恋敵は熊? 2




 夕鈴が学問所に用事を済ませに行っている間、黎翔は克右のところで時間を潰していた。
 本当は付いて行きたかったのだけど、混乱を招く可能性があるからと拒否されてしまった
 のだ。
 迎えに行くことも断られ、集合場所は学問所の近くの饅頭屋の前になった。

 もちろん勝手に迎えに行くこともできたけれど、それで怒られて王宮に戻れと言われてし
 まうのも嫌だったので大人しく引いた。
 今日の目的は熊…もとい"龍樹兄様"を見ることなのだ。多少のことは我慢しよう。



「えーと… 青慎の話だと 今日はこの辺りにいるって聞いたんだけど…」
 目的の人物を探して夕鈴がきょろきょろと辺りを見渡す。
 どうやら彼と待ち合わせをしているわけではないらしい。
 聞けば、昔から気ままな人なので待ち合わせはあまり意味がないとのこと。

「あれだけ大きいんだから目立つはず」
「夕鈴!」
 夕鈴の独り言をかき消す勢いで、野太い声が彼女を呼んだ。
 途端に夕鈴の顔がぱっと明るくなる。

「あ、りゅー っきゃあ!?」
「!」
 一緒にふり返った瞬間、夕鈴の姿が目の前から消えた。
「ゆうり」
「兄様!」
 反射的に腰に伸ばした手を、夕鈴が呼んだ名を聞いて留める。
「大きくなったなー」
 もう少し視線を上げると、夕鈴が大男に子どもみたいに抱き上げられてぐるぐる回されて
 いた。

 背は克右とあまり変わらないが、がっしりした体格のせいか大きく見える。
 確かに熊と言われても仕方ない。これが夕鈴が言っていた男か。

「兄様! は、恥ずかしいから下ろして!」
「ん? ああ、そうだな。もう立派なお嬢さんだもんな。」
 夕鈴に怒られても全く気に留めていない様子で、彼は豪快に笑いながら下ろす。
 多大な注目も集めていたのだが、そこも気にしてはいないようだ。
「もう! 兄様はすぐ人を子ども扱いするんだから!」
「仕方ないだろう。一緒にいた頃はこーんなに小さかったんだから。」
「そうかもしれないけどっ」
 真っ赤な顔をして怒る夕鈴を頭を撫でて宥めようとしてまた怒られている。
 その全てを笑って受け止めている彼は見た目以上に器が大きいのかもしれない。
「あははは さっき几鍔にも似たようなことで怒られたな。」
「そうでしょうね…」
 最後は夕鈴の方が諦めていた。

 豪快な男だと思う。
 これが夕鈴の好みのタイプなのか。

 (夕鈴に対してのみだけど)心が狭くて怖がらせてしまう僕はダメなのかなぁ?

「しかし…」
 ふと笑みを引っ込めた彼がまじまじと夕鈴を見る。
「夕鈴は会う度に綺麗になっていくなぁ」
「へ!?」
 そして何やら納得したように顎に手を置きつつ何度も頷いた。
「明玉から夕鈴が下町の悪女と呼ばれてるって聞いたときには信じられなかったんだが…
 これなら納得いくな。」
「違うからっ あれは明玉達がからかって言ってるだけ!」
「そうなのか? 几鍔とお役人とで取り合ってるんじゃないのか?」

 えーと、下町ではそういう噂になってるんだっけ。
 克右も第3の男になっていたとか。

 …夕鈴は僕のお嫁さんなのにな。

「ちがーう! 絶対あり得ないから!」
 そうそう、夕鈴は僕のお嫁さんなんだから。
「あの金貸し外道となんてもっての外だし、李翔さんはただの上司だし!」
 …今、"ただの"ってところを思い切り強調してたよね。
 そこまで強く否定されるとちょっと寂しいよ 夕鈴。

「そうかぁ。夕鈴も大人になったもんだなぁと思ってたんだが。」
 怒りに顔を真っ赤にする夕鈴とは対照的に、男の方はしみじみと昔を懐かしむ。
「龍兄と結婚する〜っていっつも言ってたのも、もう言ってはくれんのだろうなぁと寂し
 く思ってたとこだ。」
「え、あれ覚えてたの!?」

(……へぇ。いつも、ねぇ。)

「だって、あれは… ずっと一緒にいるにはお嫁さんになるしかないって明玉に言われて」
「そうかぁ。ずっと一緒にいたいと思っててくれたのかぁ」
 冷えていく空気を察した周りが、少しずつ離れていく。
 通行人も野次馬も3人から距離を置くので、ここだけ穴が開いたようになっていた。
 気づいていないのは夕鈴と彼だけだ。
「私だけじゃないわ。みんな兄様が大好きだったのよ。」
 僕の気持ちに全く気付かない夕鈴は なおも彼への好意を隠さない。
 周りの方が気づいて青褪めているというのに。罪作りな娘だ。

 ああ、もうダメだ。
 これ以上は耐えられそうにない。

「ゆーりん」
 思った途端、即行動に移す。
 横から夕鈴の腰を攫い、自分の腕の中に閉じ込めた。
「へ 李翔さん!?」
 驚いた顔で夕鈴が見上げてくるのににっこりと笑ってみせる。
 夕鈴がこちらを見てくれたことで、ささくれだった気持ちが少しだけ和らいだ。
「だって放っとかれっぱなしだから。」
「え、あ、すみません…!」
 今の今まで存在を忘れられていたことについてはそれ以上追及しない。
 慌てて謝る夕鈴が可愛いからそこは許そう。
「僕にも紹介してよ。この人が、夕鈴が会いたいって言ってた例のお兄さんなんだよね?」
「あ、はい!」
 紹介しようと離れる夕鈴を素直に解放してあげた。
 
「李翔さん、彼が以前近所に住んでいた 孫龍樹です。龍樹兄様、えっと、こちらは仕事の
 上司の李翔さん。」
 前に立たれるとやはり大きい。夕鈴が熊だと言ったのもよく分かる。
 その彼に手を差し出されたので迷ったが、夕鈴の上司として失礼な態度を取るわけにはい
 かない。
 その一瞬の躊躇いを悟らせない笑顔で受けて握手を交わした。
「はじめまして。」
「ああ、はじめまして。貴方が噂のお役人さんか。」
 にかっと人好きのする笑みを浮かべられた後にそんなことを言われた。
「だからっ そんなんじゃないってば!!」
 慌てたのは夕鈴で、隣で1人で怒っている。
 こちらはそんな噂も願ったりだから、否定しなくてもいいのに。

「はいはい。立ち話もなんだし、その辺の飯店にでも入るか? 明玉んとこが近いだろ。」
「あそこはダメ! 絶対からかわれるんだから!!」
 即座に却下した夕鈴は、続いて思いついたように声を上げる。
「それだったら私が作るわ。うちに行きましょう!」








「李翔さんも座っていてください!」
 大量に食材を買い込んだ汀家の台所では、攻防戦が始まっていた。
 黎翔は大根を手にした夕鈴から出ていくように言われてしまう。
「えー 僕だって手伝えるよ。」
 ここで良い旦那っぷりを見せようと思ったのに。
 夕鈴は頑なに首を振る。
「李翔さんがここに来ると兄様も座っていられなくなるでしょう!?」
「お客さんは座っててもいいよ。その分僕が手伝う。」
「〜〜〜李翔さんもお客様です! お客様はあっちで大人しくしていてください!」
 最終的には目を吊り上げた夕鈴に怒られて台所を追い出された。


「追い出されてしまった。」
 溜息をつきつつ龍樹がいる方に来れば、彼は笑いながらお茶を差し出してくる。
 座るように促されたので、さり気なく夕鈴がよく見える席に座った。
「まあまあ、こちらであの子の仕事っぷりでも見ていてください。面白いですよ。」
「うん、知ってる。」
 夕鈴のことをよく知ってますと言わんばかりの態度が気に食わなくて言い返す。

 自分もちゃんと知っている。
 夕鈴の手料理は美味しくて、作ってる夕鈴はとってもカッコ良くて面白いんだ。

「おや。あの子の手料理を食べたことが?」
「何度か。一緒に下町に来た時はいつもこうやって作ってくれるので。」
 結構無理やり押しかけているのだがそこは伏せておく。
 単にこの男に対抗したいだけだ。
 金貸しの彼もこの男も、自分の知らない夕鈴を知っている。それが面白くなくて。

「ははぁ それは噂されるはずですね。」
 敵対心を見せられても特に気にしていない様子で相手は苦笑いでそう言った。
 その態度に相手にもされていないのかと思って苛立ちを覚える。
「あの言葉は気にせんでください。」
「?」
 だから、その顔のまま言われた言葉は一瞬意味が分からなかった。
「恋も知らない小さい子どもの戯言です。」
 あの言葉のことだと、そこでやっと気がついた。

 子どもの言うことだと、彼はその当時も流したのだろう。
 10も年の離れた妹のような子に対して、本気で受け取るはずもない。

(だが、夕鈴はこの男が好きなんだろう?)
 

「…戯言ではなかったら?」
「へ?」
 キョトンとする男をじっと見つめる。
「もし、今同じことを言われたら―――」

 『綺麗』だと男は言った。
 大人になった夕鈴に惹かれないとも限らない。
 昔は妹みたいでも、今はどうか分からない。

 二人が想い合っているのなら、その時は―――


「おまちどーさま!」
 卓に炒め物の皿がどんっと乗って、そこで黎翔の思考が切れた。
 ハッとして顔を上げれば、夕鈴が楽しげにこちらを見ている。
「二人で何の話をしていたんですか?」
「いや、何でもないよ。」

 今、自分は何を聞こうとしていたんだろう。


「そーいえば、今回は奥さんは一緒じゃないの?」
 ふと、彼の方を向き直って夕鈴が聞く。

(え? 奥さん?)
 彼が結婚していたことにまず驚き、
 
「子どもが産まれて間もないからなぁ。しばらくは来れんだろうな。」

(ええ!?)
 子どもまでいたことにさらに驚く。
 彼の年齢を考えればそれが普通なのだが、今までその可能性を全く考えていなかった。

「子ども!? いつ産まれたの!?」
 どうやらそっちは夕鈴も知らなかったらしい。
「三月前だな。」
「ちょ、そんな大事な時にこっちに来て良いの!?」
「実家にいるから大丈夫だ。むしろ、ちゃんと働いてこいと追い出された。―――ほんと
 しっかりした嫁さんだよ。」
 そう言う彼の顔はとても幸せそうで。
「ふふ、さすがね。」
 こっそり盗み見た夕鈴も優しい顔で笑っていたから。

 ―――勘違いだったんだって気づいた。









*









「ゆーりんの好みって、ああいう熊みたいな人なの?」
「っ!?」
 下町から帰ってきた夜、ふと聞いてみたら夕鈴がお茶を吹いた。

「な、何の話ですか!?」
「だって、結婚したいって思うくらい好きだったんでしょう?」

 今は違うというのは見ていて分かった。
 彼には妻子もいるし、今更どうということもないのだろう。

 けれど、昔はどうだったのかと思ったのだ。

「だからっ あれは小さい頃の話で! 結婚の意味なんか分からず言ってたやつですよ!!」
「でも、好きだったんでしょう?」
「それは、まあ… って、どうしてそこでしょんぼりするんですか!? いったいなんです
 か さっきから!!」

 悔しいなぁ… 狼は熊には勝てないのか。


「………陛下。」
「ん?」
 深く溜め息をついた夕鈴がすっと居住まいを正す。
 それにつられて黎翔の背筋も伸びた。
「私は青慎が大好きです。」
「あ、うん。」

 それはよく知ってる。
 夕鈴の頭はいつも彼のことでいっぱいで羨ましいくらい。

「兄様への好きもそれと同じようなものなんです。家族に対する好きって意味ですよ。」
「…うん? つまり?」

 いまいち意図が読み取れない。
 青慎君と同じくらい彼のことが好きって意味だろうか。

「え、えーと… つまり、ですね……」
 よく分かってない黎翔を前に、夕鈴は何と言えば良いかを考えあぐねているようだった。

 でも本当に意味が分からない。
 青慎くんと同じくらい好きだから、僕はそれよりずっと下だとか言いたいのかな。
 …夕鈴は僕を追い詰めるつもりなんだろうか?

「〜〜〜つまり! 私の好みは兄様じゃないってことです!」
 恥ずかしいのか顔を真っ赤にして、夕鈴が前のめりで声を張り上げた。
「ほんと?」
 聞き返すと何度もコクコクと頷かれる。
 やっと分かったくれたとでも言いたげだ。

 熊は好みではない。
 それは分かった。

 でも、同時に別の疑問が浮かぶ。

「じゃあどんな人が好み?」
「!? そんなこと言いませんよッ」
 驚いた顔をされたかと思ったら、即刻否定されてしまった。
「ええーー!? 教えてよ!」

 そこが一番大事なところなのに。
 それが分からないとこちらとしてはどうしようもない。

「嫌です!」
 けれど夕鈴は黎翔が手を伸ばす前にするっと逃げて、茶器が置かれた卓の向こうに行って
 しまった。

「誰が好きとか聞いてないのに…」
「どうして好みなんて言わなきゃいけないんですかッ」


 その後もあれこれと質問を変えてみたけれど、頑固な夕鈴は教えてくれなかった。
 一応狼でも聞いてみたけれどダメだった。






(夕鈴の好み、教えてくれないかなぁ…?)

 狼で怖がらせてるばかりだから、嫌われるかもしれないから、
 だから、少しでも夕鈴の理想に近づきたいのに。

 ―――嫌われ者の狼陛下。ずっとそれで良いと思っていた。
 狼陛下は今この国に必要な王の姿だと分かっていたから。

 けど、夕鈴には嫌われたくないって思った。
 …嫌われたくないなんて、夕鈴が初めてなんだ。

 初めてだから分からない。
 どうしたら夕鈴に嫌われずにいられるかな?
 ずっとそんなことを考えている。


 ねぇ、頑張るから。だから教えてよ。



「――――夕鈴は、どんな人が好きなの?」




2015.10.7. UP



---------------------------------------------------------------------


お題:夕鈴が小さい頃に「大きくなったらお嫁さんになる!」と言った相手がいたことを知った陛下が
      すっごく焼きもちをやいてしまうお話♪


夕鈴が好きなのは陛下ですよこのにぶちんさんめ。(セルフツッコミ)
兄様 実は結婚してたってオチ。ライバル減って良かったね陛下!
時期的には離婚(?)前って感じです。夏から秋くらいかな?

ヤキモチはやかせられましたか?(聞くな)
もし夕鈴が今も好きだって言ったらどうしたのかしらこの人。ちょっと怖い(笑)

そんで今回ライバルっぽい役回りのオリキャラの龍兄は、熊です(笑)
狼陛下のキャラって全体的に細身ですよねーっわけで熊さんにしました。
見た目のまんまの性格で、表裏もなく豪快に笑う感じ。
陛下とは反対ですよね。だから陛下は余計に凹むわけです。

今回はタイトルに一番悩みました(笑)
仮タイトルは「やきもち」。そのまんまですね!(笑)

桜様、リクしたのはいつだっけなくらい時間がかかってスミマセンでした(土下座)
思った以上にオリキャラがキャラ立ちしてしまいました…(^_^;)
良かったんでしょうか……
返品苦情感想その他は随時受付中です!!
 


BACK