5日目:李順編




 陛下のために準備した臨時花嫁。
 当初の目的は達成して、彼女のおかげで縁談の話も鳴りを潜めた。
 貴族の姫君達にはない度量と正義感、そして仕事熱心な姿勢。その仕事ぶりには文句はな
 い。

 …ただ、別の意味で気苦労が絶えない毎日を送っている。



「何をしてるんですか。」
 政務室近くの木の下で奇妙な動きをしている背中に呆れて声をかける。
 妃が1人で何やら悪戦苦闘していた。

(また侍女も付けないで、この娘に"妃"としての自覚はあるのか…)
 溜め息を零す回数が増えたのは彼女が来てからだ。
 人を使うことに慣れていないというのは分かるが、そこは"仕事"として割り切るべきだと
 何度言えば良いのか。


「李順さんっ」
 気づいた彼女は一旦止めてこちらをふり返る。
 悪戯をして見つかった子どもような顔。怒られると思ったようだった。

「ぴょんぴょん跳ねて奇っ怪な…」
 手を伸ばして何かを取ろうとしているのは分かる。
 しかし妃らしからぬそれに苦言を呈するのは当然だ。
「え、いえ… あそこに何か引っかかっていて―――…」
 彼女の指さす先を見ると、書類らしいものが一つ、木の枝に引っかかっていた。
 一生懸命彼女が手を伸ばしたもう少しだけ上のそれを、李順は軽く手を伸ばしただけで難
 なく手に取る。

 さらっと流し読みしたところ、機密ではないが放っていて良い資料ではない。
 これの責任者は誰だったかを思い浮かべながら、自分が持っていた書類の間に挟んだ。


「こういう時は誰か呼びなさい。」
 後は、自分の部下であるバイト娘に今日も言い聞かせるだけだ。
 物覚えも良いし仕事はできるのに、何故かいつまで経ってもお妃教育だけは実を結ばない。
 1ヶ月だった雇用期間が延長されてだいぶ経つのに、忙しない態度は変わらなかった。

「でも、これくらいなら…」
 自分でできると、彼女は言いたいのだろう。
 確かにそれは彼女らしい。しかしここは王宮だ。

「貴女は(実態は何であれ)妃です。人を使うのも仕事です。」

 手を煩わせないのは助かるが、そればかりでは"妃"としては困る。
 余計な出費は抑えられても妃としての最低限はやってもらわなくては。


「それに以前、命を狙われたことを忘れたんですか。」
 書類を取ろうとして、細工をされた柵から落ちそうになった。
 もう忘れたのかと渋い顔をすると、彼女は途端に萎れる。
「す、すみません…」
「今回のことはもう良いですから、次からは人を呼ぶように。」
「はい… そうします…」


 彼女は良くも悪くも素直だ。そして極度のお人好し。
 陛下に気に入られてしまって家に帰れないでいる。

 彼女のことはそれなりに心配しているのだ。雇ったのは自分であるのだし。
 このままいつまで彼女を留めておくおつもりなのか 陛下は。

(まさか、有り得ないとは思うが…)



 そこで過ぎった1つの未来は――― …全力で考えなかったことにした。




2011.11.1. UP



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いつになく優しい李順さんのお話(笑)
立ち位置的にはお兄さん感覚です。
結構心配してると思うんですよ。陛下に捕まっちゃった夕鈴を(笑)



↓以下妄想
話とは関係ないけど、陛下の偽名"李翔"という名前について考えてみる。
実は辺境時代陛下を預かっていたのは李家で、その時の偽名とか考えました。
李順とはその頃からなのかなと。
だったら李順さんがあそこまで陛下に尽くすのも分かるなとか。
「李」という名は一般的だからかなーとも思ってたんですけどね。
李家には李翔という名前がちゃんとあって、誰かが身元を調べたらそこに行きつくとか。
しかも李順の弟扱いで(笑)



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