鈴蘭編
    鈴の音の歌声と鈴蘭の花
    ※本編(秘密部屋・全14話)後のお話です。




「夕鈴はどうした?」
 彼女に会いたくて彼女の部屋を訪れたのに、肝心の彼女がいない。
 近くにいた女官に尋ねると、拱手をした彼女は伺うようにそっと顔を上げた。
「…お妃様はお庭にいらっしゃいます。」

「―――そのようだな。」
 答えとほぼ同時にそれに気がついた。


 微かに聞こえる 鈴の音のような歌声。

 多くの男が望んだ"金香楼"の双璧―――蘭の音だ。
 今は黎翔が独り占めしている。


「お呼びいたしましょうか?」
「いや、私が行こう。」
 最愛の妃にだけ向ける甘い顔でそう言えば、女官は微笑んで了承の意を告げた。










「こぼれる あさつゆ、わたしの なみだ…」

 これで今日は何曲目だろう。
 見た物から浮かぶ歌を片っ端から歌うから、もう覚えていない。

 どこででも好きなだけ歌って良いと陛下に言われて、思いつくまま歌う日が続いていた。
 それはなんて幸せなことなんだろうと思う。
 ここにいて良いのかと、時折不安に思うくらいだ。


「―――歌を辿れば君のもとへ来れるな。」
 ちょうど歌が途切れたタイミングで声をかけられた。

「陛下、」
 ふり返ると同時に甘い笑顔にぶつかる。
 愛しい気持ちを微塵も隠さないその態度に、途端 顔が赤くなっていくのが分かった。

「夕鈴」
 ただいまと、こめかみにキスを贈られる。
 それに心臓が大きく跳ねているのに、この人は気づいているのだろうか。

 …できれば、気づかないでいて欲しいのだけど。




「はい、今日の分。」
 言うと同時にばさりと花の束が夕鈴の腕に乗せられる。
「あ、ありがとうございます…?」
 連日のこのプレゼント攻撃には、もうお礼を言うべきなのかそれとも怒るべきなのか分か
 らなくなってきた。


 彼がいつも贈るのは鈴蘭の花。
 きっとこれは一部で、部屋に戻れば今日もさらに増えているのだろう。


「私の部屋は鈴蘭で埋め尽くされてしまいますね…」
 枯れる前に次々と贈られるので一向に減らない。
 むしろ増えているような気さえする。

「それで良い。これは、君に誓う愛の形だから。」
「……。」
 鈴蘭の花と一緒に贈られる愛の言葉。
 曖昧に笑むこともできずに、ちょっと変な顔になってしまった。



「夕鈴、愛している。」


 愛の言葉で甘い檻に捕らわれる。


 そこから逃げ出す術を探しながら、逃げられないことも知っている。

 だって、それを私が望むから。
 貴方の傍を、望んでしまうから。


 今はまだ、夢を見ていたかった。




2012.5.2. UP



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本編後です。ものすごく健全ですね(笑)
まあエロ担当は内緒の恋人なので。

陛下が"夕鈴"と呼び続ける意味に気づいてあげて夕鈴!
ちなみに、陛下が頑なに言い張ったので、"鈴蘭"ではなく"夕鈴"になったという経緯もあります。



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