もしも君に出会わなかったら… 僕は光を知らないままだった。 きっと今も闇の中、血に濡れた道を1人で歩き続けていた。 でも、君に出会って僕は光を知った。 君と出会わなかったら…なんて、もう考えられないよ。 「何か言いましたか?」 お茶を注ぐ手を止めて、彼女はきょとんとして顔を上げた。 彼女の手元から温かな湯気が立ちのぼり、お茶の良い香りが漂う。 ―――彼女の周りはいつも暖かいひだまりのようだ。 自然と僕も笑顔になる。 「君といるのが楽しいってことだよ。」 そう言ってにこりと笑ってみせると、途端に彼女は真っ赤になった。 素直な反応、隠さない感情 自分にはない真っ直ぐさが愛しいと思う。 光を知ってもう闇の中へは戻れない。 君の傍は心地が良くて、君といれば僕も光の中に入れる気がして。 ―――ねえ、夕鈴。君は知ってるかな? 君の「お帰りなさい」がどんなに僕の心に響くのか。 君の笑顔がどんなに僕の心を癒してくれるのか。 きっと、君は知らないんだろうね。 @もしも君に出会わなかったら(夕鈴が最初の臨時花嫁じゃなかったらver.) 「また一月持ちませんでしたね…」 深い溜息をついて李順が呟く。 縁談除けのために彼が考えた"臨時花嫁" しかし彼女達は予定の一月を待たず、次々と辞めていくのが現状だった。 昨日辞めた娘で何人目だったか覚えていない。 「皆 狼陛下を怖がるからな。」 当の"狼陛下"は頬杖を付いたままで嗤う。 「怖がらなければ狼陛下の意味がありませんけどね。」 冷酷非情の狼陛下、その妃として雇われた女性達は終始怯えたままだった。 恐れ怯え目すら合わせない。 形だけの関係とはいえ、あれでは夫婦の演技さえできない。 後宮の奥深くでひっそり過ごし、耐えきれなくなって辞めていくのだ。 正妃を迎えてもこれは同じなのだろう。 自分もまた、彼女達に心を許せないでいるのだから。 「もう止めにしないか?」 元から期待はしていなかったが、これ以上は幻滅するだけだ。 もう夢さえ見られない。 「…そうですね。では次を最後にしましょう。これで駄目なら失敗です。」 そう言いながらもすでに李順も仕方がないと諦めた様子だ。 今まで上手くいかなかったのだから今度も同じだろうと。 「それでは最後の臨時花嫁ですが――― 名は汀夕鈴。下級役人の娘で……」 李順の説明は全て上滑りして消えていく。 「夕、鈴か…」 ただ心地良い響きの名前だけが耳に残った。 そうして兎は狼の腕の中へ転がり込んでくる。 ほら、やっぱり僕らは出会う運命なんだ。 そして僕は君に捕らわれる―――― --------------------------------------------------------------------- 長編が間に合わなかったので、短いお題を代わりにアップ。 今回のお題はどれも雰囲気小説の予定です。あくまで予定ですが。 後の方のはオマケです。 もし夕鈴が最初じゃなかったとしても、夕鈴に出会うまでは誰も続かなかったんじゃないかなという妄想です。 ちなみに他のお題でオマケが付くかは未定です。これはたまたま浮かんだので。 もしも出会わなかったら… 陛下は然るべき身分の姫君を正妃に迎えて、己を偽ったまま冷めた夫婦になっていたかと。 夕鈴はおそらく周りに流されて几鍔と結婚してたんじゃないかな。 陛下は夕鈴じゃないと幸せになれないけど、夕鈴は誰と結婚しても幸せになりそうな(苦笑) 女の子って強いですよねーって話? 2011.4.24. UP