書き下ろし2:内緒の恋人-オマケ-




「陛下の馬鹿」
 壁に追いつめられた兎がぽかりと胸を叩く。

 …彼女の言葉は棘のようだとたまに思う。

「もう知りませんっ」
 また叩かれる。それは痛くないけれど、心は痛いと思った。

 可愛い声で、深く傷を抉る君の言葉。
 君の拒絶は何より一番怖いと、君は知っているはず。

 ―――それだけ怒らせたのだというのも分かるけれど。

「早く出てってください!」

 ああ、でもその涙は反則だ。
 可愛すぎて愛しすぎて、閉じこめたくなってしまう。

「――――」
「っ陛下!?」
 逃げられる前に手を伸ばし、彼女の身体を拘束する。
 そうして抵抗される前に横抱きにして、長椅子まで連れ去った。



「私が悪かった。」
 腰を下ろして、膝の上の彼女を覗き込む。
 涙目だった彼女の顔は、今は羞恥で真っ赤に染まっていた。
「言葉と行動が伴ってませんよ!?」
「それは君が可愛いから仕方がない。」
 頭を引き寄せて、唇を軽く触れ合わせる。
「…ッ」
 それだけで固まってしまう可愛い恋人に黎翔は微笑った。
 もっと深いものもその先も経験しているのに、いつまで経っても彼女は彼女らしい。


「…あまり可愛い顔をしていると、今ここで押し倒したくなるな。」
「ッッ私が怒っていた理由を覚えてらっしゃいますか!!?」
 途端に夕鈴がどかんと爆発した。
「―――夕食の席で、隣で食べたいからと長椅子に料理を運ばせたことか。食べている間
 ずっと腰から手を離さなかったことか…ああ、頬についたご飯粒を舐めとったことか?」
「全部です!てかその他にもあるでしょう!? 皆が見てる前で何しちゃってくれたんです
 か!!」

 …夕鈴、口調がおかしいよ。
 そんなところも、可愛くておかしくてたまらない。

 本当はこの後仕事が残ってるんだけど。
 …戻りたくないな。

「―――だったら今夜は何もしない。だから、これだけは許してくれないか?」
「へい、っん…」
 返事を待たず引き寄せて、再び唇を重ねた。


 今度は触れるだけではなく、奪うように。
 深く、熱く、欲の限りに彼女を求める。
 呼吸すらも飲み込むくらいに。

 彼女の全ては私のものだ。
 涙も髪の一筋さえ――― 誰にも渡さない。



「へーかの、ばか…」
 じっくり堪能した後にようやく彼女の唇を解放すれば、ぐったりともたれ掛かった夕鈴か
 ら上がった息のまま罵倒される。
 首に掛かる熱い息が奥の熱を煽るけれど、これで約束を破ったら本気で家出をされかねな
 いとそこはギリギリ留めた。
「…力が、入らない……」
 殴りたいのに…と不穏なことを口にしながら、彼女は肩口に顔を埋める。
「そのまま寝ちゃいなよ。後で寝台に運んであげる。」
「……もちろん、私の部屋、ですよね?」
 夕鈴の念を押すような声にはにこにこ笑顔で返して、うんとも嫌とも答えなかった。
 少し顔をずらした夕鈴から胡乱な目で見られてしまったが、もう逃げ出す力は今の彼女に
 はないので動かない。

 …どうやら危機は回避されたようだ。

 君に逃げられることが一番堪える。
 追いかけるのが楽しいのは、逃げきれないと分かっているときだけ。
 夕鈴の行動はいつも予想外だから、ギリギリのラインを見分けるのは難しい。


「へーかのうそつき、スケベ、女ったらし…」
「他はともかく最後は誤解だ。」
「なれてるくせに」
 恨み言をつらつらと並べながら、彼女の瞼は次第に重くなる。
 彼女の意志より自分の欲を優先した自覚はあるから、言葉は甘んじて受け入れることにし
 た。

「ばか、きらい、」
 何を言ってるのか自分で理解しているのか。
 舌っ足らずな声はだんだん小さくなっていく。

「へーかのキスはあますぎるもの… わたし、いつかとけちゃうわ…」
「――――…」
 最後に殺し文句を呟いてから、彼女の声は寝息に変わった。



「―――愛したのは君だけだ。」
 閉じた瞼にキスを落とす。
 ありったけの愛しさを込めて。



 覚めない夢、明けない夜

 君はここにいる奇跡

 手放せない、奪わせない

 君は私だけの花、私の手にある唯一の花――――




2011.11.1. UP



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これを選んだのは単純に拍手が1番多かったからですー
あの体勢に至るまでを陛下視点で。
調子に乗り過ぎて長くなりました。遅刻したのはこれのせいです。スミマセン。

2人の秘密にするつもりでしたが、ちらっとだけご紹介(笑) って、ただの痴話喧嘩か!
夕食時に何やってんだ この人。もうノンストップですか。

未来夫婦シリーズとの違いはこの密着度ですね。
夫婦は、共に立つ=正妃としての意志が強いので抱擁からはあまり進まない感じがあります。
逆にこっちは恋人の意味合いが強いので、陛下がものすごく積極的ですね(笑)



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