花守 3




「ここで良いわ。」
 彼女が侍女に合図をすると、彼女達は少しだけ躊躇ってから、頭を下げて下がっていった。
 そちらを振り返ることもなく、夕鈴は庭へと降りる。
「今夜は―――…」
 夜風が彼女の長い髪を浚い、それを追うように顔を上げるが、今夜は雲に覆われて月は見
 えなかった。

(今夜かしら…?)
 闇に紛れて何かを行うには最適の、何ともお誂え向きの夜だ。
 夕鈴が刺客なら今夜を逃したくはない。

 お決まりのコースを一人でゆっくりと歩く。
 彼女の周りには護衛の姿もなく、気ままな夜の散歩といった具合だ。


 静かな夜だ。
 ぽつぽつと灯された蝋燭の明かりが風で揺らめく。

(音が、消えた……?)
 虫の音さえ聞こえなくなったことに気がついて足を止めた。
 どうやら読みは当たったらしい。

「―――この私に楯突こうとする馬鹿はアンタ達?」
 前を睨んでそう言えば、闇の中から黒づくめの男達が現れる。
 その数はざっと見ても…
「…小娘一人の数にしては大げさ過ぎじゃないかしら?」
 予想より多い。内心焦るがそれを表に出すわけにはいかない。

 はっきり言って夕鈴に武の才能は皆無だ。
 浩大がいくら優秀でもこの数は不利かもしれない。

(マズいわよね…)

 もちろんそう簡単にやられる気はない。
 けれどこの状況で無傷で済むとも思えなかった。

(今ここに――― いえ、切り捨てたのは私だわ……)
 何を都合の良いことをと、自分の思考に呆れる。
 これ以上傷つけないために遠ざけた。そんな彼に今更何を願うの。


「女王陛下」
 目の前の男の声で、思考を現実へ引き戻される。
「我が国の繁栄のため、貴女様には犠牲になっていただく。」
「…自分達の都合のためでしょう?」
 あの狸ジジイどもの。
 夕鈴の言葉に男が笑う気配がした。

「陛下、貴女は聡明すぎた。それが貴女の不幸です。」
 男達が持つ獲物がきらりと輝く。
 これ以上の時間稼ぎは無理のようだ。

「ご覚悟を!」
「――――――っ!」

 そのとき、夕鈴の前に大きな影が舞い降りた。


 ガキンッ!!


 向けられた刃は彼女まで届かず、弾かれて飛ばされる。
 瞬く間さえなかった。

「え……?」
 視界を占めるのはよく知った広い背中。
「陛下! 大丈夫ですか?」
 振り向いたその顔も、自分を守るように回された腕も、知りすぎていて。

「れい、しょう…?」
 夢かと思った。
 だって、私が切り捨てた。彼がここにいる理由はない。はず…
「きゃ!?」
 呆然としている間に身体が浮き上がる。
 思わず首にしがみつくと、彼の腕に力がこもった気がした。


「陛下、しばしお待ちください。」
 四阿の長椅子にそっと下ろされ、彼が離れる。
 絡んだ視線はほんの瞬きの間。
「あ…」
 伸ばした手は間に合わない。
 さっと身を翻した彼は剣戟が飛び交う中に飛び込んでいった。




 数など問題にもならなかった。
 敵はあっという間に全員が地に伏せられる。

 こちらは黎翔と浩大と、方淵に克右。
 水月は夕鈴がいる四阿の前に佇んでいた。



「これは、どういうこと…?」
「陛下のお命を狙う輩がいるとの情報がありまして。」
 夕鈴の独り言に水月が柔らかい笑みで答える。
 立ち上がろうとすると制されてしまったので、彼はそちらの役目もあるらしい。
「な、にを… 勝手、に…」
「私達は皆、貴女が大切なのです。」
「…誰が、このことを」
「もちろん自分達で掴みました。その上で、李順殿から協力の要請もありましたが。」

 そう言う水月の後ろでは、すでに全てが終わってた。










「広家には人を向けております。証拠が揃うのも間もなくでしょう。」
「…分かったわ。とりあえずこの賊達は牢に。」
「では私が付きます。」
「お願い、方淵。水月は宰相に事情を話に行って。」
「御意」
 流れるように指示が飛ぶ。
 浩大と克右が縛った輩を引っ立て、方淵の指示に従って連れて行った。





 ―――そうして、再び静かな夜が訪れる。
 残されたのは、夕鈴と黎翔。

「……黎翔」
 彼女の前に膝を付き、先程から黙ったままの彼を呼ぶ。
「どうして、」
 震える声に黎翔が顔を上げると、唇を噛みしめて瞳を潤ませる少女がいた。
「どうして戻ってきたのよっ」
 瞬きと共に雫が散る。
 本人は気づいているのかいないのか、泣きながら馬鹿だと黎翔を怒鳴りつけた。
「何のために私は……!」
「申し訳ありません。」
 口では謝りながら、黎翔は顔を上げて真っ直ぐに夕鈴を見る。
「しかし、たとえ命に背こうとも、貴女を守るのは私でありたい。」
「黎翔……?」
 ぱちぱちと大きな瞳が瞬きを繰り返す。
 涙は止まったようだが、戸惑った様子は黎翔の言葉の意味を図りかねているようだった。
「…夕鈴……」
 いつもより幼く見えるその顔に手を伸ばす。
 視線を同じ高さに合わせて近づけて、それでも彼女は動かない。
「君を愛しているんだ。だから、誰よりも傍で君を守る権利が欲しい。」
「―――…え?」
「あの日の口づけの意味、分かってなかった?」
 そんなに見開いたら落ちてしまうのではないかと思うほど。
 ぽかんとしている彼女は、もしかしたら本気で気づいていなかったのかもしれない。
「僕は君が好きだよ。君が僕のことを嫌いでも、諦めることなんかできないくらい。」
「へ、え…? ええッ!?」
 今更わたわたと慌てだす彼女が可笑しくて吹き出す。
 どうやら黎翔の気持ちは今頃ようやく伝わったらしい。

「わ、私は…」
「うん」
 真っ赤な顔は可愛くて、少しは期待しても良いのかと思う。

「黎翔がけがをするのは嫌なのよ。」
「うん、心配かけてごめん。」
 あのけがが、黎翔を突き放すまで夕鈴を追いつめた。

「私の近くにいると黎翔はけがばかりだわ。」
 自分の未熟さが招いたことに、彼女が心を痛めている。
 でも、それで彼女が自分から離れるなら。自分にできることは他にない。
「じゃあ、もっと強くなるよ。」

「ちがう。強くなるのは私。」
「ええっ?」
 ふるふると首を振る彼女に黎翔の方が驚いてしまう。
 どうしたものかと思っていたら、彼女は強い瞳でこちらを見つめる。
「黎翔がけがをしなくて良いように、守れるくらい強くなるから。」
 可愛い少女から何とも男らしい告白をもらってしまった。
「だから、そばに…んっ」
 これ以上台詞を取られてしまうのも癪なので、さっさと塞いでしまう。
 この先くらいは自分で言いたい。
「―――貴女のそばにいさせてください。」
 耳まで真っ赤な可愛い彼女が、小さく小さく頷いた。





「陛下、決心はつきましたか?」
 まるで待っていたかのようなタイミングで声をかけられる。
 二人で声の方を向くと、書簡を手に李順が立っていた。

「り、李順… あの……」
 とっさに黎翔から距離をとり、夕鈴はどう言おうか考える。
 李順が許してくれるかが一番の難関だと思う。
「…黎翔殿、」
 ふぅ とため息付きで眼鏡を押し上げ、李順は夕鈴ではなく黎翔の方を見た。
「貴方、もう少し身分を上げなさい。」
 え、と 目を丸くする夕鈴の隣で、黎翔も少し驚いた顔をしている。
「本気で陛下を手に入れたいのなら、貴方にも相応の努力をしてもらいます。」
 反対はしない。けれど、そう簡単に許しもしないと。
 それが二人のためでもあるというのも、二人はきちんと理解した。
「―――望むところだ。」
 一度離れた彼女の腰を引き寄せ、不敵な笑みで宣言する黎翔の腕の中で。
「っ!!?」
 夕鈴はただただ真っ赤になっているしかなかった。



 「少しだけ待っていて」、その約束が果たされるのはその翌年の春の日のこと―――




2014.10.5. UP



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お題:逆転パラレル設定で、黎翔が本物になる話

本物になる前に終わってますけどね!
いやでもこのあとは特に問題なくさらっと行っちゃいそうなので。
なんてったって黎翔さんはハイスペックですから。

misa様、大変お待たせいたしました…ッ(>_<)
もう覚えてらっしゃらないかもしれませんが…
もう書けば書くほど長くなってどうしようか自分な感じでした。
いやぁ、でもここが書けたのでもう満足です。
最後まで書いてませんが、確実にラブラブイチャイチャなので安心してください(笑)
では、意見感想罵倒等、年中無休でお受けしております!!



で、以下は続きというかおまけというか。
蒼玉国の王子様補完です。結局黎夕のイチャイチャで終わりますw


・おまけ・

「このお人好し。」
 蒼玉国からやってきた彼に、夕鈴は容赦ない言葉を叩きつける。
 相手はそれにただ苦笑いで返してきた。
「君のためなら何でもするよ。」
 次いで告げられた甘い声に、聞きようによっては誤解を招きそうな甘い言葉。
 場の空気がピシリと凍り、温度がグンと下がる。
 その殺気にも似た気配―――むしろ殺気にしか感じられないが―――は女王の背後から放たれている。
 ところが動じてないのか気づいていないのか。彼…蒼玉国の第三王子は肩を軽く竦めただけだった。
「それで、少しは役には立てたかな?」
「ええ、とっても。おかげで大掃除ができたわ。」

 蒼玉国からの使者は確かに来た。
 その中に第三王子も間違いなく混じっていた。
 流れた噂に嘘はない。

 ただ、縁談のためではなかっただけだ。
 彼は外交官としての役目を果たしにきただけだった。

 勘違いした狸達が早とちりの行動を起こして自爆した。
 それが今回の事件の全てだ。

「お礼は何が良いかしら?」
「分かってるくせに君は聞くの?」
 彼が笑い、夕鈴も笑う。
 見つめ合う二人に再び場の気温が下がる。
 周りははらはらするが、当の二人は気にしていない。
「…まあ、機会は作ってあげるわ。あとはあの子の気持ち次第よ。」
「分かってる。そっちは自分で頑張るよ。」
 それに頷いて、夕鈴は後ろの李順を呼んだ。
「氾家に遣いを。私が会いたいとあの子に伝えて。」
 了承の意を告げて李順が下がると、夕鈴は彼の方を見てどう?とばかりに笑みを深める。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」






「…黎翔、殺気は隠しなさい。」
 彼と話している間、ずっと今にも切りかかりそうな雰囲気が後ろから漂っていた。
 最後は何故か和らいだけれど、何をそんなに怒っていたのか謎だ。
「随分と仲が良さそうに見えたので。」
「は?」

 その男をどうにかしなさいと李順に放り出された四阿で、とりあえず機嫌を取ろうと黎翔の膝に乗せられて。
 拗ねたように告げられたのは意味が分からないものだった。

「あの王子殿下とどのような仲だったのかと。」
「へ? んー…気の合う友達というか、きゃっ!?」
 回された腕の力が強くなって腕の仲に抱き込まれてしまう。
「な、なにっ?」
「だから、私には秘密であの方には話されたのですか。」
「え?」
 話が見えない。一体何に拗ねてるの この人は。
「私はあの方ほど信用されてなかったということでしょうか。」
「は!? どうしてそうなるの!?」
 どうにかこうにか起き上がって彼の方を向き直ると、
「…どうしてそんなにしょげてるのよ。」
 捨てられた小犬がいた。
 幻の耳がペタンと下がり、何だか頭を撫でてあげたくなる。
「もう。言いたいことははっきり言いなさい。」
 困った顔でそう言えば、再び彼の腕に囚われた。

「……ただのヤキモチだから。夕鈴は気にしなくて良いよ。」
「………馬鹿ね」
「うん… 夕鈴に関してだけは心狭いんだ…」
「……」
 はっきり言えと言ったのは自分だけど、ここまではっきり言われると恥ずかしい。
 おそらく誤解は既に解けているのだろうけれど、一応こちらからも言っておくべきだろうか。


「彼はね、紅珠が好きなの。一目惚れなんですって。」
「…最後に知った。」
「だったらもう気にしなくて良いじゃない。」
 そう言うけれど、何故か腕の力は緩まない。

「……心が狭いんだよ。」
「っ!!」
 耳元で囁かれた声にボンッと湯気が上がった。
「ば、バカ黎翔!!」

 友達でもダメだなんてどれだけ心狭いのよ!!?
 


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