夢現




 目を刺すほどの明るい朝の光に、ここ 白陽国の王である珀黎翔は目を覚ます。
 見慣れた寝台に横たわっていた我が身を起こし、軽く頭を振ってすっきりさせた。

 光に誘われるがまま、目を向けた窓の外は何も見えないほど白く眩しい。
 夜明けはとうに過ぎているらしい。

 珍しく深く寝入ってしまったのか。―――この"私"が。

 …何か夢を見ていたようだが思い出せない。
 ただ、あまりいい夢ではなかったと思う。


 なんだかとても夕鈴に会いたい気分だった。
 会ってあの笑顔を見たい。声を聞きたい。今すぐに。

 迷う気はなく ふらりと立ち上がって寝室を後にした。





「おはようございます。」
 寝室から出てきてすぐ、もうすでに姿を見せていた側近の李順が深く拝礼する。
 朝早くからご苦労なことだ。…いや、僕が遅かっただけか。
「夕鈴は? まだ寝ているのか?」
 ならばこちらから会いに行こう。
 すると、李順は何を言っているのかと怪訝な顔をした。
「夕鈴殿ならだいぶ前に家に戻られたではないですか。」
「え?」
「国政も安定し、彼女の借金も無事返済。すごくいい笑顔で帰ったのはもう二月も前です
 よ。」

 僕は認めていない。瞬時にそう思った。

 逃がしたくないと思った。
 その僕が彼女を家に帰したなんて信じられない。
 たとえ国が安定しても、借金がなくなっても。僕が彼女を手放すなんて、そんなこと有り
 得ない。

 身に覚えのないことに固まっている僕をよそに、それに気づかず李順は言葉を続けた。
「あれから然るべき家柄の娘をと何度もお勧めしたのに、陛下ときたら全て突っぱねてし
 まわれるし。」
 おかしいと思うけれど、李順に嘘を言っている様子は見られない。
 そもそも嘘を言う必要もないだろう。

「ああ、彼女を連れ戻そうなんて思わないでくださいよ。」
 内心を見透かしたように李順は釘を刺す。
「どうして?」
 聞き返せば、心底呆れた顔でため息をつかれた。
「あのですね… もうすぐ結婚される方に何を言っておられるんですか。」

 ――― 一瞬、言葉を理解できなかった。

「…え? 誰と?」
「まさか寝惚けておられますか?」
 いやちゃんと起きてるよ。と心の中で言ったけれど、心の声では当然相手に通じない。
「それだけ平和になったということでしょうか。」
 眉根を寄せてこめかみを押さえる仕草は完全に呆れられていると分かった。
 でも、今のこの状況がどういうことか自分には分からない。
「昨日、弟君の汀 青慎が報告に来たでしょう。」

 この先は聞いてはいけない気がする。
 聞きたくないと思う。

「お相手は確か、夕鈴殿の幼馴染の――――」










「っ!」
 ハッと目を覚ます。
 見慣れた寝台の天井が見え、自分が寝ていたのだと数瞬遅れて理解した。
「…ゆ、め?」
 見慣れた風景だが 同じようで違う。
 部屋に明るく差し込む光はなく、目の前には薄暗い闇があるのみ。
 これはいつも起きる時間だ。
「夕鈴…」
 そうだ、確かめなくては。
 そう思って弾かれたように寝台から飛び起きた。




 僕が姿を見せると、その場にいた女官が膝を折り礼をとる。
 そこに李順の姿はない。またひとつあの夢と違う光景にホッとした。
「陛下、朝のお食事は…」
 控えめに尋ねる彼女に少し考えてから口を開く。
「今朝は妃と食べたい。彼女の部屋に用意を。私は先に行く。」
「御意。」


 早く君に会いたい。
 会って、あれは夢だと教えて。












「陛下!?」
 勝手知ったる彼女の部屋に入ると、朝の準備を指示していたらしい女官が慌てて礼の姿
 勢をとる。
「あの、お妃さまは、まだ…その…」
 …確かに起きてはいないだろう。
 こんなに早く僕が訪れることなんてないのだから。
 ただ 僕の気が急いているだけ。
「良い。私が起こしに行く。」
 驚いた顔をする彼女に内心苦笑いをする。
 当たり前だ。普通 王が妃を起こしに行くなど有り得ない。
「朝から明るい場所であの愛らしい寝顔を見るのも悪くない。準備ができたら声をかける
 ように。」
「…御意。」
 妃に向けた甘ったるい言葉は女官にとって満足するものだったのだろう。
 納得いったという顔で是の姿勢を返された。





 音を立てず寝室に入り込み、まっすぐ寝台へと向かう。
 上掛けに包まり ぐっすりと寝入っている姿を認めて、ようやく詰めていた息を吐いた。

 夕鈴だ。

 昨日会ったばかりなのに、ずいぶん長い間会ってなかったような気がする。


 寝台に腰掛けて彼女の髪に触れる。
 さらりと流れ落ちる柔らかい髪の一房を絡め取って口付けた。


 目覚めたら彼女はきっと離れてしまうだろう。
 でも目覚めたらこちらが現実だと教えてくれる。


 ふるりと彼女の長い睫が震える。
 目覚めの気配が近づいていた。



「なななな、何で陛下がここに!?」
 目覚めての第一声から、やっぱり予想通りの反応だった。
 目が合ったからおはようと声をかけたら、一気に目が覚めたらしい彼女は飛び起きる。
 そのまま転げ落ちそうな勢いで、寝台の逆端まで後ずさった。
「あ、ああ朝からこんなところで何してんですか!?」
「君に、会いたくて。」
 素直に言えば、彼女の顔が真っ赤に染まる。
 今のは"狼陛下"の言葉じゃない。
「ちょ、な…っ」
 目をぐるぐるさせて混乱している。
 ああ やっぱり夕鈴だな、と、面白いと笑うより安心した。

「―――… 陛下?」
 いつもと違うと思ったのか、訝しげに夕鈴が近づいてくる。
 手を伸ばそうとしたその手をとって、自分の方に引き寄せた。
「きゃ…っ!?」
 バランスを崩した彼女が倒れこんできたのを抱きとめて、そのまま腕の中に閉じ込める。
「…どうかされましたか?」
 何かを感じ取ったのか、彼女は暴れも抵抗もしなかった。
「怖い夢でも見ましたか?」
「……うん。」
「大丈夫ですよ。」
 子供をあやすみたいに背中をぽんぽんと叩いてくれる。
 触れる柔らかなぬくもりは本物だ。それを知って気持ちが和らいでいく。


 でも、怖いのは、夢じゃない。
 怖いのは、あれがただの夢じゃないからだ。
 あれは、いつか来るかもしれない未来のひとつ。

 手放せないぬくもり。
 夢を夢のままにするには、どうすればいい?




2011.1.1. UP



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ちょっとシリアスしてみました。(初SSなのに!?)
夢見が悪くて夕鈴に縋る小犬陛下とお姉ちゃん夕鈴です。

本編陛下の夕鈴への想いは、恋なのか執着なのか悩みどころです。
LaLa12月号を読んでてそう思いました。張老師への言葉がどういう意味なのか。
お前の望みを叶える気はない、というのは、彼女を妃にする気がないということか、子を作る気がないということか。
妃にしないにしても、それは彼女の気持ちを思いやってか、自分の想いが恋じゃないと思っているからか。
自分で後宮に留めておいてあの発言はちょっと謎です。
…深読みしすぎか。
まあ陛下は夕鈴が狼陛下にぐるぐるするのは怖がってるからだと誤解してるからかもですけど。
怖がってるんじゃなくて時めいてるんだとどちらかが自覚したら、この話も佳境かなー?



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