女の園の裏舞台
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 ―――それは、日差しは暖かく穏やかな日。
 始まりは夕鈴が一人の女官を目撃したことからだった。



「……?」
 その日、いつものように二人ほど侍女を連れて廊下を歩いていた夕鈴は、柱の陰で泣いて
 いる女官を見つけた。
 袖で隠し声を抑えてはいるが、ちらりと覗く目元を見れば泣いているのは明らかだ。


「どうかしましたか?」
 できるだけ驚かせないようにとそっと声をかけたつもりだった。
 けれど、ハッとして顔を上げた女官は夕鈴と目が合うと濡れた瞳を大きく見開く。
「お、お妃様…!」
 狼狽えた様子を見せた彼女は見られたことに気づいて真っ赤になった。
 しかしそこは宮廷女官。すぐに自分を立て直し、急いで涙を拭うとさっとその場に控えて
 礼の姿勢を取る。

「お見苦しいところをお見せしました。何でもございませんので、お妃様はお気になさら
 ないでくださいませ。」
「そうですか…」
 はっきり言われてしまえば夕鈴もそれ以上は何も聞けない。

「―――失礼いたします。」
 一度頭を下げてから、彼女はそこを去ってしまった。


「大丈夫かしら…」
 その背中を見つめながら、夕鈴は心配だと息を漏らす。
 だっていつも優雅さを失わない女官が泣いていたのだ。きっと何かあったはず。
「何かご存知ですか?」
 くるりと振り返って後ろの二人に尋ねてみた。
 ずるいかなと思いながらも、気になってしまえば聞くしかない。

「…実は」
 彼女達は顔を見合わせて、少し言いにくそうにしながら口を開いた。

「些細なことが発端なのですが…このところ、ある二つのグループが対立しているのです
 わ。」
「もう元の理由は関係なくなり、今はただ、何かある度に衝突しているのです。」
 それが最近はエスカレートしてきて、さっきのようなこともあるのだという。

「そうなの。」
 女ばかりの職場だからあり得る話だと、夕鈴もそこは納得した。
 下町だって「女同士の喧嘩は怖いねぇ」なんて周りの男達が茶化すくらいの戦いが繰り広
 げられることもあるのだ。
 そういうところは庶民も貴族も同じなのかと思うと妙に親しみがわいてしまう。

「お妃様にご迷惑はおかけしないように致しますわ。」
 本来関係ないはずの彼女達が申し訳なさそうに言うので、気にしないでと夕鈴は慌てて返
 した。






*







 ―――一度気になってしまうと、不思議と目に付くようになってしまうものだ。

 また別の日には言い争う声に遭遇した。
 後宮には不似合いの大きな声に夕鈴も侍女達も何事かとそちらに目を向ける。
 そこには仁王立ちした女官と、その彼女の前から泣きながら走り去る別の女官の姿が見え
 た。

 どうやらどちらもこの前の女性とは違うようだ。
 しかし、見なかったふりもできずに、夕鈴は残った方の女官の方へ向かった。


「何かあったのですか?」
「お妃様!」
 夕鈴が話しかけると、先日同様その女官も驚いた顔をした後にその場に控える。
「…何でもございません。お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでし
 た。」
 そしてまた同じ言葉だ。
 彼女もまた夕鈴に踏み込むなと態度で言ってくる。
 確かに、女官達のイザコザに下っ端妃(しかもバイト)の夕鈴が口を挟んではいけないのだ
 ろうが。
「何もないなら、良いのだけど…」
 歯切れ悪く答えると、その女官も一礼してその場を下がった。





*





 ―――そうして、日増しに目にする回数が増えてきた頃、一つの小さな事件が起こった。


「…あら?」
 それに気づいたのは夕鈴だ。
「すみません。もうすぐ陛下がお渡りになるので、その前にお菓子をお願いしていたのだ
 けど…」
「!」
 さっと青ざめた女官はたまたま夕鈴が言付けを頼んだ当の本人だった。
「すぐに用意いたします!」
 額付く勢いで謝る女官の前に夕鈴も膝を付き、そっと肩に触れて顔を上げてもらう。
「誰にでもあることですから気にしないでください。」
 それよりも急いでくださいと伝えると、弾かれるように彼女は立ち上がってお菓子を取り
 に行ってくれた。


「…これって、つまり、"アレ"よね。」
 彼女が一瞬見せた表情で夕鈴も気づいていた。
 これは誰かが故意にやったのだ。

「……柳方淵の時を思い出すわね。」
 あの時はその前に夕鈴が発見して説教した。
 けれど今回は犯人が特定できないからそれもできない。
「このままで済むかしら…」





 そして、その夕鈴の心配は杞憂では終わらなかった。






「……」
 最近ますます後宮内の空気が悪い。
 女官長にもさっき謝られてしまったほどだ。
 彼女からも厳重注意が出ているのだが、効果はなかなか出ないらしい。

 …どうやら規模が拡大しているとのこと。
 夕鈴へ直接の影響はあまりないのだが、突然花が変わっていたりお菓子やお茶の準備が少
 し遅れたり、小さなことは気になっている。

 女官長には「大丈夫」だと言っておいたが、正直言えばイライラしている。


「争うのは構わないけど、仕事にまで持ち込まないで欲しいわ…」


 後宮の空気が悪い。

 それで陛下が安らげなかったら、それが一番嫌だなと思った。





*





「何かあった?」
 イライラしているのを感じ取ったのか、陛下が心配そうに聞いてくる。
「いえっ すみません!」
 自分まで彼女達の空気に引きずられていることに気が付いて、夕鈴は慌てて気持ちを切り
 替えた。

 多忙でお疲れの陛下には、ここでくらい休んで欲しいと思っているのに。
 なのに、私が陛下の表情を曇らせるわけにはいかない。

「困ったことがあるなら…」
「大丈夫です!」
 小犬な陛下がそっと夕鈴の表情を窺うように見つめる。
 それを振り切るように大きな声で遮って、気にしないでくださいと笑顔を作った。

 確かに陛下に言えば改善するかもしれない。
 けれど、この程度で陛下の手を煩わせるのもどうかと思う。

 些細なことから始まって、ちょっと拗らせてしまっただけの喧嘩。
 これくらいは自分達でどうにかしないといけないだろう。


「…夕鈴、嫌なこととか困ることとか、何でも言って良いんだよ。」
「はい。ありがとうございます。でも今はまだ大丈夫です。」
 陛下はまだ納得していなさそうだったけれど、有無を言わさずその話題を打ち切った。












「申し訳ございません…」
 女官長から陛下に直接謝罪があった。
 そこで、彼もまた全ての事情を悟ったのだが。
「妃に害が及ばなければ私は何も言わないが。及んだ場合は…分かっているな?」
「……御意。」
 ただそれだけで察した女官長は、短く応えて下がっていった。


「…全く、君は本当に私を頼らないな。」
 困ったような顔で、でも彼女らしいと苦笑いながら。
 彼の小さな呟きは夕鈴にまで届かないまま。










*










 外は今日も青く澄んでいる。…はずなのだが。
 妃の部屋はかつてなく重苦しかった。

「……」
 その空気を作り出している二人の女官に夕鈴はこっそり溜め息をつく。
 先程、侍女の一人が彼女達が今回の件の元凶だとこっそり教えてくれた。

 一体誰の采配か。故意なのか偶然なのかまでは夕鈴には分からない。
 ただ確実に、この場の空気はすこぶる悪かった。



(どうしたものかしら…)
 今日に限って政務室に行く用事がない。
 掃除のバイトに行こうにも、今日はダメだと老師に止められた。


 何かないかと室内に視線を巡らせ、綺麗に片付いた卓の上で目が止まる。
「…ここに、花が欲しいわね。」
「はい、今すぐに。」
「すぐにお持ちしますわ。」
 ぽつりと夕鈴が呟くと、それを聞いた二人が競うように部屋を出ていった。
 何やら言い争う声が聞こえ、それは次第に遠ざかる。

「……本当に仲が悪いのね。」
 あまりに激しいので内容まで聞き取れなかった。
 行き先は同じだろうから帰りもあんな感じなのだろうか。
 それでも、とりあえず二人が戻ってくるまではここの空気も普通だろう。

「…ええと、花器の準備もお願いします。」
 別の女官に頼むと、彼女は静かに首肯して下がった。

(うん、これが本来の反応よね。)
 "普通"を忘れそうになっていた自分に気づいて、今の状態の異常さを再認識した夕鈴だっ
 た。






「お妃様、こちらをどうぞ。」
「いえ、こちらの方がよろしいですわ。」
 帰りも競うように戻ってきた二人は、持ってきたそれを互いに押し退けながら夕鈴の前に
 差し出す。
 そうして睨み合う二人を前に、夕鈴は困った顔以外できない。

「あ、ありがとうございます。でも、こんなには―――…」
 卓の上に飾る花をお願いしたのに、二人とも抱えるほどの花を持ってきてくれた。
 ああ、なんて勿体ないと、庶民の夕鈴は花の行く末を憂う。

「そんな花では今日のお妃様の装いに似合わないわ。」
「あら、貴女のその毒々しい花より良いと思うわ。」
「何ですって!?」

 ああ、始まったと夕鈴は内心で頭を抱える。
 ここがどこかとか、誰の前かとか、今の彼女達からはすっかり抜け落ちているようだ。

「だいたい、アンタみたいな品のない女がどうして女官なんてやってるわけ!?」
「親のコネで入ったアンタに言われたくないわよ!」
「それはアンタのことでしょう!?」

「ふ、二人とも…!」
「ちょっと落ち着きなさい!」
 周りも止めようとするが二人の勢いは止まらない。

「今日という今日は許さないわよ!」
「その言葉、そのまま返すわ!」
 バチリと一際大きな火花が散る。
 同時に腕にあったものを二人は床へと投げ捨てた。

「…ッ」
 床に散らばったそれを見て、夕鈴の中でプチッと何かが切れる。
 これ以上はもう我慢できない。


「〜〜〜ッ いい加減にしなさい!」

「「!!?」」
 割って入った怒声に二人の声もぴたりと止んだ。
 相手に掴み掛かろうとした手は下がり、二人は一緒に声の主の方を向く。
 そこには顔を真っ赤にして怒りを露わにした"お妃様"がいた。

「貴女方はプロでしょう!? つまらないことで足を引っ張り合うのはやめなさい!!
 ―――見苦しい!!」
「は、はい!!」
 勢いに押されて二人の背筋がぴしりと伸びる。
 そこに座りなさいと指さされて、彼女達は反射的に正座してしまった。

「一人二人、気の合わない相手もいるのは仕方がないわ。でもね、それを仕事に持ち込む
 のは止めなさい。」
 夕鈴の言葉ひとつひとつに、彼女達は小さな声で「はい」と応える。
「貴女達のせいで後宮の空気が悪くなってるのを知ってる? 後宮は陛下がくつろげる場所
 でなくてはいけないの。それを貴女達が壊してるのよ。私はそれが許せないわ。」

 後宮は陛下のためにあるもの。安らげる場所でないといけないと言ったのは老師だ。
 だから、私はそれを守りたいと思う。
 この国のために心を砕き続ける陛下が、少しでもその荷を降ろせる場所を作りたいと思う。

 …それが、何を意味するかは分からないままに彼女は願う。


「分かった? それでもまだ続ける?」
 夕鈴の言葉を飲み込んで、二人はちらりと目を見合わせる。
「申し訳ありませんでした…」
 そうして、静かに頭を下げた。





「―――私の出番はなかったようだな。」
「陛下!?」
 振り返るとそこには彼と女官長の姿があった。
「ま、まさか… 今の、聞いて……」
「ああ。」
 見られたと青ざめる夕鈴を彼は優しく腕の中に囲う。
「我が妃ほど、私のことを想う者もおらぬな。」
 そうしてぎゅうと抱きしめられる。
 近すぎるとぎゃあぎゃあ夕鈴が心の中で叫ぶも、相手はそれに頓着しない。

 気づいているはずなのに、絶対わざとだ これ。


「―――そこの二人。」
「「はいっ」」
 狼陛下に声をかけられ、二人は瞬時に固まった。
 正座したままなのも忘れて背筋だけをぴっと伸ばす。

「今回の件は不問に処す。妃に感謝せよ。」
「「はい!」」
 ありがとうございますと二人は夕鈴に深く頭を下げる。
 それが腕の中にいたままだったから、本当に居たたまれなかった。



 その後、何故か抱き上げられて四阿に連れて行かれて―――

 ご褒美だ何だと甘やかそうとする陛下を止めるのが一番大変だったと、後に夕鈴は振り返
 ることとなる。







2013.5.14. UP



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お題:戦うお嫁様?的なギャグ話

夕鈴巻き込まれ型(笑)
でもギャグにはなりませんでした…orz ほのぼの止まり。

隠しリクは「女性が多い職場」でとのことで。
「夕鈴だったらどう立ち回るのかな、それを陛下は方淵の時みたいに優しい笑顔で見守るのかな」
と仰ってたのでそのまま採用です☆

でも、後宮治めちゃったら夕鈴は本物ですね☆
そんなこんなで着実に本物への道を歩むと良いよ!
そんな感じのお話です。←??

一部を除けばみんな夕鈴は本物の妃だと思ってるわけで。
夕鈴が何か成し遂げる度に夕鈴はその地位を確固たるものにしちゃってる気がするんですが。
とりあえず、離宮と政務室と後宮は攻略済みですよねー
どうするんだ、李順さん。

ひゃんぎまま様、賑やかなリクエストをありがとうございましたvv
お、お待たせしてしまったのは大変申し訳なく……ッ
苦情とか諸々あれば遠慮無く言ってくださいませ〜ッッ(>_<)




・オマケ・
 後から女官長に教えてもらったのだが、あれはやはり故意だったらしい。
 わざと一緒にして対立させ、妃を困らせているということで陛下からお灸をすえてもらう予定だったとのこと。


「ですが、さすがはお妃様です。見事に治めてしまわれました。」
 今回の件で女官長には褒められ、

「私、お妃様に一生仕え致します!」
 叱った女官達には尊敬の眼差しを向けられて。


「ご、ごめんなさい〜ッ」
 出しゃばり過ぎたと反省した夕鈴は、李順に叱責される前に謝りたおしたという。


 


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