「さすがにもう屋上は寒いですよね。」 ある日ぽつりと夕鈴が言った。 「じゃあ、別の場所にしようか。」 「?」 そうして黎翔は、彼女をいつもと違う場所に誘った。 「温室…?」 高い天井と全面が硝子張りのおかげで中は明るく開放感がある。 古くはないけれどアンティークな雰囲気で、趣のある建物だった。 「ここなら暖かいよね。」 確かにここなら冬でも寒くない。 でも、何故ここに温室があるのかが謎だ。 「…うち、園芸部ありましたっけ?」 「いや、これは老師の趣味。」 (…本当に何者なのかしら。) 夕鈴は未だに老師の正式の役職を知らないままだった。 聞けば良いのだろうけれど、掃除バイトも終わってしまったので会う機会が少ないのだ。 それに今更という気もあるし。 「こっちにベンチがあるんだ。そこでお昼にしよう。」 そうして手を引かれるまま、季節外れの薔薇の間をすり抜けた。 「ごちそうさまでした。」 「お粗末様です。」 互いに手を合わせた後で、夕鈴は2人分の弁当箱を手早く纏めて脇に置く。 お昼休みが終わるまではまだ時間があるし、もう少しゆっくりしても良いだろう。 「美味しかった〜」 徐に黎翔はコロンと横になる。 ―――頭は当然夕鈴の太ももの上。 「っっ」 突然のことに息を飲み、声を出しそうになって。 …でも、にこにこ笑って見上げられたら、怒ることも拒むこともできなくなった。 「…いーお昼寝日和だね。」 日差しは柔らかく、温室は程良い暖かさ。 気持ち良さそうに目を閉じて、彼は今にもお昼寝をしてしまいそうだ。 時間が許されるなら、それも良いかと夕鈴も思う。 最近、あまり休んでいないような気がしていたから。 …けれど、それは彼に許されてはいないようだった。 プルル プルルルル 静かなはずの温室に無機質な音が響き渡る。 やたらに長いコール音は、メールではなく電話である印。 けれど、どんなに鳴っても、彼が取る気配はない。 「…携帯、鳴ってますよ。」 一応指摘してみた。 相手もしつこくコール音を鳴らしている。 「構わない。どうせ李順だ。」 ポケットから出す気もなく、黎翔は電話を無視し続けた。 ―――しばらく電話は鳴り続け、さすがに煩いと思ったのか 取らずに電源を落としてし まう。 「…良いんでしょうか。」 「良いよ。夕鈴との時間のが大事。」 そうして首の後ろに手が回って、甘く優しいキスをされた。 …たぶん、李順さんにはすぐに見つかってしまうだろうけど。 そうしてどうなるかも想像はつくけれど。 ―――今はまだ、もうちょっとだけ、夕鈴も2人きりを楽しみたかった。 2012.5.2. UP --------------------------------------------------------------------- 冬前なので、2人はもう正式に付き合ってますね。 ほのぼのいちゃラブな感じです。 この後李順さんが怒鳴り込んできて、2人一緒に怒られます(笑)