決断の時
      ※ 70000Hitリクエスト。キリ番ゲッター詩音様に捧げます。
      ※ ちなみに50000企画「明けない夜、覚めない夢」(=内緒の恋人)設定です。




 ああ、いつか見た光景だな と、夕鈴は思った。

 池に張り出した四阿、卓の上に用意された茶器。
 そして、夕鈴の前に座るのは―――上司の李順さん。


「夕鈴殿。」
 のんびりとした仕草でお茶を一口飲んだ李順さんがこちらを見る。
 途端に背筋がピンと伸びるのはもはや反射だ。

「―――何の話で呼び出したのかはもうお分かりですね?」

 ドクリと心臓が大きく脈打つ。

「……はい。」
 何とか声を絞り出して頷けば、コトリと茶器を置く音が響いた。

「借金は次回で完済になります。」

 ああ、ついにこの時が来た。
 もっと先延ばしにしたかった。せめて、私の心の準備ができるまで。

「今後のことは―――…」

 心臓の音が煩い。
 静かな李順さんの声さえかき消しそうになる。

「―――お二人で話し合われて決めてください。」



 風が四阿の中を吹き抜け、池の水面を波立たせて過ぎていく。

 二人の間に落ちた沈黙はその一瞬。



「…厳しいですね、相変わらず。」
 苦笑いで李順さんを見返すと、当然だとばかりに睨まれた。

「いっそ反対してもらった方が気は楽なんですけど。」
「甘えないでください。」
 夕鈴の弱音に対して、彼はぴしゃりと言い放つ。
 厳しい鬼上司は、夕鈴に逃げ道さえ与えてくれない。

「陛下にとって貴女がどのような存在なのかは、私も身を以て知っています。」
 その時のことを思い出したのか、彼の表情が僅かに苦みを帯びたものになる。

 ―――あの日思い知ったのは彼だけではなく夕鈴もだ。

 激しく、重く、熱い想い。
 受け止めきれないほどの気持ちをぶつけられて……
 私の想いがどれだけ軽いものだったか、甘いものだったかを思い知らされた。

「私は覚悟を決めましたよ。」
「え……」
 苦い顔から一変、そう言った彼は妙にすっきりした顔をしていた。
「陛下は、考えるまでもありません。」

 あの人はもう決めている。

 だから……

「あとは貴女の心次第です。」



 ああ、できることならば、もう少し時間がほしかった。


 でも、もう逃げられない。





















「昼間、李順と四阿にいたそうだが―――」
 膝の上に乗せられて、彼に請われるがままお菓子を彼の口に運ぶ。
 指ごと食べられそうになるのを引いて逃げるけれど、その前に手首を掴まれて逃げ道を断
 たれた。
「……ッ」
 指先を舐められ爪を軽く噛まれる。
 ビクリと夕鈴が震えれば、彼は楽しげに笑みを深めた。

「一体何を話していたんだ?」
 腰に回された腕に僅かに力がこもり、そこから逃がさないという意図をくみ取る。
 李順さんも浩大も、話の内容を陛下に伝えてはいなかったらしい。


『お二人で話し合われて決めてください。』
 四阿での李順さんの言葉が蘇る。

 元より、隠すつもりはない。


「……借金が終わる話です。」
 陛下の目が軽く見開かれ、次いでスッと細められた。
「李順は何と?」
「二人で話し合いなさいと言われました。」
「成程」
 それだけで李順さんの意図を察したらしい陛下はニヤリと笑う。
 獣のように光った瞳はあっという間に近づいて、私が見惚れている間にその身を暴き始め
 た。

「ぁ…っ」
 湿った音が耳を辿り首筋に落ちる。
 身を震わせて声を漏らすと、くすりと笑った彼の吐息が肌を擽った。

「夕鈴はどうしたいんだ?」
 低い音が肌に響く。
「私、は…」


『あとは貴女の心次第です。』
 最後に李順さんに言われた言葉がずっと耳に残っている。

 陛下はもう決めている。李順さんも決めた。

 残るは、私だけ。


「……夕鈴」
 なかなか答えない夕鈴に焦れたのか、声に冷気が混じる。
「まさか、君はまだ私から逃げられると思っているのか?」
「いえ」
 即答で返せば、剣呑な空気が一瞬で和らいだ。
「良かった。」
 心から安堵するような小犬混じりの声は、しかしすぐに狼に変わる。
「次はどこに閉じ込めてやろうかと思った。」
「っ」

 あの日のことを思い出して身を強張らせる。

 でもあれは、悪いのは夕鈴だ。
 夕鈴の甘さと逃げが陛下を暴走させた。

 …ちゃんと、伝えないと。
 私に貴方のそばを離れる気はないのだと。


「私は、貴方のそばにいたいんです。」
 彼の頭を抱き込んで押しつける。
「一日でも長く、一分でも一秒でも……許される限り。」

 私が貴方のそばを離れるのは、貴方が私を捨てた時だ。
 それはずっと決めていること。
 貴方が望む限り、私は貴方のそばにいる。

「永遠は誓ってくれないのか?」
「貴方は私を縛れるけれど、私は貴方を縛れませんから。」

 だって、そうでしょう?
 貴方はこの国の王様なのだから。

「…心外だな。」
 抱き込んでいた腕を外され、気がつけば彼の秀麗な顔が目の前に来ていた。
 焼けるような熱を帯びた紅い瞳に射貫かれると息さえ止まる。

「私をとらえて離さないのは君だ。」
「そ、そんなこと…ッん」
 あるはずがないという否定の言葉は言うことさえも許されない。
 荒々しく唇で塞がれて、続く言葉は二人の間で溶けて消えた。


「私がどれだけ君に溺れているか、君はまだ自覚しないのか?」

 甘い声、熱い瞳、優しく頬に触れる手のひら。

「たとえ君の心が私から離れてしまおうとも、私は君を手放すつもりはない。」

 強く私を求める言葉。

「私を愚王にしたくないのなら、私のそばから離れようなどと思わないことだ。」

 どうして、その一言さえも声が震えて言葉にならない。



 ―――どうして私だったのかしら。

 貴方の唯一が"私"だなんて、今もまだ信じられない。



『そのセキニンをお妃ちゃんは果たさないと。』
 不意に思い出す浩大の言葉。

 私はあるものを陛下に与えてしまった。
 知ってしまったらもう失えない、そんな感情を。


 だから、陛下が欲しいものはたった一つ。
 他に何も要らないらしい。



「……本当に欲のない人ですね。」

 それが、"私"
 そう、浩大が教えてくれた。

「たった一つに私を選ぶなんて、何て勿体ない。」
「そうかな? 僕は君を見つけられてこれ以上にないくらい幸せだよ。」

 ああ、どうして気付いてしまうんだろう。
 この人のこの言葉が、本心からのものだなんて。

 とくんと脈打つと同時に心に熱が灯る。


「陛下、」
 軽い音を立てて唇を重ねて、目を丸くする彼の頬を両手で包み込んだ。

「覚悟、決めました。」
 紅い瞳を真っ直ぐ見つめて晴れやかに笑う。

 あとは、私の心次第。
 李順さんはそう言った。

 だったら、私も決めたわ。たった今。

「この身が続く限り、貴方のそばにいることを誓います。」
「ゆう……」
「貴方が私を手放したいと言っても離れませんから、覚悟してくださいね。」

「――――――っ」

 慣れ親しんだ陛下の香りが全身を満たす。
 苦しいくらいに抱きしめられて、私は決意を新たにした。


 私が与えてしまったもの。
 私にしか与えられないもの。

 私だけが陛下を幸せにできるのなら、それが私の誇り。


 私は貴方のそばにいます。
 何があっても私だけは、貴方の味方でいますから―――




2013.11.4. UP



---------------------------------------------------------------------


お題:内緒の恋人の黎夕 夕鈴の借金が終わったら…

陛下がえろいのは何故ですか。久々の恋人陛下だからですか?
普通に会話してください。
R指定を入れるべきかしばらく悩みました。結局入れませんでしたが。

えーとですね、この借金完済の話は、実は最終回後のネタだったんです。
恋人設定の二人の間にあるのは借金じゃなくて、互いの心だったので。
借金のことはまだ先のことだと考えてたわけです。
だから今回は李順さんも二人の仲は知ってます。
※最終回:互いのすれ違いから陛下が暴走して夕鈴と部屋に閉じこもる話(死)

詩音様、遅くなって申し訳ありません(>_<)
キリリク、ホントにありがとうございましたーー!!
そしてたぶん予想とは違う話になっているのではないかと思われます。
こんなで良かったらもらってやってください。
あと、わりと勢いで書いたので分かりづらいかもしれません〜(汗)
苦情・感想その他諸々年中無休で受け付けておりますm(_ _)m
 


BACK