たまには気の合う話を




 この王宮で… いや、この国で最も仲を疑う必要のない2人だと知っている。
 周りにはそう映らないこともあるかもしれないけれど、2人をよく知る僕はそう思う。
 だから、別に2人が李順の部屋で2人きりで話していようとも気にはならない。

 だから、待っていても良かったけれど。
 呼びに行こうと思ったのは、ただ彼女に早く会いたいからだった。







「やっぱり思う通りの結果が出たときが1番ですね。」
 向かい合わせに座って力説する夕鈴を前に、李順が腕組みをしたまま頷く。
「確かにそれも一理ありますね。ですが私はそこに至るまでの、相手の先を読んでいかに
 こちらに有利に事を運ぶかを考えるときの方が充実感があります。」
「あ、それも分かります。どこで引くかが腕の見せ所ですよね。」
「そうです。押しすぎてしまうと次に響きますからね。その場限りならばどうとでもなり
 ますが、良い関係を保ちつつギリギリまで粘る…その見極めが難しい。」
 何の話をしているのかさっぱり分からない。
 珍しく意気投合している2人は他人の存在に気づいていないようだった。

 疑う必要はない。
 けれど周りにはそう映らないかもしれない。

「そうなんです。双方が納得しないとダメなんですよ。」

 今ここにいるのが僕以外だったらどうするんだろうと考えてみた。
 …それはあまり面白くない。

 だから、わざと足音を立てて部屋に踏み込んだ。





「楽しそうだな。」
「陛下。」
 李順は特に驚いた様子もなくサッと席を立って拝礼する。
 夕鈴もそれに倣って席を立つと僕を出迎えた。
「何故こちらへ?」
「宰相との話を終えて夕鈴の部屋に行ったら君はいなくて、侍女からここにいると聞いた
 んだ。」
「すみません。つい話に熱が入ってしまいました。」
 もうそんな時間なのだと気がついたらしい夕鈴は決まり悪そうに謝る。
「楽しかったんなら仕方ないよね。」
 別に怒っているわけではなかったから、ぽわぽわ小犬の笑顔で夕鈴を安心させた。

「それで、何の話をしていたの?」
「値切りです。」
「値切り?」
 何で妃と側近でそういう話になるんだろう。
 首を傾げると、李順が補足説明を入れてくれた。
「元々は夕鈴殿の目から見て後宮に無駄なものはないかという話をしていたんです。私も
 王宮の感覚に慣れていますからね。新しい視点が欲しかったのですよ。」
「まあ、庶民の私から見たら全部無駄に見えるんですけど…」
 必要以上に高級すぎると、借金を思い出したのか彼女は身震いする。
 もちろんそれを李順は軽く笑って受け流すだけだった。
「貴女の庶民的感覚はともかく、意見は大変参考になりました。」
 卓に広げた紙を閉じながら、彼が用事は終わりだと告げる。
「じゃあもう部屋に戻る?」
「あ、はい。」
 その返事ににこりと微笑むと、いつものように彼女の手を取って引く。
「一緒に戻ろう。」
「はい。」
 そんな仲良し夫婦のために、李順が人を呼んでくれた。








 付き従っていた侍官と侍女を下がらせて、2人で夕焼けに染まる庭に降りる。
 池も夕陽を溶かし込み、夕鈴の横顔も赤く染まっていた。
 西の空を飛ぶ鳥を遠く眺めながら、彼女は「綺麗…」と小さく呟く。

 綺麗なものを素直に綺麗と言える素直な部分は彼女の美点。
 綺麗なのは彼女のその心だ。
 心が綺麗だから、世界は美しく見える。

 僕が綺麗だと思うのは景色ではなく彼女だけ。
 ずっと見ていたい気もするけれど、こっちを見て欲しくもある。
 そして無意識に髪に触れた手が一房を絡め取る。
 それに気づいた彼女が振り向いた。

「…あんまり男の部屋に気軽に行っちゃダメだよ。」
 夕鈴はそれを聞いて大きな目をぱちくりさせる。
「え、だって李順さんですよ?」
 彼女には警戒心の欠片もない。
 素直なのは美点だけど、こういう時に発揮されるのは少し困るのだ。
「僕は知ってるから良いけど、周りは誤解するかもしれないでしょ?」
「…あ、そうですね。」
 気づかなかったと彼女は素直に反応する。
 まあ李順がそんなヘマをするわけないだろうけど。
「夕鈴にとっては李順が上司だから会いに行くなとは言わないけど、長居はしないように
 ね。」
「はい、次からは気をつけます。」
 元気な返事にクスリと笑む。
 今回は狼陛下の出番も必要ないようだ。

「明日も晴れそうですね。」
 最後の光が山端へと消えた。













「安さばかり求めるのではなく、時には高くても良いものをと考えることもあります。」
 李順の言葉に夕鈴は深く頷く。
「良質のものは丈夫で長く使えますしね。」
「ええそうです。よく分かってますね。」
「私だって、いつも値切ってばかりではありません! 弟の勉強道具を揃えるときはそれな
 りのものを買いました。」
 熱く語る2人の話は尽きることを知らないようだ。

 …約束したのはいつだったかな。
 確か3日ぐらい前だったような気がする。

 ……まだ3日、だよね。


「…夕鈴?」
 ひやりと背筋が冷たくなるような声に彼女の方がビクリと震える。
 入口に立つ黎翔の姿を認めると、彼女の顔は真っ青になった。
「へ、陛下… これは、その…」
「うん?」
 笑ってるのに空気が怖い。
 夕鈴にははっきりと、彼の背中に狼が見えた。


「ご、ごめんなさい〜〜っ」
 約束を破ったのは自分だからと夕鈴はすぐに謝る。
 それで少しだけ空気が和らいだ。
「次はないからね。」
「う… ハイ……」


 3度目の正直か、2度あることは3度あるのか。


 とりあえず、あの人の怒りを買わないために しばらくは我慢しようと思った夕鈴だった。









2011.1.8. UP



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お金に関してはかなり気が合うんじゃないかと思いますよ。
そんなことを考えながら書いてました。

陛下も2人のことは疑わないんだけど、周りに誤解されるのは嫌だな〜と。
喧嘩するほど〜と話の傾向は似てますね。
何気に夕鈴の周りって男の人が多いのねー
李順さんってお妃教育も化粧もできるし、なんてゆーかすごい人ですよね(笑)



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