とある官吏の出世録 2




「夕鈴が話していた官吏はお前か?」
 背後から聞こえた声にビックリして立ち上がる。
 おそるおそるふり返れば、予想通りの人物がそこにいて、反射のようにその場に膝をつ
 いていた。
(どうして陛下がここに!?)
 頭の中はパニックで、自体が全く飲み込めない。
「質問に答えよ。」
 もう一度冷えた声が響く。
「は、はい! ここで話した者と仰るのなら、おそらく私のことだと…」


 あの日から何度かここでお会いした。
 もちろん会いたいがため、というわけではないのだが…

 あの方は棚の整理を、そして私は……


「ここに通いつめ、何を学びたい?」
「!」
 お妃様は私のことをありのまま話されたのだろうか。
 私がここで書物を端から読み漁り、1人で勉強していることを陛下はご存知のようだっ
 た。
 乾く喉を潤す為に、唾をごくりと飲み込む。
「…私は、官吏になって日が浅く、知らないことばかりです。それを知り恥じた為に、ま
 ずは識ることから始めようと思いました。」

 お妃様は私の邪魔をしないようにとされていたらしく、あまり話しかけることはなさら
 なかった。
 それでも窓を開けてくださったり、心配のお声をかけてもらったり。
 気を遣われていたのだと何回かの後に気づいた。
 それからは休憩がてらに少しは話すこともあったけれど。

「では、知り得た今は何がしたい?」
「…北の地域に興味を持ちました。あの地域は4年に1度の冷害で作物の十分な収穫が確
 保されていません。その年の税率を下げるかそれに代わるものの生産の必要性があるか
 と。」
「代わるもの、か。たとえば?」
「それは… いくつか候補は上げておりますが、どれが合うかも分かりませんし、まだ検
 討中で……」
 言いながらしまったと思う。きちんとした裏づけも無く思うままに話してしまった。
 絵空事だと叱責されるだろうか。

「面白い。」
「…え?」
 思わず顔を上げてしまった。
「北のことは私も気になっていた。今論じたことを実現してみせよ。お前には必要な官職
 を与える。」
「……は、はい!?」
 今のは返事ではない。信じられなくて声も裏返ってしまった。
「何が土地に合うかなどは実際やらねば分からんものだ。3年で形にしてみせよ。」

 3年…長いと取るか短いと取るかは人それぞれだが、やりがいはありそうだと思う。
 しかしまだ不安は残っていて…

 なかなか返事が無いことに陛下は眉根を寄せる。
「できぬと申すか?」
「いえ! 精一杯やらせていただきます!!」
 ただ、私のような下っ端官吏に突然任せて良いものだろうか。
「私は家柄や年齢など気にしない。実力さえあれば使うし、力が無ければ切り捨てる。そ
 して努力している者を軽視する気もない。」
 内心が表情に表れていたらしい。尋ねる前に答えられてしまった。
 陛下の言葉は背中を押してくれる。
「良い結果を期待している。」
「はっ」
 きっかけを与えてくれたのはお妃様だ。その動機もわりと不純。
 でも、それがこんな形であらわれるとは思わなかった。

 けれど、任されたのだから、言葉の通りに精一杯やってみよう。










「おめでとうございます。」
 翌日お妃様に会ったときに全てをお話した。
 するとお妃様は寂しくなると呟かれた後で笑顔でそう言ってくださった。

 これで少しは記憶に残ってくれるだろうか。
 方淵殿にはまだ及ばなくても、時折は思い出してくれるだろうか。

 この方の記憶に残りたくて、それには頑張って勉強して出世するしかないと思って。
 まさかこんなことになるとは思ってもみなかったけれど。

 ああそうだ。こうしてお姿を見れるのも最後なのだ。
 次に会えるとしても少なくても3年後。
 その時に今と同じように話せるかは分からない。

 …最後なら、


「あの、お妃様。一つ聞いていただきたいことがあるのですが―――」





 そうして私は未練なく王都を出た。
 次にこの地を踏む時は、もっと胸を張れると良いと思いながら。












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・オマケ・
「どーしたの? 夕鈴。ぼーっとして。」
 心ここにあらずといった感じだ。
 声をかけられて初めて彼がそこにいることに気づいたようだった。
「は、初めてのことに動揺しています…」
「? 何のこと?」
「好きだと告白されてしまいました…」
「…誰に?」
 途端に声が冷える。
 けれど自分のことでいっぱいの夕鈴はそれに気がつかない。
 下を向いていたから彼の表情も見えていなかった。
「今度北に行かれるあの人です。私全然気づかなくて… 恥ずかしい……」
「夕鈴、君は私の妃だろう?」
「もちろん相手の方も承知されてます。最後かもしれないから伝えたかっただけだと言わ
 れました。」
 当たり前だ。
 これで何かを求めていたら、栄転させるどころか斬り捨てている。
「あの人はお妃様の私に憧れていたんでしょうけど… 私今まで嫁き遅れだ何だと言われ
 てばっかりでこんなことなかったから…」
 幸いなのは夕鈴がおそろしく鈍いこと。
 あの官吏の言葉もただの偶像への憧れだと思っている。

 でも、この反応はいささか気に入らない。
 私がどんなに言っても、狼に怖がられはしてもこんなに動揺してはくれないのに。

「…私の言葉は届いていないのか?」
「だって陛下のは演技じゃないですか。」
 すっぱり言い切られてしまった言葉が、心に勢いよくつき刺さる。
 夕鈴はもちろん気づかない。

「…でも、次に戻られた時には期待に沿える報告ができればと仰ってましたけど、その頃
 私はもういないんですよね。」
「どうして?」
「だって3年後ですよ? いくらなんでもバイトは終わっています。陛下もきっと本当の
 お后様を迎えておられるでしょうし。」
「分からないよ。」
 ボソリと言えば、彼女からえ?と聞き返される。
「君が望むならずっとここにいても良いんだよ?」
「望みません!」
「えー」
「こんなバイト3年も続けてたら身が持ちませんから!」

 ほらやっぱり。
 夕鈴は僕の告白には気づいてくれないんだ。

 彼が羨ましいなーとちょっぴり思ったそんな夜。











2011.1.22. UP



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オリキャラ視点なのにこの長さは一体なんだろう…
夕鈴に憧れる下っ端官吏君。最後にいきなり大出世。
きっと陛下は方淵がちらっと話したのを夕鈴に聞いてみて。
あんまり褒めるからムッとして様子を見に行ったらなんか見込みがある奴だった。
って感じです。
まあそのまま近くに置いてるとライバルになりかねないので飛ばしたという説も無きにしも非ずですが…(笑)

ちなみにお妃様やってる夕鈴が書きたかっただけです。
端キャラから見た夕鈴という感じで。
さすがにオリキャラだけじゃあれなので、オマケは夕鈴と陛下オンリー。
うちは報われない陛下がデフォルトです。
陛下、ファイト!(笑)



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