夜が明けても 2




 そして、一つの季節が過ぎ―――…
 遠い北の地で恋に落ちた青年と娘の物語が、王都の貴族の姫君達の間でたいそう話題に
 なっていた頃。

 その物語の青年のモデルと噂されている王は、壬州の視察に訪れていた。





「おや? うちの娘はどうしました?」
 とっくに通常業務に復帰していた壬州長官こと荷文応が、王の傍らに"娘"の姿が見えない
 と首を傾げる。

 王が昨日到着してから、二人はずっと一緒にいたはず。
 それに、あの真面目な娘が朝から姿を見せないというのも珍しい。

「久々の再会だからな、昨夜はつい話し込んでしまった。起きるまで寝かせてやれ。」
 しれっとそんなことを言う―――おそらくその原因である―――彼に、全てを察した文応
 はため息しか出ない。
 後ろで苦々しい顔をしている李順とは対照的に上機嫌の王を見れば、怒る気力も失せてし
 まった。
「…あまり無理はさせないでくださいませ。」
「私とて無理はさせたくないが… 共に過ごす時間はあまりに少ない。その分 密度が濃く
 なるのは仕方なかろう。」

 分かっていたが、こちらの意見を聞き入れてくれる気はないらしい。
 …わが娘の身が心配でならない。

「……。昼間は娘がゆっくり休めるようにしておきましょう。」
「そうしてくれ。」
 笑みすら見せる王は全く反省する気がないらしい。
 今夜辺り娘に怒られないと良いが… 優しい彼はもう一度小さなため息をついた。

















「もう! 恥ずかしかったじゃないですか!!」
 夜2人きりになってすぐ、黎翔は夕鈴に怒られた。
 といっても、顔は真っ赤だし声は小さく震えていて、黎翔から見ればただただ可愛いだけ。
「みんなから心配されちゃったじゃないですか! お義父様からは「昼間くらいゆっくり休
 みなさい」とか言われるし…っ!」
 居たたまれないと嘆く彼女はただ恥ずかしいだけなのだ。
 2人が会えばこうなることくらい周りは承知しているから気にすることはないと思うのだ
 が、夕鈴はそうではないらしい。

「みんな分かってるからだいじょーぶだよ。」
 そう言いながら柔らかくて良い香りがする彼女をぎゅっと抱きしめる。
 あまり長くは滞在できないし、王都に戻ればまたしばらく会えない。
 だから今のうちに夕鈴不足を補わなければとべたべたしていたのだが、口付けをしようと
 顔を近づけた時にぷつっと何かが切れる音がした。

「いい加減にしてください!!」

 大きく腕を振り上げた夕鈴にビックリして思わず身を引く。
 もう一度手を伸ばそうとしたけれど、それは睨まれたせいでできなかった。
 行き場がなくなってしまった手をしばらくさ迷わせた後にそっと下ろす。

「陛下!」
「は、はい!?」
 睨むお嫁さんも可愛いけれど、何を言われるのか分からないところは怖い。
 ピンっと背筋を伸ばしてしまったのは反射だ。

「今夜は別に寝ます!」
「ええっ!?」
 夕鈴からの宣告にサッと血の気が引いたのが自分でも分かった。
「ちょっと待って! そんなの嫌だよ!!」
 冗談じゃない。
 せっかく触れ合える距離にいるのに別々に寝るだなんて有り得ない。
「だったら昨日みたいなのは止めてくださいッ」
「ええー… だって久しぶりなのに… 王都に戻ったらまたずっと会えないのに……」
 夕鈴が弱いという"小犬"で訴えてみる。
 いつもなら、真っ赤な顔で唸ってから渋々了承してくれる―――…のだが。
「じゃあ別々です。」
 けれど彼女も折れなかった。
 よほど恥ずかしかったんだろうか。今日の夕鈴はかなり手強い。
「うっ うーん…」
「そこで悩まないでください!」

 1人で寝るのは絶対嫌だ。
 けれど、目の前に夕鈴がいて、手を出さない自信もない。

「悩むに決まってるよ。」
 こんな究極の選択を突きつけるなんて酷い。
 今度は黎翔が恨めし気に見遣るが、夕鈴の態度は変わらない。

「このまま君を連れて帰りたい…」
 はぁっと深いため息をつきながら、彼女の肩に頭をもたげる。
 あんなにも無理をさせてしまったのは、夕鈴に長い間会えなかったからだ。
 本当なら片時でさえ手離せないほど彼女に溺れている自覚はある。
「ダメですよ。」
 それなのに、こっちはこんなにも彼女を求めているのに、当の夕鈴の返事はつれない。
「ゆーりんが冷たい…」
 僕の想いは重過ぎるから、同じように返して欲しいとは思わないけれど。
 それでもほんのちょびっとくらいは、欠片くらいは欲しいかも…とこっそり思う。
 少しばかり落ち込んでいたら、いつかみたいにぽんぽんと背中を叩かれた。
「私は陛下が好きですよ。」
「っ」
 一瞬、心の中を見透かされたのかと思った。
「私は必ず貴方のところへ帰ります。だから、そんなに不安がらないでください。」
 弾かれたように顔を上げると、そこには春のように優しく微笑む夕鈴がいた。
「陛下が迎えに来てくださるのをお待ちしています。」

 

「夕鈴…」
「はい」
 呼べばすぐに応えてくれる。

「君を、愛している。」
「私もです。」
 この想いを受け入れてくれる。

 笑えば笑い返してくれる。
 抱きしめれば、背中にそっと手をまわしてくれる。

 彼女は僕との未来を選んでくれた。
 傍にいると約束してくれた。


 それは、本来手に入るはずがなかった、夢のような奇跡。




「―――ありがとう。」
 奇跡は幻ではなく確かに目の前に存在していて、実感するとともに心が凪いでいく。
 残るのは君への愛しい気持ちだけ。

「ねぇ… 夕鈴。今夜は手を繋いで寝ようか。」
 提案するとクスクスと彼女が笑う。
「良いですよ。」
 今度はあっさりと了承してくれた。

 指先に触れてきた彼女の手を絡めて、ちょっとだけ力を込める。
 頬を染める可愛いお嫁さんに笑ってから、そっとその身を抱き上げた。



 その日の夜は自分でも驚くくらいぐっすり眠って、朝は夕鈴の侍女が起こしに来るまで
 ゆっくり2人で過ごした。


 視察には夕鈴も一緒に赴いて2人で意見を交わし合い、それを見た者からはさすが狼陛下
 とその妃だと称賛された。
 彼女はもうすでに正妃としての務めを立派に果たしていて、自分も負けていられないなと
 こっそり思ったことは男のプライドのためにも彼女には内緒だ。


 別れの時、「もうすぐですよ」と言った夕鈴の言葉を信じたから、もう寂しくなかった。
























 そしてさらに時が経ち――― ついにその日が訪れる。


「お帰りなさいませ。」
 周宰相を筆頭に、大勢の臣下が礼を取り王を出迎える。


 狼陛下の隣には、彼の最愛の妃。

 時折見つめあい笑みを交わすその姿は以前と変わらず仲睦まじく。 
 誰にも文句を言わせない雰囲気で、彼女は狼陛下の横に並び立った。





 明けない夜 覚めない夢

 けれど今、夜が明けても 夢は永久に覚めない――――





2015.9.2. UP



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お題:内緒の恋人設定で本物夫婦になる話

続きとのことでしたので☆
夕鈴が正妃になって戻ってくるまでを書きました。
といっても、イチャイチャ+陛下独白メインですが。
恋人設定は基本的に狼が多くなるはずなのですが、今回は小犬が多かったです。
安定してるからかな?
まあ、実際安定したのは「ありがとう」の辺りからなんですけど。
これ以降は本物夫婦設定とあんまり変わらない気がするので書かないかなと思います。

みっこ様、たいっへん申し訳ありませんでしたー!!(スライディング土下座)
リクなさった方も記憶の彼方だと思いますが…今更ですが出来上がりました。
3月には8割方できあがっていたのにね!
ええ、実は最後のイチャイチャ以外は出来上がっていたんです。
ところが、4月に入った途端に休みがゼロになってしまい…(汗)
ほんとうに申し訳ありませんでしたー!(>_<)
 


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