花よりも美しく 2




「申し訳ありませんでした…」
 そうして全てが綺麗に片づいた後、突然長に謝られて夕鈴は慌てた。
「そんな、貴女が謝られることでは…」
 彼女も襲われた身だ。何故謝られる必要があるのか。
 夕鈴が何とか顔を上げるようにお願いすると、彼女は首を振って再度深く頭を下げた。
「いえ、今回のこれは私共を妬む者達の仕業です。そのせいでお妃様を危険な目に遭わせ
 てしまいました。」
「え?」
 今回の刺客は夕鈴ではなく彼女を狙ったものだったらしい。
 確かに命を狙うにしては最初の攻撃が甘かった気がする。

「時折このような妨害を受けるのです。しっかり押さえつけたはずでしたが、まだ漏れが
 あったようです。」

 それが彼女の日常なのだと、その言葉から分かってしまった。

(―――ああ、だから…)
 そして、もう一つ気付いたこと。

 ひと目見た時から、夕鈴が彼女に惹かれた理由。


「…貴女はお強い人なのですね。」

 この人は陛下に似ている。
 この若さで、多くのものを背負っているのだ。
 そしてそれに押し潰されず、前を見据えて立ち続けている。

 そう、とてもとても 強い人。

「貴女を周りが慕うのも分かる気がします。」
 そう言って夕鈴はにこりと笑った。





「…本当に噂は当てにならない。」
 ふと、顔を上げた彼女から柔らかく笑い返される。
 どういうことだろうと首を傾げると、彼女は今回"妃"を指名した理由を教えてくれた。

「周りを見れば自ずとその本人の人柄も見えてくるものです。ですから、陛下ご本人にお
 会いする前に貴女にお会いしたかったのです。」

 片っ端から縁談を突っぱね続けた狼陛下が 唯一自ら選び出した妃。

 後宮の悪女、妖艶な美人、あの狼陛下を手玉にとってやりたい放題、、
 伝え聞く噂はあまり良い意味じゃなかったのだと。

「"妃"が噂の通りなら、狼陛下もその程度だと思っていました。ですが――― 貴女をお選
 びになった陛下なら間違いないでしょう。」
 噂とは全く違っていたと、彼女はそう言って、優しく微笑んでくれた。
「さすがは狼陛下ですわ。女性を見る目も確かのようです。」

 …ちょっと買い被り過ぎのような気もする。
 そこまで褒められると恥ずかしさを通り越して居たたまれない。

 ただのバイトだと分かったらどうなるんだろう… そんな不安がふと過ぎったり。
 まあ、その辺りは李順さんがきちんとしてくれると思うけれど。


「こちらからも是非、この国と交易を結びたいと思います。そうお伝え願いますか?」
 こちらの裏事情など知らない彼女は男らしくも膝を付いてそう告げる。
 それにぽかんとしていたら、女官長に頷くようにと促された。
「はい、是非。」
 急いでお妃演技を思い出して扇越しに微笑むと、目が合った彼女は目を細めて笑みを返さ
 れて。

 …美人は何をしても絵になるなぁと また見惚れてしまったのは秘密。




「―――しかし、さすがは白陽国の後宮です。」
 夕鈴に促されて座り直した長は上機嫌で夕鈴の後ろへと視線を投げる。
 そこに何があるか気付いた夕鈴の手が茶杯を持つ手前でぴたりと止まった。
「女官も優秀な者を揃えていますね。特にそちらの二人の動きは素晴らしかった。」
「ありがとうございます。」
 "女官"達の代わりに女官長が答える。…何故なら、声を出したらバレるから。

「―――…」
 今の今まで忘れていた―――というか、考えることを放棄していた。
 夕鈴も曖昧に微笑んで誤魔化したものの、後ろは振り向けないでいた。

 振り向きたいんだけど振り向けない。―――今振り向いたら絶対変な顔になる。


 今、夕鈴の後ろには迫力美人と可愛らしい女官が立っていた。
 …つい先程 素晴らしい働きをしてくれた例の二人が。

(これ絶対李順さんの技術云々じゃない…)

 浩大は元々可愛い系だから分からなくもないけれど、驚かされたのはもう1人…陛下の方
 だ。
 そういえば陛下のお母さんもすっごい美人だとかいう話だったなと思い出す。

 陛下が綺麗な顔だというのは十分知っていたけれど。どうやら綺麗な男性は"女装"も似合
 うらしい。


「ねえ、お妃様。どちらか私にいただけませんか?」
 面白半分に長がそんな話を持ちかける。
 それを冗談と受け流せれば良かったけれど、瞳が本気にも見えた夕鈴は大いに慌てた。

(いやいやダメでしょう。片方は王様だし、ってか二人とも男だし!)

「だ、ダメです!」
「冗談です。」
 庇うように立ち上がった夕鈴に彼女は笑いながらさらっと返す。
「私には私を慕う優秀な者達がいますから。」
 そう言って、彼女は時間がきたと立ち上がった。

 気がつけば、元々約束されていた時間になっていたようだ。
 すでに互いに目的は達しているから そこは問題ないのだが。


「…もっとお話ししたかったです。」
 気持ちを正直に告げれば、彼女は「また会えます」と微笑んだ。
 ああ、本当に綺麗な人だなぁと眺めていたら、彼女の手がスッと伸びてきて―――

「それでは、また。」
 ちゅっと頬に軽い音。

「…え?」
 何故だろう、楽しそうな彼女の顔が近い。
 ぼんやりとした思考のまま、そこにゆっくり手を伸ばして触れる。

「……え??」


「ふふ。本当に可愛らしいお妃様。また、お会いしましょうね。」


 強い瞳の妖艶な美女は、そんな言葉を残して颯爽と帰って行った。














「へ、陛下ッ 痛いですってば!」
 彼女に口付けされた部分を布でごしごし擦られて、あまりの執拗さに抗議の声を上げる。
 部屋はすでに人払い済み。そのせいもあって互いに遠慮はない。

「女性なんだから良いじゃないですか!」
「ダメだ。」
 陛下は自分の力がどれだけ強いか分かってない。
 ヒリヒリするし 絶対赤くなっている。

「もう!」
 耐えきれなくて腕を振り上げ、陛下の手を振り払った。
 ちょっと乱暴だったかもしれないけれど、いい加減頬が痛い。
「夕鈴。」
「それより陛下、着替えなくて良いんですか!?」
 なおも続けようとした陛下の手が、その言葉でぴたりと止まった。


 今、夕鈴の目の前にいるのはとっても綺麗な女官さんで狼陛下ではない。

 身なりは他の女官さん達と同じなのに、その存在感と美しさは際だっている。
 ちょっと女性にしては背が大きくて肩幅が広いけれど、どこからどう見ても綺麗な女の人
 だ。

 "花よりも美しい"って、陛下のためにある言葉みたい。


「って、陛下? どうしていきなり落ち込んでるんですか?」
 どんな表情をしていても美人は美人で、今のこの顔も憂いを帯びた儚げ美人がいるだけな
 のだけど。
「……できれば、襲撃とかなくて、君に知られないままでいたかった。」
 そうして彼は深い深い溜め息をついた。


 紛れ込んでいた理由はさっき浩大が一緒の時にも聞いていた。
 直前の情報だったから 人を準備する時間がなかったことと、二人なら女装もどうにかな
 るだろうという話になったことも。

 でも。浩大はわりとノリノリだったのに、陛下はどうしてこんなに落ち込んでいるのかし
 ら?
 しかも、これを見せないつもりだったなんて。


「えー そんなのダメです。すっごく似合ってるんですよ。こんなに綺麗な姿を見せないつ
 もりだったんですか?」
「……嬉しくないんだけど、それ。」
 夕鈴が言えば言うほど陛下は凹んでいく。

 うーん、難しい。


「私は羨ましいと思うんですけど。」
「夕鈴は可愛いよ。」

 不意に腰を浚われ引き寄せられる。
 ゆったりと頬を撫でるのは男の人の手だ。

「私は、君が一番だ。」
「え――――」


「……百合?」
「!!」
 突然横から割り込んだ声に驚いて、夕鈴は陛下を思わず突き飛ばしてしまった。

「な、ななななな」
「…浩大。」
 耳まで真っ赤になって口をぱくぱくさせている夕鈴と、不機嫌な顔で相手を睨みつける彼
 と。
 それを交互に見比べて、ニヤニヤ笑いながら浩大は窓からひらりと中に入る。

「だって、そのカッコでいちゃつかれてもカッコつかないッスよ。」
 じっと自分を見下ろした陛下は、ああとまた深い溜め息をつく。
 どうやら自分の姿を思い出したらしい。

「……着替えてくる。」
 肩を落とし、トボトボという音がぴったりな様子で二人に背を向けた。




「浩大はもう着替えちゃったのね。似合ってたのに残念。」
「さすがに動きにくいからね。お妃ちゃんが気に入ったならまたやってもいーよ。」
「ほんと!?」
 やったぁと夕鈴は嬉しそうにはしゃいだ声を上げる。
「その時は陛下もお願いしますね〜」



 ―――そんな無邪気なお願いを背中に聞きながら。




2013.5.23. UP



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お題:「陛下が、○○したら」、「○○」の内容は、「女装」は、いかがでしょうか?

長くなってしまってスミマセン… 時間がある時にページを2つに分けます〜(汗)
今は時間がないのでそのままぶっ込んでおきます(>_<)

ちなみにタイトルは陛下のことです(笑)
李順さんのメイク技術もさることながら、陛下は綺麗な顔をしてるので絶対似合うはずだ!
と、私も思いました☆

普通に混じってたオリキャラの"長"も美人さんです。
イメージ的には東欧系の美人さんというか。アラブ系でも良いですね。
彫りが深くてぱっちりお目々で。嫌味のない露出のグラマラス美人さんな感じです。
てか、夕鈴は美人に弱いと思います。ほら、紅珠とか瑠霞姫とかww

というか、どうしてこんな話になったかというとですね…
陛下が女装する理由を考えてですね。そしたらこんなことになってですね…
女装で戦って欲しいとかいう変な妄想が… そこで浩大も巻き込んでみました(笑)
あー誰か描いてくれないかなー 美人でガタイが良い女官さんww
絵心無い自分が憎いです。
だって周りに絵が上手い友達ばっかりだったから描く必要なかったんだもの…!

次に会った時、長に正体がバレるかどうかは…どうなんでしょうね?
まあ、気付いても黙っててくれるとは思いますけど。


雪様、遅くなって申し訳ありませんでした〜(汗)
そういえば、雪様は570000もキリ番ゲットされてましたね〜
というわけで、今回はそちらのキリリクとして上げました。
こんな感じで良かったでしょうか?
あ、隠しリクが入らなかったので、以下にネタを置いておきますー(>_<)





・オマケ・
入れ損ねたやきもき夕鈴の部分。

「……陛下」
「んー?」
「最近、王宮にすっごい美人が現れたそうです。」
「……」
 ピシリと空気が固まる音がする。
 しかし、それに夕鈴は気付かない。
「新しいお妃候補なんじゃないかって、噂になっているそうですよ。」
 嬉々として話しているように見えて、夕鈴からはどこか面白くないという態度が滲み出ていた。
 まさかと思いながらも、彼女の腕を軽く引いて引き寄せてみる。

「…私は君以外の妃は要らないが?」
「な、なんでここで狼陛下なんですか…!?」
 演技は要りませんとキィキィ叫んで暴れ出す。
「陛下ッ 何か誤魔化そうとしてませんか!?」
 なかなか鋭いなと思う。
 その"美人"の正体を知られたくないのだ。

「―――正直に言えばいいじゃん。」
「浩大!」
 言うなと睨むも、夕鈴の方が身を乗り出す。
「え、なに?」
 止めようとする彼を押しのけて、浩大に先を促す。

「それ、陛下だよ。」
「……え?」
 ゆっくりとした動作で夕鈴の首がこちらに向いた。

「陛下…? 新しいお妃候補が……?」
「だから違う。私の妃は君だけだ。」
「すっごい美人が、陛下……」
「お願い、忘れて夕鈴!」

陛下の口説き文句はものの見事に通じてない。というか聞こえてないwww
 


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