6日目:几鍔編




「…チッ!」
 俺と目が合ったチンピラ風の男が、小さく舌打ちをして逃げていく。
 あまり見ない顔だが俺の顔は知っていたらしい。
 こんな時、自分の顔を広さは役に立つと思った。面倒なことは避けるに限る。

 ―――ちなみに問題はその男ではない。その"相手"だ。


「あ! ちょっと待ちなさい!」
 その男に対峙していたのは幼馴染の女で、こともあろうに逃げようとする男を追いかけよ
 うとした。

「何してんだバカ。」
 だから、その腕を掴んで引き止める。
 直情型のコイツ―――夕鈴を止めるのは俺の仕事だ。

「誰がバカですって!? あーもう逃げられたじゃない!」
 人ごみに消えていく男を見送る形になった夕鈴は、怒りの矛先をこちらに向けた。
 離せと暴れるのを無視して軽くため息をつく。
「俺に怒んなよ。…で、何なんだ?」

 ここは街の往来。
 さっき逃げた男と、怒り心頭の夕鈴と、傍には固まったままの少女が1人。
 …それでだいたい想像はついたのだが。

「どっかのバカが女の子に絡んでたから怒鳴っただけよ。」
「――――…」

 ―――どうやら予想通りだったらしい。

「…ッ危ねーことに首突っ込むなっていつも言ってんだろーが!」
 勢い余って夕鈴の耳元に叫んでいた。

 自分も女だってこと忘れてんじゃねーかこの女。
 本気になられたら女が男に勝てるわけがない。

「そういう時は人を呼べっつってんだろ!」
 言っても無駄だと思いつつも怒鳴ってしまうのは仕方ない。
 俺が言わなきゃますます無茶しやがるだろう。
 青慎じゃ事前の回避はできても一度爆発したコイツの行動は止められない。

「煩いわね。誰も何も言わないから私が言ったんじゃない。」
 やっぱり素直に聞き入れる気はないらしい。自分は正しいことをしたのだと言い張る。
 間違ってはいない。だからその心を止めるわけじゃない。

(この正義感の塊が。)

「だったら俺を呼べ バカ!」
 ただ、何でも自分でどうにかしようと思うのはどうにかならねーのか。
 できることとできないことの区別は付けろよいい加減。

「バカバカ言わないでよ! 誰がアンタなんか呼ぶもんですか!」
「バカだからバカっつってんだよ! こんの無鉄砲バカが! 痛い目みねーとわかんねーの
 か!!」

「バカって言う方がバカなのよ!」
「どこのガキだ てめーは!!」


「……あの、」
 夕鈴が助けた少女が、ものすごく申し訳なさそうな声を上げた。
 ぴたりと止めた俺と夕鈴の視線を受けて、彼女は困ったような顔をする。
「人が、集まってるんですけど…」

「「!!」」
 自分達の周りには人だかりができていた。
 確かに道の往来でこんな大声を上げて喧嘩していれば、誰もが興味を持って見に来るだろ
 うとは思うが。

「アンタのせいよっ」
「俺のせいかよ!? お前が首突っ込むからだろうが!」
 だがこれ以上見世物になる気は互いになかったから几鍔は背を向けた。
 夕鈴の方は少女に声をかけるだろうから。

 最後にちらりと振り返ると、ちょうどこっちを向いた夕鈴と目が合った。
 べっと舌を出して視線を外した彼女にカチンとくるが、反対方向から子分に呼ばれて止め
 る。
 声に応えてそっちに向かった。


(あー可愛くねー!)
 嫁き遅れるぞこのままじゃ。
 こんなじゃじゃ馬、嫁に貰いたいと言う奴が出てくるわけがない。

 ―――こんなんが好きだとか、そんなこと言う奇特な男がいたら見てみたいぜ。




2011.11.1. UP



---------------------------------------------------------------------


下町時代の話でした。
幼馴染という関係が好きなので、兄貴はわりと特別な存在です。
恋愛感情を持ったとしても夕鈴の意志を尊重して身を引きそうな大人の男のイメージ。
そんな感情持つのかは別問題として(笑)



BACK