星空の約束 2




 明かりが灯る夜の街は賑やかで活気に満ちていた。
 どこからか楽しげな音楽が聞こえる。
 人通りも多く、これならあまり目立たないし見つかることもないと思う。
 誰も声をかけないし、夕鈴はひとまず安心した。


「まずは何から…って、いつの間にそんなに買ったんですか!?」
 気がつけば、陛下の手にはおまんじゅうやらお菓子やらがどっさり乗っている。
 彼から目を離していたのはそんな長い時間じゃないはずなのに。
「どれも美味しそうでつい。」
 そう言う陛下は心底楽しそうで、やっぱり何も言えなくなって。
「夕鈴も食べる?」
 断る理由も全くなくて、じゃあ…とおまんじゅうをもらった。





「ねー金魚すくいやろうよ。」
 下町のお祭りなのに、彼を案内するよりこちらが案内されている気がするのは気のせい
 だろうか。
 さっさと出店に入り込んだ陛下がにこにこと手招きするので隣にしゃがんだ。

「1人1つまでだ。」
 お店のおじさんにお椀と一緒に針金に薄い紙を貼ったポイを渡されて中を覗き込む。
 浅い水の中では赤や黒の小さな金魚が元気に泳いでいた。
「難しそう…」
「えー楽しいよー」
 すでに1匹を掬い上げていた陛下はもう次に狙いを定めている。
 毎年参加している夕鈴も今まで1度も掬えていないのに。陛下が器用なだけなのか。
 でもここは下町育ちとして負けてはいられないと、夕鈴は気合いを入れて袖を捲った。


「――――あ、破れちゃった…」
 しかしそれから数分後、夕鈴の健闘虚しく1匹も掬えないまま真ん中を金魚が通り抜け
 てしまう。
 3回も水に浸してしまえば当たり前と言えばそうなのだけどちょっと悔しい。
 とはいえ、穴の開いたポイを眺めてもどうしようもないので仕方ないとおじさんに返し
 た。

「李翔さんはど…」
 隣を見て、お椀にぎっしりと入っている大量の金魚にびっくりする。
 もう悔しいとかの次元じゃない。
 お店のおじさんも驚いてみているところを見ると、陛下はかなり強いらしかった。
「李翔さん… それ以上やると金魚が窒息しちゃいますよ…」
 夕鈴の声かけに気づいて彼もお椀の中を見る。
「それ、どうするんですか?」
「んー どうせ持って帰れないよね。」
 結局掬った金魚を全て戻すことにしたら、その代わりにおじさんから近くにあるらしい
 杏仁屋の割引券をもらった。





 その店はどこだろうと2人してきょろきょろと探す。

 その途中、歓声が聞こえて興味を持った2人はそちらに足を向けた。
「どうやら力比べみたいですね。」
 重い瓶を持ち上げている屈強な男性を観客が取り囲んでいる。
 どうやら1番重い物を持ち上げた者が勝ちといったところだろうか。

「他にいねーか!?」
 力自慢のその男は得意げに辺りを見渡す。
 しかし誰も名乗りを上げない。
「俺の勝ちかー?」
 どうやら勝負はその男の優勝で決まりそうだった。


「へー あんなに軽々と持ち上げるなんて、あの人カッコ良いですねー」
 何気ない夕鈴の感想に陛下がむっと眉を寄せる。
 どうやらそれが彼の気に障ったらしい。
「―――じゃあ僕も参加する。あの男には負けないよ。」
 そう言って本当に出ていきそうになったので、夕鈴は慌てて止めた。
「何言ってるんですか! 見つかったら大騒ぎですよ!?」
「だって夕鈴がカッコ良いとか言うから。」
(そこに反応しますか!?)
 別に何気なく言っただけだったので、そこで機嫌を損ねられるとは思わなかった。
「へ…李翔さんが強いのは知ってますっ」
「じゃあ僕もカッコ良い?」
「え、いや…その……」
 こんな往来でそんな質問しないでほしい。
 はっきり言って恥ずかしすぎる。
 誰も聞いていないとは思うんだけど。でもッッ

「…やっぱり参加する。」
「わーッ 待ってください!」
 腕を引いて必死で止めながら、彼が望むその言葉を言うべきか否かを夕鈴は本気で悩ん
 だ。




「だからですね… 好みとかそういうのではなくて、一般的な賛辞としての意味なんです
 ってば!」
 どうにか宥めて、まだ不機嫌そうな彼をその場から引き離して出店の通りに戻る。
「カッコ良いなんて、僕には使ったことないのに。」
 まだ引っかかっているらしく、歩きながらも納得してない様子だ。

「ほ、ほらっ 杏仁屋がありましたよ!」
 話題を逸らそうと見つけた店に駆け寄る。
 不機嫌オーラの陛下を背にして、さっきもらった割引券で杏仁を1つ買った。
(これで機嫌がなおると良いけど…)

 冷たいスープに白い杏仁が浮いていて美味しそうだ。
「食べますか?」
「……」
 むっとしたまま返事がない。
 仕方がないので夕鈴が先に食べてみた。
「あ、おいしー」
 一口食べて、あっさりとした甘さに感心する。
「…ほんとに?」
 陛下がちらりと興味を示した。
 よし、と思ってすかさず器を差し出す。
「食べますか?」
「…、うん、僕にもちょうだい。」
 陛下が口を開けてきたので、レンゲで掬って陛下の前まで運んであげた。
 自然な仕草でそれを受け入れて、彼は夕鈴の手から直接口にする。

「―――ほんとだ、美味しいね。」
「っ」
 その笑顔が近くてドキリと心臓がはねた。
 …杏仁のおかげで機嫌は直ったみたいだけど。
 もう一口と彼が言うので、同じ動作を繰り返す。

(……恋人同士みたい…)
 ふと思ってから、自分の思考にハッとなった。

『お忍びデートじゃな!?』
 ついでに老師の嬉しそうな顔が浮かんで、慌てて打ち消す。

(だから違うってば!!)

「夕鈴?」
「な、何でもないです!」
 訝しげに聞いてくる陛下に赤い顔を見られたくなくて、急いで杏仁に視線を落とした。










 夜通し行われるお祭りはまだまだ終わる気配を見せない。
 さすがに夜も更けると子ども達の姿は消えたが、大人はまだまだ元気そうだ。

「お土産を持って帰ったらバレちゃうでしょうか。」
 たくさんの出店が並ぶお祭りではどれも目移りしてしまって困る。
 飴細工も綺麗だったし、アクセサリーもたくさんあってときめいた。
「老師にはお世話になったし…」
 李順さんへのアリバイも頼んでいるだけに、手ぶらで帰るのは忍びない。
「んー 小さいものなら大丈夫じゃないかな?」
 陛下の提案で、老師へのお土産選びをすることになった。


 わたがし、焼き栗、りんご飴、、

 老師だからやっぱり食べ物だろうというのは、夕鈴も陛下も同じ意見だ。
 ついでに自分達も食べ歩きながら、食べ物の店を中心に回った。
「あ、これ お米をつぶして焼いたお煎餅だそうですよ。」
 数件目で珍しいお菓子を見つけて立ち止まる。
 一つを味見させてもらって、甘いような塩辛いような不思議な味に惹かれた。
 これなら老師も気に入りそうだ。
「これにしようか。」
 陛下も食べてみて気に入ったらしい。
「これくださーい。」
「はいはい。」
 そんなわけで、老師へのお土産には米のお煎餅を一袋購入した。






 その店のすぐ近くの橋の傍、笛の音色に誘われて夕鈴は輪の中に入る。
 陛下は近くの飴細工に魅入っていたようだったので、軽く声だけかけて離れた。

 女性と男性が交互に奏でる音色は美しくて、人の輪はだんだんと増えていく。
 だから、最初はそこに知り合いが混じってるなんて気がつかなかった。


「夕鈴!?」
 聞き慣れた声に呼ばれてがばりとふり返る。
 この声は聞き間違えようがない。
「げっ 几鍔!!」
 さすがは幼馴染、変装してても夕鈴だと分かったらしい。
「お前、こんなところで何してんだよ。」
 確かに、王宮で住み込みバイトをしているはずの夕鈴がここにいるのは変だ。
 しかもいつもとは髪型も服も違うので、几鍔は不審そうな目をしていた。
 これで陛下も一緒だとバレたら非常にマズい。
「ちょっと遊びに来ただけ! それじゃ!!」
「あっ、待てコラッ」
 人混みに紛れて几鍔を撒くと、陛下のところへ一直線。


 まだ飴細工の店にいた陛下の袖を強く引く。
「すみません、バレちゃいました!」
 こうなったらこれ以上はここにいられない。

「―――じゃあ逃げようか。」
 彼が手を差し出したのでしっかり握って、2人で一緒に駆け出した。


 その彼がとても楽しそうに見えたのは、やっぱり気のせいなのかしら?



















「楽しかった?」
 人通りがなくなって、前を歩く陛下が後ろをふり返って尋ねてくる。
 手は繋いだまま。けれどどちらもそのことには触れない。

「はい! ありがとうございました。」
 行けないと思っていたお祭りに行けて、新しい発見もいろいろあった。
 元気良く返事をすると、陛下も嬉しそうに笑う。
「―――僕からもありがとう。楽しかった。」

 その言葉だけで、行った甲斐があったと思う。
 …来年もだなんて、夢のようなことを考えてしまうほど。


「また来年も行こうね。」
「え?」
「約束だよ。」


 星空の下、笑顔の貴方との約束――――





2011.5.13. UP



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お題:陛下と夕鈴がこっそりふたりで下町の夏祭り(縁日?)に行く(原文)

何巻のどこ辺りってわけでもないですが。ほのぼのーっと。
参考文献(?)はふしぎ遊戯です。当時すっごいはまってましたー☆ 
この頃からすでに中華ファンタジー好きだったらしいです。

まあ雰囲気だけでネタは全然違いますけど。
つか、金魚って昔は上流階級のものだったらしく、金魚すくいとかないと思うんですが。
中華ファンタジーだし! 眼鏡もあるし良いよね!ってことで(笑)

ももぱんだ様からは日本風にわたがしとかヨーヨー釣りとかもネタをいただいてました。
ここにオマケで。(↓)
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@わたがし
「わ、これ ふわふわしてて甘くて美味しいねー」
「わたがしっていうんですよ。お祭りのときしか食べられないんです。」
「あれ? 夕鈴の、色が違う。」
 彼のは白いが夕鈴のはピンク色をしていた。
 おもむろに夕鈴が持っている方をぱくりと食べる。
「…味は同じだ。」
「あ、当たり前ですよっ」
 何気ない距離感が心臓に悪い。
(あっさりとそういうことをしないでほしいんですけど…!)

@ヨーヨー
 ぼよんぼよんと気の抜ける音が楽しいらしく、さっきヨーヨー釣りでとったそれを何度も
 叩いて遊んでいる。
「器用ですよね…」
 夕鈴はヨーヨーも結局釣れなかった。
「欲しい?」
「いえ、別に…」
 ふと、子どもの泣き声に2人ともふり返る。
「ボクもあれ、ほしー!!」
 子どもの指差す先は、陛下の手元。
「…これ?」
「みたいですね。」
 ゴムを指から外して子どもの手に乗せる。
「あげる。」
「ホント!?」
 泣いていた子どもがぱあっと笑顔になった。
「僕はもういっぱい遊んだしね。」
 横にいた母親もお礼を言いながら、親子は人ごみに消えていった。
「優しいですね。」
 夕鈴がくすりと笑う。
「―――カッコ良い?」
「まだそれ言ってるんですかっ!?」
 結局その言葉は最後まで言えなかった。

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ももぱんだ様、お待たせしました!
遅くなりましたが、こちらの品を捧げます。(返品可)
面白くてネタが出すぎました、すみません。
ありがとうございました! 次も頑張ります!(笑)
 


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