恋の悩み
    『好きになるとどうして』 (song by 藤田麻衣子)




 ―――本気で誰かを好きになることなんて、一生ないと思っていた。

 ・・・・・・君に会うまでは。



 遠く離れた回廊に、楽しげに笑う彼女の姿が見える。
 周りには複数の若い官吏達。政務室で彼女がよく言葉を交わしている者達だ。

 声は聞こえないから何の話をしているかは分からない。
 ただ分かるのは、とても楽しそうだということ。

(・・・あんな表情、私にはなかなか見せてくれないのに)

 そう思うと胃の辺りが焼けるように痛む。

 本当はいつも笑っていて欲しいのに。
 けれど上手くいかなくて、泣かせたり怖がらせたり怒らせたりしてしまう。
 もちろん怒った顔も可愛いけれど、怒らせたいわけじゃない。
 不審な目で見られると凹むし、嫌われたらどうしようといつも悩んでいる。

 こんなこと、今まで考えたことなんてなかった。
 僕をこんなに悩ませるのは夕鈴だけなんだ。


「・・・・・・」
 わざと大きめに足音を立て、少しずつ彼女達の方に近づいていく。
 ああ、誰かがこちらに気がついたようだ。途端に青褪めて慌てふためいている。
 どうやら気づかないうちに睨んでいたらしい。


 彼女は誰からも好かれる。誰もが彼女の人柄に惹かれていく。
 ―――どんなに隠していても、彼女の魅力を閉じ込めておくことなどできないのだ。
 どんなに苛立っても、それは仕方のないこと。分かっている。

 彼女は狼陛下の妃だけれど、あくまで仮の妃。
 本来彼女を縛れるものは何もない。

 本当の彼女は誰のものでもない。
 この檻に、いつまでも閉じ込めておいていいはずがない。分かっている・・・けれど。


「陛下!」
 周りの反応で彼女もようやく気づいたらしい。振り返った彼女の表情がパッと華やぐ。

 自分に向けられた、自分のためだけの笑顔。
 それに思いきり心臓が跳ねたのは内緒だ。

「何を話していたんだ?」
 さっと身を引き礼を取る官吏達には一瞥をくれ、彼女にはとびきり甘い顔をする。
 腰を引き寄せると淡い花の香りがした。
 ああ、これ以上近づくのは危ない。そう思っていても今更離れられない。
「黄金色の鯉の話をしていました。東の池にはとっても立派な鯉がいるそうなんです。」
 無邪気に楽しそうに話す彼女は、笑顔も視線も今だけは私一人のもの。
 ・・・あまりの可愛さに離れられそうもない。
「では、今からそれを見に行こうか。」
「きゃっ!?」
 軽々と彼女を抱き上げて、さっさとその場を立ち去ることにした。
 もう一秒でも、他の誰かに奪われたくないと思ったのだ。


 これが誰かを「好きになる」ということ。

 彼女に出会うまではどんなものか分からなかった。
 でも、もう彼女を知らなかった頃には戻れない。


 ―――君がいなくても平気だったのに、、、

 もう、君なしじゃいられないくらい、君を好きになっているみたいだ。




2015.3.12. UP



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↓当時のコメントより

最近ハマっている藤田麻衣子さんの歌です。
歌詞が全体的に陛下っぽいなぁとずっと思っていたのです。

ということで、陛下目線です。
まだ王宮でイチャイチャしていた頃の話ですね。



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