夢のような夢の話 -出会い編-
      ※ 「夢のような夢の話」は夕鈴・黎翔・几鍔が幼馴染という設定です。←整理部屋にミニカテゴリ有




 王都の活気溢れる下町は常に人で溢れている。
 その中でもわりと大きな商家である几家は扱う物も幅広く、店先での商売もやっていた。



「いらっしゃいませー …って、珀の旦那じゃないですか。」
 訪れた客に満面の笑顔で応対した主人は、その見知った顔を認めると、客相手への愛想笑
 いから親しい者に見せるそれへと表情を変えた。
「今日は何を探しにいらっしゃったんです?」
「…いや、下の息子に下町の活気を見せてやろうと思ってな。」
 そう言いながら彼は後ろにいた少年を前に押し出す。
 主人が挨拶すると、少年は小さく頭を下げて返してきた。
「利発そうな子ですね。」

 幼いながらに理知的な雰囲気で、同じ年頃の子ども達のように、珍しそうに見渡したりも
 しない。
 見た目の年齢よりもずいぶん大人びた印象を受けた。

「頭は良いんだ。ただ感情が薄いのが難点でね。」
 旦那は少年の頭を撫でながら困った顔で笑う。
 父親としては、その年齢に不相応なほど大人びた雰囲気が心配らしい。
「ああ、それで"ここ"へですか。」
 彼の意図を理解して、主人はニヤリと笑う。
 貴族の息子にこの下町はいろいろと刺激になるだろう。



「―――鍔、どこへ行くんだ?」
 籠を下げて出ていこうとする我が息子に気づいて、主人は不思議に思って呼び止めた。
 そういえば、息子もこの少年と同じくらいだが、うちのもなかなか年相応とは言えない性
 格をしている。
「汀家だよ。おばさんの見舞い持ってけって。」
 母親に持たされたんだと息子は手の籠を軽く上げてみせる。
 中にはたぶん軽めの食事なんかが入っているのだろう。

「汀家のご婦人は具合が悪いのか?」
 お見舞いだと聞いて心配する旦那に、主人は違うと首を振った。
「いや、先日二人目が産まれたんですよ。それで何かと差し入れてるんです。」
 下町は助け合いが基本だ。
 汀家の主人は役人だから日中は仕事だし、こういう時は下町ぐるみで面倒を見るのが当た
 り前だった。
「…確か、上の子もまだ小さかったな。」
「四つです。」
 上の子は娘で、これまたお利口さんなのだが、なにしろ四才だ。
 家のことなどできるはずもない。
 それを察した旦那も難しい顔になる。
「それは大変だな。」
「ええ。鍔、他に必要な物があるかも聞いてきてくれ。」
「分かってる。」
「―――ああ、几鍔君。ちょっと待ってくれないか。」
 几鍔が籠を持ち直して出ていこうとしたところで、珀の旦那は自分の息子の背中をポンと
 押した。
「黎翔。お前も彼と一緒に見舞いに行ってきなさい。」
「え?」
 今まで表情を一切変えず黙っていた彼も、さすがにそれには驚いたのか目をぱちくりさせ
 ている。
 その変化に満足そうに笑ってから、旦那は大きな手で息子の頭を撫でた。
「赤子とは神秘的なものだ。己もかつては小さいものだったと確かめてくると良い。」
「…はい。」
 父に諭されこくりと頷くと、黎翔は先に出ていった背を追いかけた。




「こっちだ。」
「ああ。」
 子どもらしさがあまりない短い会話はすぐに終わり、後は互いに無言で歩く。

 ―――とはいえ、二つの家は近いので目的地にはすぐに着いた。





「ちわー」
 勝手知ったる何とやら。几鍔は一応挨拶だけして戸口から入ると、そのままずかずかと奥
 に進む。
 その手慣れた様子から、いつものことなのだろうと黎翔も後に続いた。


「あっ 几鍔!」
 声が聞こえたからか、奥の部屋から小さな少女が現れて、とてとてと走ってくる。
 その度に栗色の髪がぴょんぴょん跳ねて兎みたいに見えた。
「いらっしゃい!」
「おう。」
 少女が笑うと几鍔も幾分表情を和らげ、荷物を持ってない方の手で頭を撫でる。
 その仕草は結構乱雑だが、少女の方はむしろ喜んできゃらきゃら笑っていた。

「夕鈴。おばさんは?」
「青慎におちちあげてるとこー ……?」
 几鍔の後ろにいた見知らぬ少年と目が合って、夕鈴は首を傾げる。
 そうして興味深げにじっと見た後で几鍔の方を見上げた。
「だれ?」
 知らない人だと夕鈴に言われて几鍔も一緒に振り返る。
 そういえば忘れていたなと少し身を引いて二人を向き合わせた。
「見舞いの連れだ。名前は…何だ?」
「珀黎翔。」
「…だそうだ。」
 適当に紹介してから、彼は今度は夕鈴を促す。
 それに「はーい」と元気に返事をした彼女はぴょんっと跳ねて背筋を伸ばした。

「はじめまして。汀夕鈴です。」
 言ってからちょこんとお辞儀をする。
 そうして見せる笑顔の向こうで瞳がきらきらと輝いた。
「よし、ちゃんと挨拶できたな。」
 几鍔がまた頭を撫でてやると、褒められた夕鈴は嬉しそうにはにかむ。
 まるで兄妹のようなやりとりは、それだけ彼らがいつも一緒にいるという現れだろうか。


「ね、青慎をみにきたの?」
「う、うん。」
 興味津々で大きな瞳をキラキラさせて問われると、黎翔はどう対処したら良いのか分から
 なくて戸惑う。
 一方夕鈴は彼の反応が嬉しくて、ぱあっと表情が明るくなった。
「じゃあこっち!」
「わっ」
 躊躇いなく黎翔の手を取ると、早く行こうとぐいぐい引っ張る。
 元気な少女に黎翔はたじろぐばかりだ。

「とってもかわいいの!」
「…猿だろ。」
 後ろからのんびり付いて行きながら、几鍔が呆れ顔で呟く。
「ちがうわっ とってもとってもかわいいじまんのおとうとよ!」
 それに夕鈴は大きな声で反論して、「かわいいんだから!」と黎翔に念を押すように言っ
 た。
 勢いに押されてそれに黎翔が頷くと、彼女は満足したのかにっこり笑う。


「おかーさーん! 青慎におきゃくさまー!」
「はいはい。」
 夕鈴の元気な声に、奥から優しい声が応えた。








*








「―――夕鈴は昔っから可愛いかったよね〜♪」

「…青慎が産まれた頃の話をしてたんじゃなかったの?」

「え、僕と夕鈴の馴れ初めの話だよ。」

「……コイツは昔から変態だったって話だろ。」





2013.5.7. UP



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というわけで、突然ですが仲良し幼馴染の出会い編です。
夕鈴が四才なので、黎翔八才、几鍔が七才ってとこですか。
几鍔と黎翔のお父さん達は捏造ですよ。

女王小ネタを旧携帯から打ち込んでたら、これも一緒に入ってたのですよ。
短かったので仕上げて上げてみました。
幼馴染ネタのストックは、後はあのエセシリアスだけですね〜(笑)
 


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