八つのキス:【指先】




「どうしたの? これ。」
 妃の部屋へ訪れた時、ちょうど目に入ったのは卓の上に鎮座する1本の瓶。
 気になったのはそれが彼女の部屋に不似合いというか、ちょっと珍しかったからだ。
「献上品のお酒です。今夜は冷えるのでどうぞって。」
「夕鈴が飲むの?」
 瓶に並んだ杯は1つしかない。
 その疑問に対して彼女は違うと首を振った。
「いえ、陛下にと。私はお酒を飲んだことありませんし。」
 そう言って、彼女は自分の分のお茶を用意し始める。
「どちらにされますか? お茶が良いならそちらを用意しますけど。」
「んー せっかくだからお酒にしようかな。」
「分かりました。」

 繊細な細工を施されたガラスの器に透明の液体が注がれる。
 流れ落ちるそれは、燭台の明かりに照らされて、星のようにキラキラと光って見えた。



 いつものような談笑を交わしながら、瓶の中の液体は少しずつ減っていく。
「それ、美味しいんですか?」
 いつも―――宴の時なんかよりペースが早い…と隣に座る夕鈴が呟く。
 興味を持って尋ねた彼女に、黎翔は微妙な反応を返した。
「んー美味しいというか… 夕鈴は止めといた方が良いかもね。」
「どうしてですか?」
「身体が温まるほどのお酒ってね、つまり相当強いんだよ。」
 ピタリと彼女の手が止まる。
「…陛下って、お酒 強いんですか?」
「あまり酔ったって記憶はないかも。」
 顔色にも出ないから、酔っていても周りからはよく分からないらしい。
「でも… さすがにちょっと酔ったかな…」
「でしたら、もうお部屋に戻られた方が良いのでは?」
 こちらを覗き込むようにして見上げる夕鈴は心配そうにしていた。
「…そうだね。」
 いろいろと危ない気もするし。今のこの態勢とか今の表情とか本当に危ない。

 最後の一口を飲み干すと、彼女が手の中から杯を抜き取る。
 その手首を掴んだのは無意識に近かった。
「陛下?」
 戸惑う彼女の手から再び杯を奪い、彼女の代わりに脇に置く。

 細い手首、白いしなやかな指先。
 女性らしく丸く柔らかな―――欲を掻き立てられるような、

「っ!?」
 手首ごと引き寄せて、熱く滾る欲を押しつけるように指先へ口付ける。
 中指から人差し指、そして全ての指へ。
 ゆっくりと味わうように、指の腹を舐めて形の良い爪を噛み、それでも飽き足らず掌に
 も唇を寄せた。
「陛下…」
 夕鈴は真っ赤になりながら、困った顔をしている。
 逃がさないようにと強く握った手の震えは恐怖からか。
 けれど彼女を手離す気はなく、さらに深く味わおうとする。
「おかしくなりそう、です…」
「…なればいい。」


 君も狂ってしまえばいい。
 そして、君と共に夜に溺れてしまえたら…

 闇色の感情がじわじわとこの身を浸食していく。
 指先だけで甘く酔える彼女なら、余す所なく味わったらどこまで酔えるだろう。

 それはどんな美酒よりも甘美で魅惑的な――― ただ一つの甘い蜜花。




お題:「欲望を押しつけるように指先へ」
--------------------------------------------------------------------- たまには雰囲気を変えてみたいなと。求めているのはえろさです(笑) 指にしか触れてないのにR指定!?な勢いで。 で、ちょっと長くなりました。 2011.2.1. UP


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