鈴蘭 -14-




「―――で。どういうことですか?」
 夜になって陛下が部屋に訪れて、早々に人払いをしてしまった後。
 説明してほしいと夕鈴は彼を問いつめた。


「だって、僕が君を身請けしたいと言っても君は絶対断るだろうし、無理矢理子どもを作っ
 ても認めないだろうし。」
「!? な、何を言って……」

 身請けとか子どもとか、何の冗談のつもりなのか。
 王様が何を言い出すのかと、戸惑い身を引く。

「君を、他の男に触れさせたくなかったんだ。」


 相変わらずの勘違いしてしまいそうな言葉。
 恋人ごっこから夫婦ごっこにに変わるだけだから同じということかしら。

「ここなら他の人の相手をしなくても良いから。狼陛下の妃に触れようなんて馬鹿はいな
 い。」

 …それとも、やっぱり優しいから?
 今回のこの依頼が、あれ以来客を取らなくなったのを知っているからだったとしたら。


 ああ、そうかと思う。
 あの夜のことを、そんなに心配していたと思う方がしっくりきた。




「李―――…陛下、お気遣いありがとうございます。」
「何のこと?」
 頭を下げるときょとんとされる。
 いつも甘い言葉で隠されてしまう気遣いに気づくのは難しく、今回もはぐらかす気なのだ
 ろう。

「あの夜はプロ意識が足りなかっただけのことですから。次は」
「違う。」
 即座に否定され、ぎゅっと手を握られた。
 一気に近くなった彼に真剣な眼差しで見つめられてしまう。
「あれは掟破りのあの男が悪いからだし、君をここに呼んだのとも無関係だ。」

 だったらどうしてと疑問が浮かぶ。
 他に理由が見つからない。

「私は、君が欲しかった。他の誰にも渡す気はなかった。」
 紅い瞳から目を逸らせない。
「だから呼んだんだ。私だけの君でいてもらいたかったから。」
「っ」


 頭が混乱する。
 これはいつもの甘い冗談?

「冗談などではない。もちろん今までの言葉も全て。」

 まるで夕鈴の心を読んだかのようにそう言われてしまう。
 "今まで"が今夜のことだけを指しているわけではないというのは夕鈴にも分かった。



「夕鈴」
 握った手を引かれ腰を引き寄せられる。
 紅い瞳が近すぎる。
「いずれ君が借金を返したら、君を貰っていい? もちろん次は本物として。」
「〜〜〜っっ!?」

 冗談ではないと言われた後にこの言葉。
 ―――本気の方がタチが悪い。


「わ、私は妓女です!」
「うん、知ってる。」
 真っ赤な顔になりながら、まだ残っていた冷静さをかき集める。
 素直にハイと答えられるわけがないのだから。
「いずれは金香楼に戻ります。」
「ダメ。」
「なんで!?」
 即否定されて思わず叫ぶ。
 離れようとするとますます拘束は強くなって、その腕の強さとは逆ににこやかに微笑まれ
 た。
「返す気はないよ? じゃなきゃ何のためにここに呼んだのか分からない。」
「!!?」

「―――口説く時間はたっぷりある。覚悟しておくと良い。」


 なんて甘くて、心臓に悪い話なのかしら。

 好きな人に日々口説かれる。
 応じるわけにはいかないのに、堕ちてしまいそうな自分が嫌だ。



「宮妓が側妃にという話は聞いたことありますけど、下町の妓女を嫁にとか考える国王が
 どこにいますかッ」
「ここにいる。」
「〜〜〜っ」
 正論で言ったのにさらっと返されてしまって、それ以上どう言えば良いのか分からない。
 元々口では敵わなかった相手だから、勝算はあまり見込めなかった。






 甘い優しい檻の中で、そこから抜け出す術を考える。

 心を完全に捕まえられてしまう前に。


 ―――本当は、もう手遅れなのかもしれないけれど。





+END+





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そんなわけで、陛下が夕鈴を手に入れて、臨時花嫁スタートです。
やっぱり両片想いのままなんですが。

この後は、あんなことを言いながらも一度も手を出さない陛下とか。それで悩む夕鈴とか。
まあそんな感じで。


2012.4.22. UP



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