八つのキス:【爪先】




 大きな岩の端に腰かけ、足先を水につける。
 お行儀悪く蹴り上げて水面を軽く弾くと 雫が光を反射してキラキラと輝いた。

「少しは息抜きになった?」
「はい! ありがとうございます!」
 いい天気だから散歩に行こうと誘われて、彼は夕鈴を後宮最奥の泉まで連れてきた。
 そしてすぐに人払いを済ませて、こうして自由に楽しめる時間を確保してくれたのだ。
 庶民の夕鈴には王宮の窮屈な暮らしが性に合わなくてなかなか慣れない。
 それで気が滅入っていた絶妙のタイミングでここに誘ってくれた。
「あんまり時間が取れなくてごめん…」
 しょんぼりとして謝る陛下に慌てて首を振る。
「そんな! 十分ですよ!」
 忙しいのは陛下の方なのに連れて来てくれたのだ。
 感謝はしても文句なんてあるはずがない。


 気持ち良いほどの晴れた空、足先に感じる心地良い冷たさの水。
 久しぶりに思いっきり身体が伸ばせた気がした。


「夕鈴、こっち向いて。」
 もうそろそろ戻る時間なのか、真後ろから陛下に呼ばれる。
 応えて身体ごと振り返ると、彼はおもむろに夕鈴の前に膝をついた。
 その手には何故か夕鈴の靴。
 驚いたのは夕鈴だ。
「へ、陛下??」
 王様に膝をつかせるなんて… 李順さんに見られたら怒られるじゃ済まない気がする。
 しかも、これってまさか履かせる気なんじゃないかしら。
 そんなの冗談じゃない恥ずかしすぎると騒ぎ立てようとしたところで、彼はさらにとん
 でもない行動に出た。

「!!?」

 足裏を掬い上げたかと思うと、爪先に口付けられたのだ。
 反射的に逃げようとした足はとっくに予測されていたらしく、素早く足首を掴まれて動
 かせない。
 真っ赤な夕鈴に笑いながら彼はそっと靴を履かせた。

「ななな何しちゃってるんですか!?」
 仮にも王様が! 誰も見ていないとはいえ、冷酷非情と恐れられる狼陛下なのに!!
「えー 女王様ごっこ?」
「意味が分かりません!」
 夕鈴の反応が面白かったらしく、彼は声を上げて楽しそうに笑った。






お題:「しもべのように爪先へ」
--------------------------------------------------------------------- 実はこのシチュエーションが1番萌えました!(笑) 内容はベタで申し訳ありません。私の話は元々ベタなのばかりですが。← 2011.1.28. UP


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