涙の跡 2




「夕鈴。」
 彼が夕鈴の部屋を訪れたのは、彼女が夜着に着替えた後だった。

「陛下!? 政務の方はもうよろしいのですか?」
 今夜もそのまま自室に戻られるのだと思っていました。
 そう言いながら 彼女は驚いた様子で出迎える。
「どうしても君に会いたくなってな。寂しくなかったか?」
「〜〜〜もちろん 寂しゅうございましたわ…っ」
 顔を真っ赤にしながらも、人の目がある手前、彼女は必死で妃を演じる。
 いつまで経っても慣れない様子には、安らぎとともにほんの少しの寂しさを感じた。

 人払いを命じると、心得ている彼女達は音もなく部屋を出る。
 あっという間に誰もいなくなった。



 それを確認して、彼女の方に向き直る。
 彼女はきょとんとしてその場に立っていた。

「―――…」
 ふと目に止まった彼女の目尻に指先で触れる。
 今は何も名残がない。彼女は僕にそれを見せない。…いつも。
 本当の悩みは教えてくれない。

「陛下?」
「…泣いたの?」
 途端に夕鈴の顔が真っ赤になる。
「な、何でそれを…!?」
 彼女は隠し事ができない。
 けれど、本当に大事なところは隠してしまう。
「どうして? 何か悲しいことがあった?」

 知らないところで悲しまないで。
 慰めることさえできない。

「夢を、見ただけです。」
 僕の指と視線から逃れるように俯いて彼女は告げる。
「泣くほど悲しい夢を?」
「…覚えていません。起きたら泣いていた、それだけですから。」

 嘘。
 覚えていないはずがない。
 覚えていないなら、何故目を逸らす?


 頼らない彼女に苛立つ。
 人の心配はするのに、心配はさせてくれない。
 君はいつも自分の中に押し隠す。

 ……だったらこちらも好きにしよう。


「―――夕鈴。今日はもう寝ようか。」
 力無く垂れる彼女の手を取ると、返事も待たずに奥へ向かった。






「へ、陛下??」
 彼女の戸惑いも制止の声も無視して、寝室の帳を押し上げる。
 彼女を引き入れ手を離すと、帳はしゃらんと音を立てて元のように落ちた。




 寝室には柔らかな香りの香が焚かれている。
 最低限に落とされた灯りの中でも黎翔の足取りは迷わない。


 夕鈴を寝台に座らせて、その隣に自分も座った。
「あ、あの…陛下ッ!?」
 夕鈴は焦って困ってぐるぐるしている。
 可愛いなと思うけれど、やっぱり言おうとはしてくれない。

「―――僕が夢の守人になるから。」
 だから君は安心して眠って、と。

 君が頼ってくれないなら、僕が勝手に君を守るよ。

「い、いつまで… ですか?」
 まさか一緒に寝る気なんじゃと彼女は顔色を変えた。
 …嫌がらないならそれでも構わないけど。

「君の涙が止まるまで。」
 彼女の目尻にまた触れる。
 びくりと震えられたけれど、気にせずその手を頬に滑らせた。
 
 今ここで泣いてくれたら、ここを流れる涙を拭いてあげられるのに。

「…泣いてませんよ。」
 そう言いながらさりげなく手を外されてしまう。
 逆にその手を握り込んで、咄嗟に逃げようとする彼女を留めた。
「今は、ね。でも夢を見たら君はまた1人で泣く。それは嫌だ。」
「嫌と言われても…」
 彼女は困った顔をする。
 その表情が離れて欲しいと訴えていた。

 その頑なな態度にさっき抑えた苛立ちがまた膨れ上がる。
 空いていた手で彼女の肩を掴むと、力任せに寝台に押し倒した。

「!!?」
「…妻の憂いを取りのぞくのも夫である私の役目だろう?」
「ッ いきなり狼陛下はずるいです!!」
 仄かな灯りでも彼女の表情ははっきり分かる。
 いきなりのことに混乱しているのか、真っ赤になって目を回していた。
「相手は夢ですっ」
 夕鈴も抵抗していたが、本気になれば封じ込めることくらい容易い。
「―――妃の全ての感情は私のもの、夢であろうと奪われるわけにはいかない。」
「陛下ッ」
 演技は要らないとどうにか突っぱねる彼女の手は震えている。
「陛下… 止めて、ください…っ」
 これ以上押したら泣いてしまうかもしれないと思った。


 それでも止められない。
 だって、これは演技じゃない。


「…どうしたら君は私を頼る?」
「え?」


 君の涙を止めたいだけ。
 君を全ての哀しみから守りたいだけ。


 けれど君は頼ってくれないから。
 涙を見せてはくれないから。


 いずれ爆発しそうなこの苛立ちを、

 君にぶつけてしまう前に消す方法を教えて、、、







2011.1.6. UP



---------------------------------------------------------------------


うちの夕鈴は大人しい気がします。
ここはぎゃーとか言ってはねのけるところなんでしょうか(笑)
でもそれだとギャグにしかならないので…
たまには本編みたいに元気に走り回る夕鈴が書きたいな〜



BACK