誰のもの




[ 6.消えない罪の証 ]


 怒られるのは構わないけど… 嫌われるのは嫌だ。
 彼女は、許してくれるだろうか…



 自分の部屋に戻るのさえ気が重い。
 しかしそれを表に出すことは狼陛下には許されない。
 どうにか気を張り、いつもの態度で女官達に命じて人払いをしてから、黎翔は彼女が待
 つ寝室へと足を踏み入れた。


「…夕鈴。」
 脅かさないようにとできるだけ静かに声をかけたつもりだったけれど、中で彼女がビク
 リと震える気配に胸が痛む。
 怒りに任せてそれだけのことをしたと分かっているけれど。

 完全に嫌われたのだとしたら、どうしたら良いのだろう。


 寝台の垂れ幕を上げると 座り込んで背を向けていた夕鈴がゆっくりとこちらを向く。
 乱れた着物は直されていたが、赤く泣き腫れた目があれは事実だと突きつけていた。
 首筋に残る赤い痕も、そして泣かせたのも。全部自分自身が犯した過ちだ。

 自分の罪を隠すように自分の上着を脱いで着せる。

 ―――いや、それでも事実は消えないと、分かっているけれど。


「ごめん…」
 他に言葉が出なかった。
 項垂れてそれだけを口にする。

 それから少しだけ間が空いた。

 どんな言葉でも受けるつもりだが、拒絶の言葉だったら立ち直れるかは分からない。
 ほんの少しの時間がとても長く感じた。


「……、どうして陛下が謝るんですか。」
 思ったよりも静かな声で夕鈴が返してくる。
「酷いこと、したから。」
「酷いことしたって、思ってるんですか?」
「うん…」
 顔は上げられなかった。
 その瞳に拒絶の色が浮かんでいたらどうしようと思って。
 いっそ泣いて怒ってくれた方がどれだけ気が楽だっただろうか。
 静か過ぎる彼女が逆に不安だった。


「怖かったんです。」

 ぽつりと夕鈴が零す。

「どうして怒ってるかも分からなくて。」

 そのどれも取り落とさないように、黙って耳を澄ませた。



「―――言い訳も弁解も無しですか?」
 ずっと何も言わなかったからか、一通り言い終えてから彼女が尋ねてくる。
 誤解だ、嫉妬した、言えることはいくつかあったけれど。
「…何を言っても、悪いのは僕だから。何も言わない。」

 泣かせたのは僕、傷つけたのも僕。
 言い訳しても弁解してもそれは消えない。

「―――… 陛下はズルイです。これじゃ怒れないじゃないですか。」
 不意に彼女が笑った気配がした。
 顔を上げると、夕鈴は仕方がないなという風に笑っていて。
「今日のことは忘れます。だから、陛下も忘れてください。」
「え……」


 忘れることなんてできない。
 でも、それで彼女が許してくれるなら。
 甘んじて受け入れるしかない。


「……うん、忘れる。だから、離れていかないで―――」
 今度は優しく抱きしめた。
 壊れ物を扱うように、大事に大切に。

 震えられることも強張る様子もなく彼女は背中に手を回す。
 そうして子供をあやす手つきで優しく叩かれた。

「大丈夫です。陛下が離さないなら離れませんから。」


(一生、離せないよ……)

 怖がらせたくなくて、嫌われたくもなくて。
 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。






 日に日に綺麗になっていく君の心もいつか誰かのものになるのかな。
 それは僕ではない誰かなのかな。
 もしそうだったら、僕はどうなってしまうのだろう。

 今の君は僕のもの、でも永遠じゃない。
 本当は誰のものでもない君。

 いつかの未来、その時君は―――誰のもの?





++終++





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今回のあとがきはちょっと語ります。

―――夜じゃなくても陛下が黒くなった話(笑)
書きたかったのは、嫉妬して監禁しちゃう陛下だったわけで。
そこまでプッツン切れるなら、方淵とかじゃダメで。
そんなこんなでオリキャラ(名前は出ませんでしたが)が出ました。
役どころ的には重要なんですが、キャラ的には重要じゃないので名前は出しませんでした。
こういう、陛下がグラグラくるキャラって出ないのかなー 出たら面白いのに。
几鍔は王宮にいないしー 方淵はライバルには成りえてないし。
国内だとまず無理そうなので隣国にしてみました。
…辺境時代の幼馴染とかいないのかな。それならこんなんいそうだけど。

つまり、やっぱり陛下に焦って欲しいわけです。
余裕ぶってる陛下をとことん追い詰めてみたいわけです。(ドS)
そんなわけで、うちでは夕鈴より陛下の方が苦労してます。たぶん。
いや、夕鈴も襲われていろいろされてますけど、精神的には陛下の方が苛められてますネ。

実はあの寝台でのシーンが恥ずかし過ぎてなかなか書けなかったのはここだけの話。
読むのは好きだけど自分で書くのは抵抗が…(汗)
原作の作風がほのぼのなのであんまり痛々しいのは控えました。
あれを仕方ないと笑って許せる夕鈴ってすごいなと思います。
だから陛下も忘れろというのを受け入れるしかなかった。最強なのは夕鈴ですよね。
でもこれ、李順さんを出したらギャグになるんだろうな。と思ったのはまた別の話(笑)


2011.4.30. UP



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