痺れるような甘さ
      ※ お題『八つのキス』:【指先】の続きです。




「…あの、へいか……?」
 火照る頬を持て余し、夕鈴は困り果てて彼を見る。


 飽きることなく触れる唇
 どんどん上がっていく身体中の熱

 初めて感じるこの感覚を、どうすれば良いのか分からない。

 脈打つ手首の内側に唇を押し当てて、味わうように舌が柔らかい皮膚を辿っていく。
 伏せた瞼は艶めいて、何かが背筋をゾクゾクと這い上がる感触がして。


 本当におかしくなりそう―――



「酔って、らっしゃるんですよね…?」
 震える声で何とか言葉を絞り出す。
 触れるそれは離さずに、彼は妖しく光る目だけを夕鈴へ向けた。
「―――ああ。君に酔っているな。」
 甘く痺れる低い声にくらりと目眩を感じる。

 って、いやいやいやいや!!
 何ですか それ!?

 違う、これは陛下じゃない。
 酔っておかしくなっているのよ きっと。

「は、離してくださいませんか?」
「何故?」

(そんなの、恥ずかしいからに決まってるじゃないですか!!)

 …と、叫びたいけれど、残念ながら力が入らない。


「陛下っ 寝るんじゃなかったんですか!?」
「…ああ。」
 思い出したという風に陛下の唇が止まった。
 これはチャンスだ。
「では、女官を呼びますから…」
 だから手を…と、やんわり引き離さそうとする。
「呼ぶ必要はない。」
「へ? …ッ!?」
 ようやく離されたとホッとしたけれど、彼が離れたのは一瞬。
 視界がぐるりと回ったと思ったら、夕鈴の体は軽々と抱き上げられていた。




 そのまま彼は奥へと進んでいく。


 そしてその先にあるのは――― 寝室しかない。




「寝るのは私じゃなくて陛下です!」
「分かっている。」

(どこがですか!?)

 言葉と行動が全く伴っていない。
 寝るなら部屋に戻らなくてはいけないのに、夕鈴を寝室に連れて行ってどうするのか。



 夕鈴が寝台に下ろされると、すぐに陛下も隣に上ってくる。

「陛下? 何をなさってるんですか?」
「何って… 寝るのだろう?」

 いや、だから、ここは私の寝台なんですけど。
 どうして陛下が潜り込もうとしているのかが謎だ。


「遊んでないで寝てください! もうっ人を呼びに行きま―――っきゃ!?」
 腕を引かれて押し倒される。
 見上げた先に陛下の顔。
 いつか見た光景だと思った。…あの時よりさらに心臓に悪いけど。

 薄暗い灯りに揺れる瞳は熱を帯びて夕鈴を見つめる。
 狼陛下の演技のようで――― 知らない男の人のようで。

 どうしたいのか、…どうされたいのか。

 分からない。

 混乱してしまって、ただ彼に釘付けになっていた。


 そっと指を組んで絡めてくる。
 逃がさないように、閉じ込めるように。

 固まって動けない夕鈴に、彼は甘い甘い笑みを向ける。


「―――夕鈴。君はどこまで甘い?」


 …そこまでが限界だった。


「〜〜〜目を覚ましてくださいっ!!」

 ゴチッ

 勢いよく起き上がろうとした夕鈴の額と彼の額がぶつかった。
 小気味の良い音がして、ぶつけた場所がジンと痛む。


「……痛いよ ゆーりん」
 指が解けて離れた陛下が、困った顔で額を押さえて言った。
 少しだけ赤くなったそこはきっと夕鈴も同じなのだろうけれど。
「良かった、目を覚まされたんですね…」
 いつもの陛下に戻ってくれてホッとする。
 あれ以上何かされたら心臓が止まってしまうところだった。


「お疲れのようですから、お部屋に戻られてお休みください。」
 ちゃんと起き上がって、陛下と寝台の上で向かい合う。
 小犬に戻った陛下はまだ額を押さえてさすっていた。
「…痛いんだけど。」
「はい、私も痛いです。」
 小さな抗議を夕鈴はさらりと流す。
「ゆーりん…」
「何ですか?」
 物言いたげなのも無視してじっと彼を見た。

「…何でもない。」
 それっきり黙り込んだ陛下は、しゅんとした様子で額を撫でている。
 よほど痛かったのだろうか。
 こちらも必死で手加減しなかったからちょっと心配になった。

 陛下の手を握って額から離す。
 驚いた顔をする彼のことは気にせずに、赤くなった額に軽くキスをした。

「おまじないです。痛くなくなりますように。」
 ちょっと照れながらにっこりと笑う。
 止まってしまった彼を見て、何か間違ったかしらとふと思った、その時に。

「!?」
 ジンジンと熱を持つそこに、少しだけ温度が低いそれが触れた。

「僕からもおまじない。おやすみ、夕鈴。」
 してやったりの笑顔を向けた陛下が寝台から降りる。

「―――ッッ!?」
 同じことをされたのだと遅れて気づいて真っ赤になった。


 しかし、声を上げる前に彼の姿は帳の向こうに消える。
 行き場のない感情と上がりきった熱だけがそこに残った。



(どうしよう… 眠れない……!!)


 1人残された夜の帳の中、

 身体に残るは、痺れるような甘さと、静かに燻るアツイ熱――――






2011.3.20. UP



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前にお題を書いたときに「続きは?」と言われたので挑戦。
どれだけエロくなるかを試してみました(笑)
陛下視点だとマジでやばい方向に進みそうなので夕鈴視点です。
前のリクがブラック全開だったので、こちらはいつものセクハラ陛下で☆(笑)
本編軸という制限があるので引き際をどうするかで悩みました。
で。軽い話にするつもりだったので、最終的にあんなオチになりましたー



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