唯一 -6-




[ 6.解明 ]


 彼にかけられた呪は、二つ。

 ひとつは、夕鈴を陛下に奪われた恋人だと思いこませること。
 そしてもうひとつは、あの手鏡を命より大事に扱え、と。





「…どこまでが計算通りだったんですか?」
 夜、人払いを済ませた2人きりのお茶の時間。
 隣でくつろぐ陛下に夕鈴は憮然とした顔で問いを投げた。
「何が?」
 きょとんとした彼はすっかり小犬モードだ。
 右手に湯飲み、左手に茶菓子では緊張感の欠片もない。
 相変わらずあの狼陛下とこの小犬が同一人物とは信じ難い程の変わりようだと思う。
 でも今はそれに誤魔化されるわけにはいかない。
「李順さんに聞きました。見せしめって、煩い大臣達を黙らせるためだったって。」

 それを聞いたとき、冬の離宮に初めて行ったときのことを思い出した。
 本気で首をはねるつもりはなかったと後から聞いて、思わず怒ってしまったのだけれど。

「確かにみんな怖がって側妃の話もぴたりと止みましたけど… そーゆーことは事前に言っ
 てくださいよ。私だって怖いんですから。」
「ごめんごめん。」
 一応怒ってみせたけれど、やっぱり陛下はにこにこ笑うだけ。
 怒られてるのに何がそんなに嬉しいんだか分からない。


「―――でも、夕鈴は怖くても止めてくれたよね。」
 コトリと湯飲みが卓に戻され、陛下の腕が腰へと回る。
 額と額がぴたりとくっつき、いつまで経っても見慣れない綺麗な顔が目の前にくる。
 どうにか間に挟んだ腕を突っ張ろうとしても悔しいながらびくともしない。…無駄なのは
 分かっているから逃げるのは早々に諦めた。
「そりゃあ… 違うことは違うってちゃんと言わないとダメだから、当然です。」
「うん、それが夕鈴だよね。他の誰にも真似できない。」
 クスクス笑う陛下は本当に嬉しそう。
「夕鈴だけだよ。だからね、僕が間違ったら止めに来て。僕を止められるのは君だけだか
 ら。」

 なんだかすごく重いことを言われた気がする。
 そもそも笑いながら言う言葉ではないと思うのだけど。
 相変わらず陛下の思考回路を理解するのは難しい。

「…分かりました。それが私の役目なら。」
 そう答えると、陛下は本当に嬉しそうに頬を染めて笑った。










(―――全部本気だよ。)
 最初の問いの答えを心の中で呟く。

(そう言ったら君はどうするかな?)
 怒るのかな。それとも泣くのかな。
 …嫌いって言われたら嫌だな。


 君が間に入らなかったら躊躇いなく彼を殺していた。
 私から君を奪うものに、私が容赦するはずがない。




「陛下…?」
「僕は君以外は要らないよ。」


 可愛い可愛い私だけの兎。

 彼女だけが境界線のこちら側に踏み込めた。
 だから、彼女だけが唯一。


「? 何の話ですか…?」
 戸惑いながらも赤い顔をして、潤んだ瞳で見上げてくる。
 今すぐにでも食べてしまいたいくらい愛しい兎。
「君にも、僕以外は許さないから。」
「…陛下??」


 後宮の奥深くに閉じこめて、誰の目にも触れさせずに、私だけを見るように。
 そんな風に過ごせたらどんなにいいだろう。

 でもそれは彼女を殺してしまう。
 自由に飛び跳ね、走り回ることこそ、私が愛した兎なのだから。


「逃がさないからね。」
 だから、黎翔にできるのは、飛び回る兎を捕まえて、この腕の中が帰る場所だと教え込む
 こと。
 他に目移りしないように二度と手放さないこと。
「逃げません…よ?」
「うん。」



 可愛い愛しい私の兎。
 そして君は狼陛下の唯一の花だ。

 逃がす気など毛頭ないから、覚悟しておいてくれ。




:::END:::







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嫉妬de暴走陛下 黒ver.です。
「花は誰がために〜」からの派生ですが、実はこちらの方が先です。
どうやってもヘタレなかったので没にしたのでした。
つまり、完成までに何年かかってるんだという話。←

今回初めて姿を見せたオリキャラの栄賢さん。
今後も副官として夕鈴をサポートしていく有能な苦労人です。

あとのシリアスな事件は、子どもを産む前の毒殺未遂事件(未出)と凛翔の立太子前の襲撃事件くらいかな?
基本平和な未来夫婦です。
……平和? 最後の陛下めっちゃ黒いけど。というツッコミは受け止めますww(自覚あり)

2016.4.15. UP



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