疲れた貴方の癒し方
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「…お疲れですか?」
「んー…」
 お茶の準備をしながら陛下に声をかけると、間延びした返事が返ってくる。
 体が長椅子の手すりに完全にもたれ掛かってしまって、疲れているのが目に見えて分かっ
 た。
「ちょっと、政務が立て込んでて…」
 ああ、力なく下がった耳と尻尾が見える。
 起き上がるのも億劫そうだったので、温かいお茶を注いだ器は手渡さずに前の卓に置いた。

 李順さんからも連日遅くまで仕事だと聞いていた。
 今ここにいるのも終わったからではなく、政務の間の休憩時間でしかないらしい。
 今夜もきっと遅いのだろう。

「無理してこちらに来られなくても良いんですよ? 休めるときには部屋でゆっくり休んで
 ください。」
「…夕鈴は僕の唯一の癒しすら奪うつもりなの?」
「はい?」
 何故そこで恨めしそうな目で見られるのかは理解できない。
 一人の方がゆっくりできると思ったからそう言ったんだけど、それが陛下はお気に召さな
 かったらしい。

「政務室も、夕鈴がいないとやる気出ないし……」
 …これはひょっとして愚痴なんだろうか。
 そして何故か、その矛先が自分に向いている。
「夕鈴がいないとつまらない…」
「李順さんにも来なくて良いと言われてますから… そもそも私が行った方が邪魔になるで
 しょう?」
 ただ座っているだけの妃がいても通行の妨げになるだけだ。
 書庫も忙しいなら人の出入りが多くなるし、そこに夕鈴が行けば邪魔になってしまう。
 だから、李順さんに「来なくて良い」と言われたのだと理解していた。

「夕鈴は自分を分かっていない…」
 だから、陛下の言葉の方が理解できない。
 じっと見られて、その目が何を言いたいのか分からなくて戸惑う。

 私のことは、私が一番分かってるつもりだ。
 バイトとして、ちゃんと踏み込まないように、距離を測っている。
 まだ、何か足りないんだろうか?


「―――明日も来るから。」
 陛下が急に起き上がった。休憩が終わる時間になってしまったらしい。
 少し温くなってしまったお茶を一気に飲み干すと、空になった器を夕鈴に手渡す。
「絶対、必ず来るからね。」
 器ごと夕鈴の手を包み込み、彼はさらに念を押した。
 それが妙に真剣味を帯びていて、夕鈴はそれに気圧されつつこくこくと頷く。
「は、はい。では、明日もお茶の準備をしてお待ちしてますね。」
「うん。」
 ようやく少し機嫌を取り戻した陛下は、その後瞬時に"狼陛下"の顔にになって夕鈴の部屋
 を出ていった。















*
















 翌日は、前もって約束していた通りに紅珠が遊びに来てくれた。

 池の畔の四阿にお茶とお菓子を並べていつものように談笑に興じる。
 これも"妃"の優雅な時間の使い方だ。
 紅珠が来ると楽しいのでそれは全く問題ないのだけど。

 ―――けれど、今日はそれも気分が乗らない。

「お妃様、どうかなさいましたか?」
 会話の合間にふと遠くを見つめて溜め息をついた夕鈴に気付いた紅珠が心配そうに尋ねて
 くる。
 しまった、と思って夕鈴は慌てて笑顔を作った。
「ごめんなさい。何でもないわ。」
「…何か気になることがおありなんですのね。」
 紅珠の言葉は好奇心から出たものではない。
 美しく整えられた眉を寄せる表情は、心配は心からのものだというのを知らせていた。
「私にで良ければお話しくださいませ。」
 紅珠は夕鈴が黙っていればきっと詳しくは聞いてこない。
 本当に良い子だと心が温かくなる。

「実は―――…」
 だから、正直に話す気になれた。


「お疲れの陛下を、癒してさし上げるにはどうしたら良いのかと思って…」
 今もきっとたくさんの書類に埋もれながら、時に周宰相や大臣達と難しい話をしたりして
 いるんだろう。
 今夜も絶対来るとか言っていたけれど、だったら何かできたらと思う。

「まぁ…!」
 途端にぱぁっと表情を明るくした紅珠が身を乗り出してきた。
「流石ですわ お妃様! これが愛ですのね…!!」
 ああ、何か紅珠のスイッチを押してしまったらしい。
 お願いだからその手に持ってる紙と筆を仕舞ってください。切実に。


「殿方を癒すには、女性の身体が一番だと聞いたことがありますわ。」
 ひとしきりキラキラを振りまいて落ち着いたのか、座り直した紅珠は助言らしきものをく
 れた。

「…それ、どういう意味なのかしら?」
 でも、夕鈴には意味が分からない。
 首を傾げると紅珠も同じように困った顔になる。
「私も詳しく聞いていないのでよく分からないのですけれど… それが男性を元気にするそ
 うですわ。」
 彼女は氾家の侍女達にその話を聞いたとのことだった。
 廊下で楽しげに話す彼女達の中に入って聞いたらそんなことを教えてくれたのだと。
「具体的には何をすれば良いのかしら?」
「さあ…?」
 紅珠も分からないと言うので、二人でうーんと考え込む。

 確かに夕鈴は女で陛下は男だ。
 でもそれでどうやったら陛下を癒せるのだろう。


「…触れればよろしいのでしょうか。」
「手を握るとか?」
 試しに紅珠の手を取ってぎゅっと握ってみた。
「お妃様はあたたかいですわ。」
 するとほんのり頬を赤らめた紅珠がふわっと表情を綻ばせる。

(か、可愛い…!)
 この可愛さで夕鈴の方が癒された。
(って、私が癒されてる場合じゃないッ)

「癒される?」
「はい。とっても安心します。」
 この方法も間違ってはいないらしい。
 これで癒されてくれるなら、ぜひ陛下にも試してみたい。


「あ、じゃあ――――…」

 そうして、思いついたもう一つの方法も紅珠に試してみた。




























「だ、大丈夫ですか??」
 ついには背もたれでもなく長椅子に伸びてしまった陛下に夕鈴は慌てた。
 宣言通りに今夜も部屋にやってきたものの、昨日よりなお状態が悪い。
 絶対自室で休んだ方が良いと思うけれど… と思いながらも、陛下が望むことなので強く
 も言えなかった。

「幽鬼と狸がほんと容赦ない…」
 相手が宰相さんと柳大臣のことらしいことは何となく分かる。
 だけどバイトが内政について深く知ることはできないから、陛下が話す以上のことを聞く
 ことはない。
 夕鈴にできるのは、陛下が話すことを聞くことだけだ。

 …ああ、バイトはほんとに役立たずだなって思う。
 本物のお妃様ならもっと話を聞いて、何か手伝えることもあるだろうに。



「やだな… もういっそここに閉じこもってしまいたい…」
 そっと凹む夕鈴を余所に、長椅子に完全に懐いてしまった陛下の呟きは続く。
「一日…いや、一週間…… いっそ一ヶ月とかでも良いな〜」
「それはさすがに…」
 疲れてるのは分かるけれど、本気で実行されたら困るのでそこには同意できない。
 止めるとじとっと見上げられた。
「…働きたくない……」
「水月さんじゃないんですから…」
 出会った頃からマイペースだった、有能だけど困った人な彼を思い出す。
 かつて出仕しない理由を彼の人は「働きたくない」ときっぱり言った。
 ―――あの時は、労働は尊いものだという話をした気がする。
「陛下がいらっしゃらないと政務が進みません。皆さんが困ってしまわれますよ。」

 本音は休んでもらいたいけれど、陛下は王様だからそうはいかない。

「この後はまたお仕事ですよね。今日は疲れが取れるお茶と甘いお菓子を用意しましたか
 ら。」
 そろそろ時間も近づいているしと陛下を椅子に促す。
「うん…」
 のろのろと移動した陛下は、夕鈴がお茶を差し出すと受け取ってはくれた。
 けれどそれを飲もうとはせずに深い溜め息をその中に落とす。
 目でも楽しませてくれるはずの可愛くて甘いお菓子も目には入っていないらしい。


(……試してみるべきかしら?)
 昼間、紅珠とあれこれやってみた方法を思い出す。
 よく分かっていない二人なりにいろいろ考えてみた。
(は、恥ずかしいけれど…!)

 でも、これで陛下が少しでも癒されてくれるなら。
 恥ずかしい思いをするくらいのこと、甘んじて受け入れようと思う。




「―――――」
 俯く陛下の後ろにまわって後ろから腕を伸ばす。
 そうしてぎゅっと抱きついた。

「ゆーりん…?」
 不思議そうな陛下の声がすぐ耳元で聞こえたけれど、目をぎゅっと瞑って腕に力を込める。
 紅珠とは前からという話もしていたけれど、陛下を前にしたらそれはできそうになくて諦
 めた。

「陛下は頑張ってらっしゃいます。」
 ちょっと力を緩めてから、よしよしと頭を撫でる。
 陛下の肩が揺れたけど気にせず続けた。
「お疲れなのも分かります。…陛下は一人で国を背負ってらっしゃいますから。」

 王様は一人しかいない。その重圧はどれくらいのものなんだろう。
 そんな陛下の側にいても私には何もできない。しがないバイトの偽物妃は役立たずだ。

「…私は何もできないけど、せめて陛下の疲れを取ることができたらと思います。」

 けれど、バイトはバイトなりに陛下の力になりたいと思っている。
 それが少しでも伝わればと思った。

「私は、私にできる精一杯のことをします。私は陛下の妃ですから。」

 今の私にできることはこれくらいだけど。
 お茶とお菓子と、紅珠の言う"身体"と。これが私の精一杯。

 でもこれで、陛下の疲れが取れるなら。


「……えーと、それで"これ"なんだ?」
 陛下はまだ少し戸惑っているようだった。
 どうしてこういうことになったのかと、言外に問われる。
「えと、これは紅珠と話してて… 男の人を癒すには女性も身体が一番だっていう話になっ
 たんです。」
 陛下を後ろからぎゅっとしたまま昼間のことを正直に話すことにした。
 特に隠すことでもなかったし。
「二人ともよく意味は分からなかったんですけど。触れてれば良いのかなって。」

 ―――手を握るよりもぎゅっと抱きしめた方が、たくさん触れられるから良いかもしれな
 い。
 それが紅珠と二人で出した結論だった。ちなみに頭を撫でたのは衝動だ。

「…ダメでしたか?」
 やっぱり間違ってたのかと、離れようとしたら留められた。
 引きかけた手首を掴まれて再び彼の首に回される。


「ダメじゃないよ。ありがとう。」
 軽く夕鈴の腕に頭を乗せて、陛下がホッと息を吐いた。
 どことなく硬かった表情が緩んだ気がする。

「明日からも頑張るね。」
「はいっ!」
 元気に返すと、陛下はにっこり笑ってくれた。






 少しでも、貴方を癒すことができたのなら。貴方の力になれたのなら良いと思う。


 貴方の側にいるために、私はこれからも精一杯頑張りますから。




 だからまだ、―――貴方の側にいさせてください。




2013.2.2. UP



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お題:陛下が落ち込んでて励ますのに陛下が座ってて夕鈴に後ろからぎゅーと
      よしよしをしてもらってやる気が復活した陛下

リク主も書く方も抱擁好きーです(笑)
夕鈴からのぎゅーは「会いたい」「ご褒美」に続く三作目v これは続きではないですけど〜

落ち込む理由が思いつかなかったので(汗)、疲れてぐだぐだになってることにしました…
陛下が落ち込むのって夕鈴絡みしかなさそうなんですが。
あーベコベコに凹ませてからぎゅーでも良かったのか。そうか。←今思いついても

励ますというか、癒してる感じになっちゃいましたけど。
そして陛下、絶対当たってると思うんだけどそこはどうなんですか?(笑)

長々と続ける話でもないなと思ったので、今回はコンパクトにまとめてみました。
紅珠はちょっとした遊びのつもりでw 純粋培養同士のズレた会話ww
育った環境は違いますが、そっち関係は純粋培養で知らないっぽい二人なので。


JUMP様、今回もリクありがとうございました〜v
そして短いのに遅くなってスミマセンでした…(汗)
いつものごとく、好きに扱ってくださいませ〜




・オマケの陛下視点・

 夕鈴から抱きしめられた時は、あまりの珍しさにビックリしたけれど。
 どうやら氾紅珠と二人で考えた結果らしい。


 …たぶんそれ、意味が違うと思う。
 何も知らない夕鈴だから、相手が氾紅珠だったのもあってそういう答えが出てしまったんだろう。


 ―――でも言わない。本当の意味なんて夕鈴には必要ない。
 だって、確かに僕は癒されたから。



 ほんとに優しい子だよね。僕には勿体ないくらい。

 …もちろん、僕にも勿体ない彼女を他の誰かに渡す気はないけどね。

 


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