「絶対に不自由はさせませんわ! ですから、私の知らない所へは行かないで下さい!」
「紅珠…」

 心から私を慕ってくれる少女。
 これは純粋で真っ直ぐな想いだ。
 陛下が言うような裏なんてないと信じられる。

 ―――だから、いずれこの場を譲るなら、私は彼女が良い。



「本当に我が妃は愛されているな。」
 言葉と共に、まるで引き離されるかのように抱き上げられた。
「へ、陛下…!」
 逃げ出したくても紅珠の前で暴れるわけにはいかないから何もできない。
 困ったように笑ってみせると、彼は笑みを深めてこちらを見る。
 …そこで下ろしてもらいたかったのだけれど、どんなに視線で訴えてみせても聞かない
 ふりなのか 彼は離そうとしなかった。

「まあ陛下。お妃様をお放し下さい。お妃様は今から私と庭へ降りられるのですから。」
 ころころと少女のように笑いながら、紅珠がきっぱりと言い放つ。
 それに驚いたのは夕鈴だけで、彼は面白いとばかりに薄く笑った。
「ほう。私から妃を奪うというのか。」
「ええ、もちろんです。」

 あんなに狼陛下を恐れていた紅珠が陛下と対等に話している。
 私がいない間に一体何があったんだろう…

「夜にはお返し致しますから、今は私のものにさせて下さいませ。」
 年下とは思えない落ち着き払った言葉と態度。
 さっきまでとは違う雰囲気に夕鈴は戸惑ってしまう。
「―――ならば良い。」
 彼の方もあっさり引き下がると、腕の中の夕鈴を解放した。

「ではな、夕鈴。また今夜―――」
 掠め取るように頬にキスを落として耳元で囁かれる。
「は、はい…」
 はねる心臓を抑えて答える夕鈴に小さく笑ってから、彼は2人に背を向けてまた王宮に
 戻っていった。







「紅珠は陛下に物怖じしなくなったわね。」
 本当に任せられるような気がしてきた。
 私よりずっと対等に接することができそうな気がする。
 …今感じる胸の痛みが理不尽だと思えるくらい、2人は対等にそして似合って見えた。

「物怖じしていてはお妃様のお傍にいられませんもの。今回の件でそれがよく分かりま
 した。」
 やっぱり言葉に引っ掛かりを覚える。
 彼女の態度は夕鈴が知るそれと違っていた。
「…陛下、ではなくて?」
「あら。何故陛下なんですの?」
(いや、普通はそっちだと思うんだけど…)
 本気できょとんとする彼女に夕鈴の方が困ってしまう。
「紅珠は陛下に憧れていたんじゃ…」
「私ではあの方の気まぐれに耐えられませんわ。」
 いつものふんわりとした雰囲気はどこへやら。
 厳しい口調できっぱりと言った。
「あの方はお妃様のことを必要ないから切り捨てたと仰ったのですわ。それなのに、い
 きなり連れ戻されたかと思えば 何事もなかったかのように振る舞われるんですもの。」
 何故か紅珠の中でも陛下が悪者になっている。
 私は彼女に陛下を任せたいのに。
「お妃様は本当にあの方でよろしいのですか?」

 どう言えば良いのだろう。
 彼女に分からないように少しだけ考えて、夕鈴は演技ではなく自然に微笑んだ。
「……良いの。」

 私は偽物の妃。
 けれど、この気持ちは本物。

「ふりまわされるのは慣れているし… それに迎えに来てくださったから。」

 だから、あの人の一言一言にふりまわされても嫌いになれない。


「お妃様は優しすぎますわっ」
 心配してくれているのだろう言葉に苦笑いでしか返せない。


 そうなのかしら。
 几鍔にもお人好しと散々言われ続けてたけど。


 でも、違うのかもしれない。
 これは優しさなんかじゃなくて……

















「お帰りなさいませ、陛下。」
 妃の部屋を訪れる陛下を笑顔で出迎え、耳元で囁かれる甘い言葉に赤くなる。
 周りはそれを温かく見守り、しばらくすると合図と共に部屋を出て行く。

 それは以前と変わらない光景。
 まるでこちらが現実であるかのように、穏やかに緩やかに1日が過ぎる。

 けれど、忘れてはならない。
『立場はわきまえています。』
 自分から言った言葉だ。

 私は陛下の為にここにいるけれど、私はここを望んではいけない。

 優しいのは私じゃない。
 ズルイのはあの人じゃない。



「夕鈴?」
 覗き込まれてハッとする。
 目の前に陛下の顔があって、心臓が飛び出るかと思ってしまった。
「な、なんですか!?」
「いや、夕鈴が何か考え込んでるみたいだったから。どうしたのかと思って。」
「…何でも、ない、です。」
 誤魔化すように 少し冷めてしまったお茶を飲み干す。

「…って、何笑ってらっしゃるんですか。」
 笑われるようなことをした覚えはないのだけど。
「ん? だって、夕鈴がいるから。」
「は…?」
 答えにならない答えを返されてしまって、つい変な声が出る。
 それでも彼はにこにことしていた。
「…陛下が楽しいなら、良いんですけど、ね……」
 この笑顔を守るために私はここに戻ってきたのだから。


 この笑顔を守るためならば、たとえこの想いを押し殺してでも。


 それは優しさではなく、全ては自分の―――




:::END:::





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昨日撃沈してしまったので1日遅れです(汗)

結局片思いのまま終わりました。
本編でくっつかない限りくっつかないかもしれない…
まあ私は切な系萌えですから。
互いに片想いのままってゆーのが萌えポイント?

てゆーか、長い! このタイトry

2011.1.10. UP



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