願い叶った場所で 2




「なんでこんなんばっか…」
 隣の同僚がぶちぶち文句を言うのを青慎は苦笑いしながら聞く。
 大量の書類を手分けして持ち、それぞれの部署に届けるのが今日の仕事だ。

「なんで雑用なんかやらされなきゃなんねーんだよ…」
 彼は、官吏とはもっと華々しい職業だと思っていたらしい。
 それがこんな地味な仕事ばかりで不満らしかった。

「僕は、大事な仕事だと思うんだけどな…」
「えぇ?」
 ぽつりとそう返せば、相手は怪訝な顔をする。
 彼には青慎の考えが信じられないらしい。
「だって、いろいろな場所が見れるでしょう? こんなこと、今しかできないから。」


 先輩方の仕事も見れるし、学ぶこともたくさんある。
 とても貴重な機会だと思う。

 それに時々、質問すると答えの代わりにヒントをもらうことがある。
 ただ見ていろと言われることもある。
 おそらく自分で学びとれということなのだろう。
 こちらを試すような視線を感じたとき、何かを見極めるような顔をされたとき、まるで試
 験の続きのようだと思った。



「―――その者の言う通りだ。」
 ぱっと顔を上げると、しかめ面をした―――自分達新人官吏の憧れの人物がそこにいた。
「文句を言っている暇があったら手を動かせ。」
「りゅ、柳方淵様!!」
「申し訳ありませんっ!」
 仕事中に私語をしていたこと、しかもお使いの途中で立ち止まっていた。
 怒られて当然だと慌てて頭を下げる。

「お前達がそう思う気持ちも分からないではないが…」
 しかしそれ以上の叱責が飛んでくることはなく、意外に柔らかい声が返ってきて驚いた。
「これも必要なことだ。我々も通ってきた。」
「え? そうなのですか?」
 後から思えば大胆なことをしたと思う。
 雲の上の存在のような相手に不躾な問いを投げてしまった。
 けれど相手は機嫌を損ねた様子もなく、それどころか珍しくも小さく笑みを浮かべて頷く。
「雑用さえも無駄なことはない。自ら学びとれた者がここで生き残ることができると覚え
 ておけ。」
「はい!」
 背筋をピンと伸ばして応えると、「頑張れ」と二人の肩を叩いて柳方淵様は去っていった。


 当然、その日の昼食はその話題で持ちきりだった。





















「えっと… 四つ目の角だから、こっちで良いのかな?」
 きょろきょろと周りを見回しながら回廊を進む。

 今日のおつかいは、頼まれた資料を書庫に取りに行くこと。
 場所が複雑だからと丁寧に教えてもらって、それを一生懸命頭に叩き込んだ。


「―――ちょっと待って。」
「えっ?」
 もう一つの角を曲がろうとしたとき、突然腕を後ろに引かれた。
 転ぶほどではなかったけれどビックリしたのは確かだ。

「お探しの書庫はこっちだよ。」
 目が合うとニッと軽く笑い、青慎と同じ服を着た彼は手を離すと先に歩き出す。
 今来た道を戻る彼に慌ててついて行った。


「あ、あの…?」
 年はあまり変わらなさそうだけど…知らない人だ。
 話しかけると彼は少し歩く速度を落として戸惑う青慎の隣に並ぶ。
「危なかったねー アンタくらいの身分であれ以上行ったら怒られるだけじゃすまなかった
 よ。」
「え、でも」
 ちゃんと教えてもらったのに。
 ひょっとして間違えて覚えてしまったんだろうか。
「道がひとつ違うんだ。入り口まで案内してやるよ。」
 どうやら感情が表に出てしまっていたらしい。
 不安な僕を安心させるようにぽんぽんと肩を叩いてくれた。

「あの、貴方は一体… どうして僕の行き先を知ってるんですか?」
 嘘をついている風でもないし、悪い人ではないらしい。
 すっかり安心した僕は一番気になっていることを聞くことにした。
「あはは、気にすんなって。あまりに心配でついてきただけだよ。」
 彼は軽く笑って言う。
 いつも通りの生活をしていたつもりだけど、何か周りを心配させるようなことをしただろ
 うか。

「―――気を付けな。」
 ふと、彼が笑みを消して真面目な顔になった。
 がらりと変わった雰囲気に背筋が冷える。
「ここは魑魅魍魎の棲家だ。アンタみたいな純粋そうなのは狙われやすい。」
 知らない間に魑魅魍魎の餌食になりかけていたらしい。
 王宮は怖いところだと、青くなりながらこくこくと頷く。
 ここはみんなが家族のようで温かい下町とは違うのだと改めて認識した。
「今回のはオレが見つけたから良いけど、次もそうだとは限らないからさ。」
「はい…」
 確かにそうだ。彼のように奇特な人はそうそういない。
「…どうしたら良いですか?」
 誰にも助けてもらえないなら自分でどうにかするしかない。
 が、すぐには良い方法が思いつかなかったので、奇特で親切な隣の人についでに聞いてみ
 た。
「んー そうだなぁ…」
 見た目は飄々としてるのにとっても親切で優しい彼は、やっぱり律儀に考えてくれる。
「信頼できる仲間を見つけな。できれば情報通なのが良い。」
 なるほど、と思った。







*








「ありがとう、浩大。」
 青慎と書庫の前で別れた浩大が戻ってきたので礼を言う。
 実は青慎が最初に違う道を進もうとしていたときから、夕鈴はずっと弟を見守っていた。
「今回は特別。わりと悪意があるやつだったし。」
 多少の諍いなら見守るに留めるが、今回は青慎の身に危険が及ぶものだった。
「それにここでアンタが出てくわけにはいかないしね。」
「…そうなのよね。こういうとき正妃という立場が嫌になるわ。」
 陛下が聞いたら青くなってしまうことを夕鈴は気にもとめずさらりと言う。
 もちろん辞める気なんてないけれど。
 嫌なのはこの地位であって、陛下の隣に立つことは嫌ではないのだから。


「さてと、もう一つ行ってくるか。」
 軽く伸びをしながら彼が言った言葉で夕鈴も気づく。
「あら、そっちもやってくれるの?」
「モチロン。今回はそれが元々の仕事だし。」
 だいぶ泳がせていたので犯人の目星は付いているし、頃合いとしてもそろそろいいだろう
 と浩大は言った。

 最近庶民出の官吏を狙って嫌がらせをする輩がいるという話を聞いた。
 庶民出の官吏は以前より増えているが、その中で今回はたまたま青慎が標的にされたのだ
 ろう。
 元々からその行為には嫌悪を抱いていたのだが、その標的が青慎に向けられたとあっては
 夕鈴も絶対に許したくない。
 しかも、進入禁止区域に入ったことがバレれば青慎は叱責を受けるだけでは済まされない
 というのに。

「じゃあ でっかい釘を打ち込んどいてね。」
「りょーかい」
 私の可愛い弟を狙った罪はその身で償うべきだわ。
 夕鈴が笑うと浩大もにやりと笑った。






















 その後、僕には友達ができた。
 人なつっこい笑みと明るく気さくな態度の彼は顔が広く情報通だ。
 しかもかなりの世話焼きで、いろいろ教えてくれる。
 実は貴族だったというのは最近知ったけれど、それでお互い態度を変えることもなかった。

 それから、彼と友達になって分かったこと。
 世の中には勉強だけじゃ分からないことがたくさんある。

 「真面目すぎる!」と言われて花街に連れて行かれたときにはさすがに引いたけど。
 …それを知った姉さんからは「女たらしになっちゃダメよ」と半泣きで怒られたけど。


 僕は今日も、概ね平和に過ごしている。



 …そういえば、
 僕に間違った書庫の場所を教えた人を最近見かけないんだけど、一体どうしたのかな?







*








「良かったぁ…」
 友人達に囲まれて楽しそうに笑っている青慎を見てホッとする。
 これでもう心配要らないだろう。
 …可愛い可愛い純粋な弟を花街に連れて行ったあの男とは、今度じっくり話す必要がある
 けれど。

「ゆうりーん…」
 柱の陰から覗く夕鈴の後ろから、泣きそうでか細い声が聞こえてくる。
 誰の声かはもちろん分かっているし、もう何度も呼ばれているのは知っているけれど無視
 していた。
 私は今、青慎を見守るのに忙しいのだ。
「そろそろ構って…」
 ずっと無視していたからか、拗ねた小犬にぎゅうと後ろから抱きしめられた。
 加減がないので息が苦しい。
 それでも陛下の方をふり返る余裕はない。
「陛下、私は今忙しいんです。」
「……」
 相手は無言で肩に顔を埋めてくる。
 艶々の髪が肌に触れてくすぐったいが放っておいた。

「お嫁さんが冷たい……」



 仕方ないじゃないですか。
 青慎は私の大事な大事な弟なんですから。




2016.4.23. UP



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お題:青慎の官吏合格〜官吏生活

基本は青慎君視点ですが、周りの人達の諸々も入れました。
ブラコン夕鈴は通常運転ですね☆
誰に対しても遠慮なく妬くけれど、弟君には妬いても無駄な不憫な陛下とか。
書いててめっちゃ楽しいです(鬼)
浩大は年齢不詳です。青慎からも同年代と思われているという(笑)
一応面識はない設定にしてますが、原作ではどうなんでしょうね?

碧様、ものすっごい遅くなってスミマセンでした(土下座)
年単位のリクエスト消化とか申し訳なさ過ぎて……
文句や返品等随時受け付けてますので!(>_<)




↓以下は、夕鈴と別れた後の浩大と釘を刺される貴族のボンボンの話です。

・オマケ・
「ちょっとそこのおにーさんっ」
 自分の前に立ちはだかった男がニヤリと笑う。
 見覚えのない顔に怪訝な顔をして見せるも、相手は気にした様子もみせない。
「…何の用だ?」
 父親はこの国の重鎮の一人であるし、母親もそれなりの家の出である自分。
 どう見ても貴族出身ではない男相手に気安く呼ばれる謂われはない。
「さっき、汀青慎に違う道順を教えたのアンタだろ。」
「…さぁな。向こうが勝手に間違えただけだろう。」
 誰にでもいつもやってる嫌がらせの一つだ。
 バレたことはないし、今回も大丈夫だろうと高をくくっていた。
「そうかな? オレが全部聞いてるって言っても?」
「お前一人の証言でどうにかなるとでも?」
 貴族の自分と庶民の相手。どちらの言葉を信じるかは明白だ。
「うっわ。絵に描いたような馬鹿貴族だ。」
 途端に男が吹き出した。
「ここまで馬鹿だといっそ清々しいね!」
 さらに馬鹿にしたようにケラケラと笑う。
「……殺されたいのか?」
 地を這うような低い声を出すと、相手の笑い声がぴたりと止まる。
 しかし怯えた様子はみせない。
「アンタさぁ… 今まで何も言われなかったのは何でだと思う?」
「何の話だ。」
「庶民出身の官吏達への嫌がらせだよ。全部アンタだろ?」
 すっと細められた瞳に射抜かれて身が竦む。
 自分よりもずっと小柄な男から発せられるこの威圧感は何だ。
「オレ達に泳がされてたんだよ、アンタ。ほんとはさぁ、もうちょっと様子を見ようかと
 思ってたんだけど…事情が変わった。」
「…っ」
 咄嗟に逃げなければと思った。
 けれど足が地面に張り付いたかのように動かない。
「手を出しちゃいけないところに出しちゃったんだもんな。…馬鹿だなぁ。」
 相手が一歩踏み出すごとに男との距離が縮まる。
「ほら、行こうぜ。」
「ど、どこに…」
 ようやく絞り出せた声は無様にも震えていた。
「モチロン陛下の所にだよ。良かったなぁ、直々に言葉をかけてくれるってさ。」
 その名を聞いた途端に膝が震えてきた。
 陛下が直々にと言う。これ以上に恐ろしいことがあるだろうか。
「馬鹿だなぁ」
 もう一度男は言った。
 それに返せる言葉はもう残っていなかった。


いや、田舎に左遷されただけだと思いますよ〜
浩大はただ怖がらせたかっただけですから。
 


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