「あれ、夕鈴が口紅つけてる。」 珍しいと、目聡い陛下は一目で違いに気づいたらしかった。 簪の件があってから、陛下はますます敏感になった気がする。 …まあ、疚しいところは前回も今回も一切無いのだけれど。 「侍女の方が今年の流行の色だからって。」 化粧はあまり好きではないけれど、勢いに押されて紅くらいは良いかと妥協したのだ。 それは鮮やかな赤ではなく、ピンクがかった柔らかな色合いをしていて。 ぷっくりと熟れたような唇がコンセプトだとかなんとか力説された。 「美味しそうだなぁ」 「は?」 じっと見つめていた陛下が唐突に呟く。 「キスして良い?」 「へ!?」 それは伺いを立てる言葉のはずなのに、端正な顔はすぐ傍まで来ていた。 逃げようにも腰に回された腕がしっかり身体を固定していて身動きが取れない。 困惑の中で夕鈴はぎゅっと目を瞑る。 心臓が飛び出そうなくらいドキドキいって泣きそうになった。 「っ」 軽い音を立てて触れる。 「…え?」 夕鈴はそっと目を開けて触れた場所―――額を押さえた。 「冗談だよ。」 悪戯っ子のように舌を出される。 またからかわれたらしい。 「〜〜〜っっ」 けれど、怒鳴るだけの余裕も気力なく、ただただ涙を溜めた目で睨むしかなかった。 本当は熟れた果実のような唇にキスしたかった。 でもあんな顔をされてしまったらできない。 だから、自分の欲を誤魔化すように額へ口付けた。 本物にするのは簡単だけど、嫌われてまで欲しいとは思わないし。 欲しいのは彼女の心の方。 そのためなら、たまには待つのも悪くないと思う。 …気が長いわけじゃないから、いつまでもつかは分からないけどね。 お題:「誤魔化して額へ」
--------------------------------------------------------------------- 砂糖の袋をありったけ用意してください的なシリーズの1。 どの話もこれくらいの長さの予定です。 …誤魔化すの意味が違う気がするけどまあ良いか(笑) 2011.1.26. UP