狼陛下特有の冗談は、いつだって心臓に悪い。 いつか絶対私の心臓は壊れてしまうんじゃないかしら。 そんな心配すらしてしまうほど。 「―――全ては君の言うままに。」 そう言って、彼女の手を取り手の甲に口付ける。 通常目上の女性に対して行なうそれを、王様がよりによって"臨時花嫁"にやるなんて。 2人きりじゃなかったら周りは絶対目を丸くする。 …そう、2人きり。演技を見せる相手がいないということは。 「か、からかわないでくださいっ」 強引に振り払ってさっと手を隠してしまえば、やっぱりクスクスと笑われた。 「本当だ。愛しい妃のお願いは全て叶えよう。」 「だからっ どうしてすぐ演技を…!」 甘い甘い狼陛下の演技は相変わらず慣れそうもない。 いつまで経っても、演技と分かっていてもやっぱり恥ずかしい。 次々変わる顔に振り回されっぱなし。 悔しいと思いながらも、勝てる見込みは今のところなくて。 「何でも叶えてくれるなら… じゃあ、私が紅珠と同じデザインの服が欲しいと言ったら 買ってくれるんですか!?」 くっそーと思いながら、とりあえず困りそうな難題を出してみる。 氾大臣は仕方ないと言いながらあの珍しい衣装を特別に仕立てたとか。 「良いね。あれ 夕鈴にも似合うと思うんだ。」 にこにこと笑いながら受け入れられてしまった。 まだ弱過ぎたらしい。 「じゃあ新しい離宮を建ててと言ったら!?」 「そうだなぁ… 建てるならやっぱり南があったかくて良いよね。」 「って、財政難でしょうがっ」 逆に夕鈴が咎める言葉を発してしまって、それを聞いた彼が声を上げて笑う。 「愛する妃の為に歴代の王達は何でもしたよ。まあ 夕鈴が本気で願うならの話だけど。」 つまり、言うわけないと分かってて言ってたのか。 ホントに意地悪だ。 「だったら! 地の果てまで一緒に逃げて下さいって言ったら付いて来るんですか!?」 「…夕鈴何かに追われてるの?」 「いや別に何となくですっ」 これも現実的じゃなさ過ぎたか。 勢いで言ってしまっただけだから特に深く考えてはいない。 「――――良いよ。君となら何処へでも。なんだか駆け落ちみたいだね。」 そう言う陛下は何だかとっても嬉しそうにしていて。 「!? 何言ってるんですかっ!!?」 夕鈴の方が戸惑ってしまった。 駆け落ちって、結婚を許されない2人がやるとかそういうやつで、それって私達には当 てはまらないんじゃないだろうか。 「か、駆け落ちも何も、今すでに夫婦じゃないですか!」 「……」 何故か沈黙が落ちた。 「な、なんで黙っちゃうんですか!?」 「…うん、感激して。」 「は?」 意味が分からない。 何か、そんな陛下が感激するようなことを言ったかしら。 「そうだよね、"夫婦"だから駆け落ちなんて必要無いよね。」 「!」 今更自分の発言の恥ずかしさに気づいたけれどもう遅い。 口に出してしまったものはもう戻らない。 (くっそーー!!) またも夕鈴だけが悔しい思いをするハメに。 (今度こそ勝ってやるんだから――!) 道のりはまだまだ遠い。 お題:「からかって手の甲へ」
--------------------------------------------------------------------- 最初に書いていたのがなんか甘くなくなったので書き直しました。 このシリーズはひたすら甘く!がモットーですから。 何故かこれが1番難産だったんですよ。 今回は元気な夕鈴に助けられましたー てゆーか、何の勝負ですか 夕鈴さん(笑) 後半3つはちょっとだけ話が長くなってますね。(本当にちょっとですが) 2011.2.2. UP