受難 2




「これはどういうことだろうな?」
 その視線に晒された時、あ、死んだ…と思った。

 宿に着いて、彼女と別れて。―――直後に廊下の端で主に捕まった。
 顔は笑っているのに目が全く笑っていない。まるで喉元に小刀を突きつけられている気分
 だ。

「ど、どういうことでしょうね…?」
 上背はこちらがあるはずなのに見下ろされている気がするのは何故だろう。
「とぼけるな。何故お前が夕鈴と恋人だと言われている? 本来なら私がその立場にいたは
 ずだ。」
 ええ、そうでしょうね。旅の最初からそのつもりでしたよね。
 それを邪魔した形ですから、貴方様の怒りも最もでしょう。
 結構町の人達から見られていたし声もかけられていたし、それが陛下の耳に入ってもおか
 しくはない。
「……否定、しなかったからですかね…」
「ほぉ?」
 正直に話せば殺気が増す。
 ああ、これは本気だ。このままだと本気で殺されるかもしれない。
「む、娘さんがッ 否定しなかったから、タイミングを逃したといいますか…!」
 ものすごく言い訳がましいが事実だから仕方ない。
「タイミングなど考えずに否定しろ。」
 ご尤もです…


「あっ 克右さん!」
「む、娘さん…」
「夕鈴」
 見つけたと駆けてくる彼女は、陛下のことなど気づいていないかのようにその存在を華麗
 にスルーすると克右の腕を引く。
「この宿にも猫がいっぱいいるそうです! 見に行きましょう!」
「え、いや、」
(この状況で陛下無視するとか本気で止めて!)
 克右の前で陛下はショックのせいか固まっている。
 おかげで殺気は消えたが、この後が本気で怖い。
「だって克右さんがいると猫が来るんです!」
 そんなものはおかまいなしと、彼女は克右を引っ張ってその場を抜け出した。












 確かに宿の裏庭には猫がたくさんいた。
 抱きあげると温かくて、甘えてくるところも癒されはするのだが。
「…そろそろ許して差し上げないか。」
 思い出すのはさっきの陛下の様子。
 このままだと俺の命が儚く散ってしまう。
「許すも何も、私は怒ってるわけじゃないですよ。」
 白猫の喉をゴロゴロ言わせながら答える声は素っ気ない。
 人は怒ってないと言うときほど怒っているものだ。
「でもなぁ、さすがにあの方が… 不憫というかな……」
「李翔さんは、掃除婦なんか構わずにもっと相応しい人といるべきですッ」
 …それは、後宮の美女のことを言っているのだろうか。
 確かに、国王と掃除婦では身分差も甚だしい。
 だが、好きな人が別の女と結ばれるという事実を、この普通の娘さんが平気で受け止める
 ことなどできるだろうか。
「だが、本当にそうなったら娘さん嫌だろう?」
「か、覚悟はできてます!」
「覚悟って…」
 そんなに泣きそうな顔で言われても、と思う。
 想像でこれでは… 絶対に無理だと思うのだが。
「あの人はそれが普通で…ッ だから私は…ッ!」

「夕鈴」
 腕の中の猫が暴れたので離してやると、あっという間に逃げていった。
 気がつけば周りの猫も統べていなくなっている。
 そして代わりに現れたのは、怒りに満ちた瞳の狼だ。
「君は何を憂いて泣いている? ―――そこの男のせいか?」
 じろりと睨まれたので、克右は違うと思いきり首を振り、
「違います! こ、これは」
 彼女の方も涙を拭いながら否定した。
「では、何故?」
 陛下の大きな手のひらが彼女の頬を覆う。
 涙の跡を親指の腹でなぞり、狼はじっと彼女を見つめる。
「君を泣かせたのは誰だ?」
 居たたまれずに俯いた彼女の顔を陛下が覗き込もうとして、
「…へーかの馬鹿!」
「えっ?」
 突然の罵倒に陛下の目が点になった。
 再び顔を上げた彼女の顔は真っ赤で、目はつり上がっていて、唇はわなわなと震えている。
 克右が「あ、」と止めに入ろうとするも遅かった。
「女ったらしッ!!」
 陛下の手を力いっぱい振り払い、彼女は彼の囲いから抜け出す。
 その素早さは野生の兎のよう。
「ちょ、ちょっと待て ゆーりん!!」
「待ちません!」
 怒りをぶつけながら逃げる兎とそれを慌てて追いかける狼。
 宿中に響くのではないかという声で痴話喧嘩を繰り広げながら、二人は克右を置いて宿の
 中へと入って行ってしまった。


「勝手にやってくれ…」
 それを呆然と見送った後、どっと疲れが押し寄せてきた克右はその場に座り込む。
 追いかける必要もなければもうそんな気力もなかった。
「そして、俺を巻き込まんでくれ…」
 今日一日で寿命が数年縮んだ気がする。

「にゃあ」
 戻ってきた猫が足にすり寄ってきて、甘えた声で見上げてきた。
 その可愛らしさに癒されつつ、柔らかな毛並みを撫でるとゴロゴロと喉を鳴らす。
「…慰めてくれてありがとうな。」


 俺の味方はこいつらしかいない。
 そう心に誓った一日だった。




2015.2.15. UP



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お題:陛下と夕鈴に翻弄される克右さんの話

そんなわけで、克右さんの苦労話です(笑)
常識的な人ほど気苦労してるのが狼陛下のような気がする…(青慎とか)

10巻を読む限り、わりと日程的にキッツいなぁと思ったんですが。(さすが李順さん)
空白の日があったかもしれないということで。
んー たぶん雨宣よりは前かなー?

佐智様、大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでしたー!!(土下座)
もう覚えてらっしゃらないかなって思うくらい前ですよね。すみませんすみません!
しかし、お婿さんになってもらいたい人上位常連組な克右さん主役なお話。
大変楽しく書かせていただきました♪(克右さんの寿命縮まってますがw)
苦情等、年中無休期限なしで受け付けております!(>_<)
誠に申し訳ありませんでした!!



・おまけ・
浩大との絡みもということでしたので。そして本編に入りそこねたので。
その後の彼らです。

「おっつかれー」
 軽快な声とともに酒瓶を投げてくるのを受け取る。
 ニヤニヤ笑うその顔が憎らしい。
「さっさと逃げたくせに言うよな。」
「だって死にたくねーもん。」
 悪びれなくそう言って、奴は自分の分の酒を開ける。
 それに倣って克右も蓋を開けた。
 器に注ぐなんて面倒なことはしない。そのまま口をつける。

「―――兄弟にしか見えない、だったか。」
 美味というわけではないが不味くもない。
 そんな酒を一口含んだ後、ふと呟けば相手はぴくりと反応する。
「チビだもんな。」
「無駄にデカイだけの奴に言われたくないね。」
「「……」」
 続いて沈黙が落ちる。
 浩大は窓枠に、克右は近くの卓に酒瓶を置いた。

「…やんのかよ?」
「ああ、ちょうどストレス発散したかったところだ。」
 互いに不敵に笑って対峙する。
 相手は懐に手を忍ばせ、こちらは腰の剣に手をかけ、

「―――宿で問題起こさないでください。」
 一触即発の空気の中、李順が間に割り込んできた。
 もちろん、二人の喧嘩の仲裁に来た…わけはない。
「床に血が付いたら後が面倒でしょう。」
 と、予想通りの鬼畜発言だ。
「そもそも殺し合いは任務の後だと言ったはずですよ?」
「…止める気はないわけだな。」
「李順さん ヒデー」
 二人の間の剣呑な空気は払拭され、互いに己の獲物から手を離す。

「全く… これ以上私の気苦労を増やさないでくださいよ。
 あの二人は人目も気にせずバカバカしい口論を始めるし…」
 李順が言っているのはたぶんあの主と娘さんのことだろう。
 ため息ばかり付いていると幸せが逃げるぞ。…そろそろ胃に穴が開くんじゃないか?

「そっかー じゃあ仲直りが必要だネ。」
 ププッと隠密が笑って言った。これは新しい遊びを思いついた時の顔だ。
「…ふむ。だったら二人っきりにしてやるべきか。」
 それに乗っかって言えば、それは名案だと返ってくる。
「いつがいいかなー?」
「次の町でどうだ?」
「…あなた方は仲が良いんですか悪いんですか。」
 呆れ返った顔で李順が言って、
「「悪いに決まってる。」」
 同じタイミングで二人は答えた。


あれ。李順さんが苦労してる話になったw
この三人も仲良いですよねー
 


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