真実には目隠しを




 離宮から帰ってきて数日。

 政務室で夕鈴はどこか落ち着かない様子を見せていた。
 方淵との睨み合いをすることもなく、何かから逃げるように扇で顔を隠しているのだ。

 目が合わない。つまらない。
 しかし、喧嘩をした覚えも怒らせた覚えもない。
 自分のせいでないのなら、誰が彼女を隠したのか。

 狼陛下に怯える官吏達の前では一切表に出すことなく、国王 珀黎翔は彼女のことばかり
 を考えていた。





「夕鈴。」
 足音を立てずに近づいて、扇を持つ夕鈴の手を掴む。
「えっ あ、はい!?」
 顔を上げた彼女は真っ赤になって焦った様子を見せた。
 可愛いなと 吹き出したくなるのを抑えて、狼陛下の甘い微笑みで彼女の顔を覗き込む。
「どうして隠してしまう? 常に花のような君の顔を見ていたくてここへ呼んでいるのに。
 隠れてしまうのなら取り上げようか?」
「だ、駄目ですっ」
 それを聞いた彼女は即座に抵抗を示した。
 途端にその理由に興味が沸く。
「何故?」
「これがないとここにいられません!」
 あまりに必死な態度だったから、思わず声に出して笑ってしまった。
「っ!?」
 そこでようやくここがどこだか思い出した夕鈴がハッとして辺りを見渡す。
 ここは政務室。狼陛下がこんな風に笑ってはいけない場所だ。
 挙動不審にも見えるほどの彼女の激しい動きに彼はもう一度笑った。
「大丈夫だよ。もう終わってるから。」
「え!?」
 室内は黎翔の言う通りガランとしていた。
 いつもならボーっとしていれば即座に睨んでくる李順さえいない。
「人がいなくなるのも分からないくらい何に気を取られていたの?」
 彼女がからかわれたと怒り出す前に聞いてみた。
「そ、そそそれはっ その……し、視線が……」
「しせん?」
「は、はい… ここの所―――…というか、離宮から戻ってきてから皆さんがこちらをち
 らちらと見られるんです…っ」
 困り果てた顔で彼女は言う。
「ひょっとして、私の我が儘で離宮に行ったから、よく思われてないんでしょうか…」
 方淵を始めとするいつも政務室にいるメンバーは、陛下が離宮にいる間はそちらに赴い
 て仕事をしていた。
 彼らの手間を増やしてしまった原因は夕鈴だ。
 だから彼らは自分に対して不満を持っているのではないかと。

(それは違う…)
 見当違いの心配をしている夕鈴は置いておくとして。
 それは面白くない事態だ。


 離宮で彼女が見せた、天女と見紛うばかりの艶やかな姿。
 …あれに惑わされたのは私だけではないということか。

 政務室に通う者のほとんどはあの宴に参加していた。
 気になるのは男として当然だ。


 しかし、真実を伝えれば彼女は意識してしまうかもしれない。
 逆に誤解したままなら、関係改善と称して話しかけたりするのだろう。
 警戒心のない彼女をそんな男達に近づけさせるのは危険だ。


「夕鈴。大丈夫だよ。」
 となると、誤解は解きつつ真実を隠すしかない。
 黎翔は安心させるようににこりと笑った。
「彼らの視線はいつも通りだから。」
「え?」
 意外なことを言われたからか、夕鈴は目をぱちくりさせる。
 うんまあすぐには信じられないと思う。
「夕鈴が気になってしまうのはしばらく政務室に来なかったからじゃないかな。」
 しかし焦らずに、一つ一つそれらしい事実を重ねていく。
「そうなんですか?」
「うん。だって離宮にいる間は全然行かなかったでしょう?」
「確かに、そうです。」
 だんだんと夕鈴の顔が変わっていくのが分かった。
 黎翔の言葉を考えてみて、それが納得いくものだったのだろう。
「またすぐに慣れるよ。」
「はい。」
 そうして彼の思惑通りに、夕鈴は彼の言葉を信じ込んだ。

 ―――あとはそれを現実にするだけ。

「あ、そうだ。明日は午後からで良いからね。」
「? はい。」






 そして翌日、午後に夕鈴が政務室に行ったときはもう気にならなくなっていた。
 睨んでくる方淵以外は誰もこちらを見ていない。
 やっぱり陛下の言う通りだったと彼女は安心したのだが。

 その裏で彼が官吏達に脅しをかけたということを、夕鈴が知ることはなかった。








2011.1.10. UP



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本当はシリアスなモノローグから始まるはずだったんですが。
内容がどうにもシリアスになりそうにない流れになったのでモノローグをカットしました。
完全にギャグですよね これじゃ。
てゆーか 陛下が黒いですよ!(笑)


・オマケ・
「最近、妃が視線が気になると言う。誰か心当たりのある者はいるか?」
 狼陛下の冷たい眼差しと言葉に部屋の空気が固まる。
「彼女が誰のものか知っていてそのような不躾な視線を送るとは… 命知らずがいたものだな。」

 …とかなんとか言ってそうな感じがします(笑)



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