不可侵の花 -6-




 結局蘇家が何をしようとしていたかは夕鈴に知らされなかった。
 いつもそうだ。だから夕鈴は何も知らないまま。

 ただ、その結果あの家は取り潰されたこと、陛下に刃を向けた彼の骸が弔われることはな
 いこと、それだけは知らされた。


 陛下が決めたことに対して夕鈴が言えることはない。
 あの人も全てを分かっていて、自分の望みを叶えたのだから。

 そして夕鈴が選んだのは、…独り 空へ祈りを捧げることだった。









 その日から、夕鈴が部屋から出ることはなくなった。
 日がな一日窓辺で外を眺めて過ごす。

 侍女達は気を遣って何も言わずにいてくれた。










「夕鈴。」
 音もなく後ろに立っていた彼に夕鈴は驚かない。
 応えることもなく窓の外を見つめたままの夕鈴を振り向かせ、彼は顎を持ち上げて上向か
 せた。

「…あの男に心を奪われたか?」
 タチの悪い冗談にも聞こえるが、そこにからかうような雰囲気はない。
 ただ、逸らすことも許されない。
 だから逃げるように夕鈴は目を伏せる。
「違います。…あの人は、違うんです。」
 そして同じ言葉を繰り返す。


 私と同じ、許されない想いを抱いた人。
 ―――幻に恋した人。


「君は最近そればかりだ。何が違うのか分からない。」
「……だって、それしか言えない、から。」


 私が好きなのはあの人じゃない。
 好きなのは、想いを告げることが許されない人。

 …あの人は、私を殺す気なんてなかった。
 なのに陛下に刃を向けて、心にもないことを言って。
 ―――…自ら死を選んだの。

 幻を愛して絶望して、生きることを止めてしまった。


 それを言ってどうなるの。
 あの人はもういない。





「夕鈴」
 見ることを強要されて、仕方なく目を開ける。
 そこには――― 近過ぎる距離に彼の顔があった。

 私は臨時なのに、この距離は本物にしか許されないもののはずなのに。

(…貴方はどうしてこんなに近くにいるの。)

 甘い痺れは同時に痛みをもたらす。
 泣きたくなる気持ちを必死で堪えた。


「君は私の妃だ。私以外を想うことは許されない。」
 告げるのは狼陛下だ。狼陛下が妃に告げる絶対的な命令。

 でも、どうして、

(……どうして、そんなに苦しそうに私を見るの?)
 魅せられると同時にぎゅっと胸がしめつけられる。


 演技なら、もっと演技らしくして。
 苦しめないで。


 私も、間違いを犯してしまいそうになるわ。

 ―――だから私は、あの人を忘れてはいけない。




「…では、私はあの人を悼むこともできないんですか?」
 夕鈴の応えに彼は虚を突かれた顔をする。
「悼むだけ、ただそれだけは許してください。」


 これは恋なんかじゃない。
 私が想う先は1人だけ。決して手の届かない人。

 言えない想いは秘める。
 あの日私は彼にそう答えた。


「…あの人は私だから。私は私を悼むんです。」
「夕鈴?」




 幻に恋した。
 彼は私。

 私もいつか、この人の腕の中で果てることを望むのだろうか。
 苦しみから解放されたくて、生きることから逃げたくなるんだろうか。

 そんなことを考える自分に気づいてしまったから。



 ―――だから私はあの人を忘れない。
 悼み続けることで、私はあの人と違う道を選びたいの。




:::END:::







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結局2人の関係も元のまんま。だから何だという話です……
救われないとはそういう意味です。皆片想いで誰も報われてない。
でも本編があの状態なので、今はここで完結です。
続きを書くとしたら、本編で陛下と夕鈴が想いを通じ合わせた後かなと。
今の夕鈴はまだ自分が犯した過ちに気づいてないので。

蘇秦がメインに見えて、実は夕鈴が彼に重ねた想いを書きたかったというか。
2人とも相手が好きだからと手に入れようとは思ってないんです。
恋した相手は幻、決して手に入らない人だから。
その想いを夕鈴は隠し、蘇秦は死へと逃げた。
そしてさらに夕鈴は、彼の死の際に気づいてしまった。
…自分の中にもあるその可能性を見つけてしまった。
それでいて、彼とは違う道を選びたいと思う。
まぁ夕鈴は蘇秦より強いと思うので、同じ結果にはならないと思いますけど。
…私はどちらかといえば陛下の方が心配です。


こんな話に最後までお付き合いありがとうございました。
そして、長編はどれも明るい話にならないということに今回気づきました。



2011.12.19. UP



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