花舞う
      ※ 66話から派生したパラレルです。夕鈴が舞姫やってます。




 白陽国王都 乾籠。

 ―――ここに 近頃評判の舞姫がいるという。


 彼女は旅の小楽団の舞手で、他には楽師が二人のみ。
 あとは座長らしき交渉人の男がおり、彼が護衛も兼ねているらしい。

 彼らは楽麗館に滞在し、そこで舞や音楽を披露していた。
 



「君が巷で噂の舞姫さん?」
 トンッと軽く壁についた手が彼女の行く手を遮る。
 影が差した方向に目線を向ければ、やたらと見目の良い男がこちらに微笑みかけていた。

 彼のことは知らないわけじゃない。
 すっごい美形で羽振りも良いとお姐さん達が騒いでいた人だ。
 名前は確か…李翔とかいっただろうか。

「…何かご用ですか?」
 場所が場所だ。別段珍しいことでもない。
 特に慌てた様子も見せずに営業用の笑みを向ける。
「君の名前を教えて欲しいなって思って。」
「……夕花と申します。」
 美形なのに変な人だなと思った。
 話したことはないけれど、舞を何度か見に来ていたし、名前くらい知ってるくせに。
 今さら何をと思いつつ、表面上は笑顔のままで答える。
「違う。そっちじゃない。」
 何故か否定された。
 怪訝な顔をすると、彼は身を屈めて秀麗な顔を近づけてくる。
「!?」
 とっさに身を引こうとしたけれど、すでに退路は断たれた後だった。
「な、」
「教えて欲しいのは、君の本当の名―――」

「はいはい、それ以上近づかないでね。」
「「!!」」

 声とともに影が上から降ってきて、彼が身を引いた隙にそれは2人の間に割り込んだ。
「うちの姫さんは、そこらの春を売るお嬢さん達とは違うんだよ。」
(浩大!)
 現れた背中にホッとして、声に出さずにその名を呼ぶ。
 これで助かったと思った。

「―――お前が本当の護衛か。」
「まーね。」
 何だかさっきまでと雰囲気が違う。
 声をかけてきたときは軽そうな感じだったのに、今は威厳すら感じそうな雰囲気で周りの
 空気も重く感じる。
 それにも動じない自分の仲間には尊敬の念すら覚えた。
「姫さんは特別なんだ。そう簡単には落とせねーよ。」
 なぁ?と振り向いた浩大が、相手をからかうような声音で言いながらにかっと笑う。
 彼は一歩下がって"夕花"の横に立ち、着飾った頭の飾りに触れた。
「この緋色の簪はとある国の王太子が国を離れる際に贈った物、紅玉の耳飾りは求婚を断っ
 たときせめて傍にと大貴族様から贈られた物だ。」
 確かに嘘は言っていないし、これは断る際の決まり文句だ。
 これらのおかげで変なのに声をかけられずに済んでいるのも事実。
「それでも姫さんは旅を続けている。その意味が分かるかい?」
「……」
 男は夕花を守る彼を通り抜けてこっちをじっと見てくる。
 射貫くような紅い瞳に心臓が跳ねるが、表に出さずに笑顔で耐えた。
「うちの姫さんを動かすのは金や宝石なんかじゃない。たとえこの国の王様だってこの娘
 は縛れないよ。」

「―――分かった。」
 その一言を残して、男は去っていった。





「夕花!」
「あ、水月。それに方淵も。」
 彼がいなくなるのとちょうど入れ違いで他の仲間達もやって来た。

「なかなか戻ってらっしゃらないのでどうしたのかと思いました。」
「―――浩大、夕鈴。何かあったのか?」
 浩大が姿を見せていることで、二人ともただ事ではないと思ったらしい。声にも表情にも
 明らかに心配の色が見えた。
 周りには聞こえないようにとはいえ、方淵が本当の名前の方で呼んだのもその現れだろう。

(…そういえば さっきの人、本当の名前が知りたいって言ってたわね)
 ふと、そんなどうでも良いことを思い出す。見目が良くてとっても変わった人だった。
 もちろん教える気なんてさらさらないけれど。

「あー いつものヤツだよ。」
「……」
「ああ…」
 軽い調子で浩大が言うと、二人は途端に表情を変えて仲良くため息をついた。
「…まだいたのか。いい加減諦めればいいものを。」
 "夕花"が誰にも靡かないのはここでも有名な話だ。
 それなのに、変なプライドを持って「自分なら落とせる」と近づいてくる輩が後を絶たな
 い。
 …そのプライドをバキバキとへし折っているのが"夕花"なのだが。
「あまり1人にならない方が良いかもしれませんね。」
「そうね。明日からは克右さんと行動するわ。」
 もしもの時のためにも浩大の存在はあまり知られたくない。
 全員がそれに同意して頷いた。












*












「え、国王陛下が??」

 そして翌日の朝。
 のんびりと過ごしていた一行の前に、王の代理という男が現れた。
 彼は李順と名乗り、王の側近だと告げる。

 何の冗談かと思ったのだが、その男は王の印が押された勅書を持っていた。

「ええ、ぜひ評判の舞姫の舞を見てみたいとの仰せです。」
 とうとう噂が王の耳まで入ってしまったらしい。
 ちらりと周りに視線を巡らせれば、三人とも小さく頷いてくる。
 思うことは全員同じだ。
「そうですか… ―――では、ご遠慮させていただきますわ。」
 克右の隣にいた夕鈴がにこっと可愛く微笑んで、すっぱりはっきりと言い切った。
 国王陛下?そんな馬鹿な!というのが自分達の見解だ。
「では、そのように―――……は?」
 頷きかけた李順が目を丸くして固まる。まさか断られるとは思っていなかったらしい。
 信じられないと言いたげな顔をしているが、夕鈴達の方こそ信じられない。
「私達は小さな楽団です。どのような噂をお聞きになられたのか存知ませんが、王様に見
 せられるようなものではございませんから。」

 相手は納得いかない顔をしていたが、最後まで笑顔で押し切った。











「何で断っちゃったのさ。」
 そして彼の人が帰った後、―――彼女達の姿は王都の端にあった。
 もうすぐ関所だ。そこを抜ければ王都の外に出る。

「何言ってるの。王様がこんな小さな楽団に声かけるわけないじゃない。」
 不満気な浩大の言葉を夕鈴がバッサリ切る。
 上手い話にこそ裏があるのだ。あの男を信じるには話が突拍子過ぎた。
「でもあの書簡、本物だったよ。」
 そんなのはあの場にいた全員が分かっている。
 夕鈴に至っては実際に自分で持って読んで確かめたのだから。
「だからこそよ! 褒めるために呼ばれるなんて思えないじゃない!」

 浩大は常に影として動き、克右は用心棒兼交渉役。
 実質三人の小さな小さな楽団に、一国の王が声などかけるわけがない。

 上手い話には裏がある。…二回言ったのは大事だからだ。

「えー?」
「そうですよ。」
「間諜か何かと疑われてるに決まっている。」
 水月が夕鈴に同意すると、その隣の方淵もそれに続いた。
 方淵の言う通りだ。だから男が帰った後に急いで支度をして楽麗館を後にしたのだ。

 実際に疚しいことは全くない。
 けれど、疑われてしまったのならここを離れなければいろいろ危ない。

「あーあ、せっかくの王都だったのに。もうちょっと稼げると思ったのになー」
「別に儲けのためにやってるんじゃないだろ。」
「まーねぇ。」
 浩大の愚痴に克右が呆れてツッコミを入れ、浩大は肩を竦める。
 そんな風に話しながら進んでいたら、人の多さに足を止められた。

「…? 何だか混んでるわね。」
 いくら王都とはいえ、ここまで混雑するのは珍しい。
 何か問題でも起こったのだろうかとみんなで顔を見合わせる。
「なあなあ、この人だかりは何だ?」
 一番人当たりの良い克右が前に声をかけると、振り向いた旅装の男がこそっと教えてくれ
 た。
「ああ、狼陛下が噂の舞姫を探しているって話だ。」
「げ!?」
 声を上げたのは夕鈴だが、他も似たような顔をしている。
 行動を読まれる前にと動いたはずが、あちらの方が一枚上手だったらしい。


「こちらにいらっしゃったんですね。」
「!!」
 聞き覚えのある声にそろっと顔を向ければ、先ほど別れたはずの"王の代理"殿が眼鏡を光
 らせながらにっこりと微笑んでいた。

















「急いでいるところを呼び止めてしまって悪かった。」
「い、いえ…」
 一応座長である克右を一番前に押しやって、みんなで深々と頭を下げる。
 顔色は一様に良くない。水月に至っては今にも倒れるのではと思うくらい真っ青だった。

 正面の玉座に座っているのは通称狼陛下と呼ばれるこの国の王様。
 その隣に立つのが側近である李順殿。
 あとは外に衛兵がいるのみで、他には誰もいない。

 どこかで見たことがある気がする。この国の王様なんて目にしたことあるはずがないのに。
 ただ、夕鈴の横で「マジかよ…」と呟く浩大には心当たりがあるらしい。

「知ってるの?」
 こそこそと小声で聞けば、浩大は胡乱げな目を向けてくる。
 どうしてそんな顔をされなければならないのか。心外だ。
「何言ってんだよ。あの時アンタの名前聞いてきただろ。」
「…… っ!?」
 もう一度王様の顔を盗み見る。

 ―――そうだ、浩大と対峙した時感じたあの威圧感と同じ。
 改めて見れば間違いなくあの人だった。

(やっぱり何か疑われてる!?)
 それに思い至って青ざめる。

 あれも何かの調査の一環だったのかもしれない。
 王自ら調べる意味は分からないけれど、何かとてつもなく大きな案件なのかも。


「しかし、何故あのように急いでいた?」
 これは、疚しいことでもあるのかと言われているのだろうか。
「あ−、その… そろそろ国に戻りたいと思いまして……」
「…お前達はこの国の者ではないのか?」
 克右の答えが予想外だったらしく、王が僅かに目を見張る。

(…あれ? 他国の間者と疑われているわけではないのかしら?)
 まずそこで一つの疑問を持った。
 それに、ほんの少し王が纏う雰囲気が和らいだ気がしたのだ。

「はい。我々は蒼玉国から参りました。」
 克右が答えると、王はしばし考え込む。
「―――では、お前達は何故この国に?」

「母が、生まれ育った国を見たかったのです。」
 その問いに答えたのは夕鈴だった。

 これは本当のこと。この旅のことを最初に言いだしたのは夕鈴だ。

 この国に来るのは小さい頃からの夢だった。
 その願いを叶えるために、みんなを巻き込んで無茶な我が儘を聞いてもらった。
 …まあ、旅の小楽団なんて設定で旅をするとは思わなかったけれど。

「他の者達も故郷は白陽国です。皆、自分の故郷を見てみたかったのです。」

 夕鈴は生まれも育ちも蒼玉国だが他のメンバーは違う。
 浩大と克右は幼少期を白陽国で過ごし、大人になってから蒼玉国にやってきた。
 水月と方淵も白陽国で生まれ育ち、数年前から蒼玉国に留学してきている。

 言わなくても良いことなのでこの場では言わないけれど。


「それで、この国を見てみた感想は?」
 興味深げに聞いてくる王に夕鈴はにっこりと笑って返す。
 もう王様のことを怖くないと思った。
「―――とても、良い国でした。母にもたくさんのお土産話をできそうです。」





 王様は、本当に純粋に"夕花"の舞を見るために呼んだそうだ。
 心の底から安堵したのは言うまでもない。

 何度も見に来ていたのにと思ったけれど、聞いたらもっとゆっくり見たかったんだと返さ
 れた。
 あとは、あの時浩大に言われた言葉に思うところがあったのだとか。
 王太子や大貴族と張り合うならばと思ったのだそうだ。…意味はよく分からないけれど。


 そうして私達は王様のためだけに舞って、その後少しだけ二人だけで話をした。
 内容は旅の詳しい感想と再会の約束だ。結局本当の名前は最後まで教えなかった。










 足止めしてしまったお詫びにと、国境まで立派な馬車で送ってもらえることになった。
「アンタに良いとこ見せたいんだよ。」と浩大は笑っていた。

「…あんな約束して良かったのか?」
 夕鈴の手にある物を見ながら克右に聞かれる。
 つられて夕鈴もそれに目を落とした。


『この国に来たときは必ず王都に寄ってほしい』

 夕鈴に蝶の髪飾りを贈った王は別れ際にそんな約束を取り付けた。
 けれど、その約束が果たされるのは難しい。
 国に戻ったら、彼女達がもう旅に出ることはないからだ。


「あら。あの方もそろそろ挨拶にいきたいと仰ってたもの。再会は早いと思うわ。」
「…なるほど、そっちか。」
 事も無げに答えれば、克右の方も納得する。
 今度会う時は舞姫"夕花"としてではなく、夕鈴として会うことになるだろう。
「気づかれなかったらどうする?」
 今度は悪戯っ子のような顔で浩大が聞くので、それには"夕花"で身に付けた小悪魔の笑み
 を返す。
「その時はあの方と一緒に笑ってあげるわ。"男ってそんなものよね"って。」
「コワー!」
 五人で乗っても余裕のある馬車の中、みんなでひとしきり笑った。


「…私もそろそろ国に戻ろうと思います。妹の手紙に混じって父からも再三の帰国要請が
 来ていたので。」
 水月は、本人のあまりのやる気のなさに危機感を持った父親から私費で留学させられてい
 た。
 幸い芸術方面に興味を示した彼は、蒼玉国でそれらを学んでそれなりの成果を得ている。
 そのためそろそろ頃合いだと思われたのだろう。
「方淵は?」
「次の登用試験の頃には戻ると伝えてある。」
 方淵は国の留学制度を使って友好国の蒼玉国に留学してきている。成績は予想通りで蒼玉
 国王からの覚えもめでたい。
 実は水月の留学は方淵に対抗したものだという噂もあった。


「…そっか。」
 この旅が終われば元々接点のなかった者同士、もう会えなくなるだろうということは分
 かっていた。
 せっかく仲良くなれたのにと寂しく思う。…でも、これきりではないと思いたい。

「―――また会いましょう。この地で。」


 狼陛下が治めるこの国で。


 ―――― 再会の日はきっとそんなに先じゃない。




2015.10.18. UP



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久しぶりにリクエストではない話。66話から派生したネタです☆
ちまちまちまちま書き進めていてやっと書き上がりました〜
夕鈴が舞姫やってたら良いなっていうのと、あの五人組で旅してたら面白いだろうなぁっていうただそれだけ。
細かいところは省きました。この後も特に考えてないです。
てか、旅してる場面もないし 舞ってる場面も書いてない(笑)



(↓)以下、その細かい設定。

夕鈴:
母親が瑠霞姫の腹心の侍女。なので、嫁ぎ先まで付いていった。父親は蒼玉国の役人。
夕鈴も母と同じく瑠霞姫のお気に入りで、今回の旅をいろいろ支援してくれたのは彼女。
王太子とも顔見知りなのはそのため。恋愛感情はないんじゃないかな?

方淵:
白陽国からの留学生。柳家からの代表が長兄ではないのは能力故です。仕方ないですね。
水月との仲は良いような悪いような。家のこともあるし。
今回の旅は、留学の最終項目として付いていくことになった。

水月:
氾家が蒼玉国と昔から交流があるために私費で留学。
芸術方面に興味があるということで、音楽から絵画まで幅広く学んでいる。
頼まれたとはいえ旅に付いて来たりもしてるので、原作よりは外に目が向いてるかもしれない。

浩大:
夕鈴付きの護衛として旅に同行。白陽国の混乱期に蒼玉国に来た。夕鈴との付き合いは彼が一番長い。
切り札という感じなので普段は姿を隠している。
女装して舞姫になることもできる。わりとノリノリ。

克右:
同じく夕鈴付きの護衛。白陽国では軍人をしていたが、混乱期に白陽国に見切りを付けて蒼玉国へ。
最年長ということで座長役を任された。というか、みんなの保護者的存在。苦労性なのは変わりない。
請われれば剣舞くらいならできる。でもほとんどやらない。

李翔(狼陛下):
特に変わりなく通常運転。楽麗館に通っていたのは情報収集のためで、そこで夕花の舞に一目惚れした。
この後再会したら絶対嫁にしようと動き出す気がする。
蝶の髪飾りはもちろん王太子とかへの対抗意識。それなりに高価な物だと思われる。

李順:
最初は王の代理は彼ではない予定だった。でも李順さんだけ出ないのもどうかと思ったので。
彼も通常通り。浩大達がいないので苦労は増えてそうな気はするけど。
 


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