書き下ろし1:張老師編




「老師、そこ汚さないでくださいよ!」
 先程から自分に向かって雑巾片手に口煩く叫んでいるのは、どこからどう見たって普通の
 掃除娘。
 …これが狼陛下唯一の妃だと、誰が信じるのか。

 しかも、妃として振る舞うときより生き生きとしているとはどういうことじゃ。
 全く嘆かわしい。


「陛下との御子はまだかの?」
 懲りずにいつもの台詞を言えば、掃除娘からはものすごく嫌そうな顔をされる。
 それもいつものことだ。
「まだ言ってんですか、それ。それだけは絶対有り得ませんから!」
「老い先短い老人の最後の願いを叶えてくれんかのう。」
「誰より元気なくせにっ」
 わざとよろけて見せても、説得力がないとばかりに速攻で切り返されてしまった。

 年寄り相手に酷い扱いじゃ。
 まあ、元気なのは否定せんが。陛下の御子を見るまではくたばりなどせんぞ。

「―――私はバイトです。それは私の"仕事"じゃありません。」
 そう言いながら、傷ついた顔をする。
 何故だか気づいておるのかの。



 後宮とは、たくさんの妃で埋め尽くされ、女達が日夜陛下の寵を競い美を高め合うのが本
 来の姿。
 しかし今の後宮にはたった1人。しかも雇われバイトの臨時妃。

 最初は追い出すつもりだったその娘の存在を認めたのは、この娘が求めるものを持ってい
 たからだ。
 後宮は陛下の癒し、寛いでいただく場所。彼女はその役割を果たしている。

 逃してはなるまいと思った。失えば陛下はまた元に戻ってしまわれる。
 全てを敵と思い、全てをハネツケてしまわれる、以前のようなあの方に。
 それだけは避けたいと思った。


 ―――あの娘は陛下から何も奪わない。
 むしろ与えようと傍にいる。

 それが陛下にとってどんなに特別で新鮮なものに映るのか。あの娘は気づいていない。

 正妃になれとは言わない。あの娘の身分でそれは難しい。
 だからそれは望まない。
 ただ、傍にいてくれれば良い。


(そのためには子ができるのが一番なんじゃが…)

 小娘だけでなく陛下も望んでおられない。
 歯がゆいことじゃ。


「バイトだろうと何だろうと、傍にいるのはお主だろうに。」
 だから今日もお節介を仕掛けてみる。
 すぐに結果が出るとは限らんが、言わないよりは効果があるだろう。
「ッッ」
 ようやく自分の気持ちに気づいたらしい掃除娘は、わしの言葉に真っ赤になって言葉を飲
 み込んだ。

(もう一押しかのう…)

 陛下に睨まれるのを覚悟で、今日もお節介を焼き続ける。
 いつか、己の願いが叶えば良いと願いながら。





2011.11.1. UP



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ネタが浮かんだので書き下ろしで書いてみました。
あと、老師は?と感想で聞かれたので〜

老師はどうして夕鈴を陛下の所に留めたいのかな。と思って。
そんな疑問を混ぜて書きました。



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