子守唄
      ※ 25000Hitリクエスト、キリ番ゲッター ともりゅう様へ捧げます。




 日差し麗らかなお昼前、夕鈴は陛下に呼ばれて彼の部屋に向かっていた。
 夕鈴がお茶の誘いに行くことはあっても、陛下に呼び出されるのは珍しい。

 何かあったのかなと思いながら、先導の女官について夕鈴は彼の部屋に入った。




「夕鈴。」
 来てくれたかと、彼は夕鈴の来訪を待ちわびたかのように微笑む。
 演技過剰な陛下のそれに赤面しつつ、彼女は何とか作りものの笑みを返すことだけはでき
 た。
「陛下、どうされ…」
 尋ねようとした夕鈴の言葉が途切れる。
 彼女の目に入ったのは、彼の胸に収まっている"もの"。

 ―――どう見たって"赤ん坊"だ。
 ぐっすり眠っているようだけれど、間違いなく。

 と、いうことは…

「……隠し子!?」
「…夕鈴。」
 同じセリフでも、今度は眉を寄せて。
 わずかに身を引く彼女に違うと目で訴える。


「女官の子どもだ。」
 言い訳のように聞こえなくもないなと思った。
 彼の言葉は夕鈴の疑問を完全に払拭するには至らない。
「それをどうして陛下が?」
「いや、持たされてな。他の者は皆忙しそうなんだ。」

 …聞きたいのはそこではないのだけれど。

 周りに人がいるので下手なことは聞けないが、少し質問を返ることにした。
「…えーと、どうして女官の子どもがここに?」
 陛下が抱いているという事態がまず有り得ないのだが。
 とりあえず、まずその子の母親である女官はどこにいるのだろう。
「その女官は彼女の夫に届け物があったらしく、ついでに顔を見せに後宮に寄ったらしい
 のだが。話をしている途中で気分が悪くなって倒れたそうだ。」
「えっ!? その方は大丈夫なんですか!?」
「ああ。疲労からくる発熱だそうだ。少し休めば良くなるだろう。」
 その程度なら安心だとホッとする。
「ただ、夫が迎えに来るまではここで休んだ方が良いだろうと。」

 その後の陛下の説明によると、それで女官の何人かはその女性に付いているらしい。

「それまではここで見ることになったんだが…」
「その子を見る人がいない、ということですね。」
「ああ。」
 陛下に持たせているのだから相当だ。
 元々陛下の傍には最低限の人数しか置いていないので、人手が足りなくなるのは当然のこ
 とだった。


「……ふ、…」
 話し声がうるさかったのか、彼の腕の中の赤ん坊が目を覚ます。
「うぇ…ふ……あぁーん!」
 むずがったかと思うと、突然火がついたように泣きだした。
「ゃ、あ――んっっ」
 慣れ親しんだ母親の腕ではないからだろうか。
 泣きながら赤ん坊は陛下の腕から逃れようともがく。
 軽い赤ん坊の力でどうこうできるわけでもないが、安定しないためにいつ落ちるかの危険
 はあった。
 傍目には分からないが、どうやら動揺しているらしい陛下は抵抗を抑えるだけで精一杯。

「…お貸し下さい、陛下。」
 見かねた夕鈴が彼の手から赤ん坊を受け取る。
 そうしてその子の軽く背を叩いて揺らすと、赤ん坊はぴたりと泣き止んだ。
「不安だったのよねー」
 優しく語りかけると、ことりと頭をもたげてくる。
 赤ん坊特有の体温と肩にかかる重みに懐かしさを得て、夕鈴は小さく微笑んだ。

「…さすがだな。」
 その声にどこかほっとした雰囲気を感じたのはおそらく間違いないと思う。
 夕鈴もそこで自分が呼ばれた意味を理解した。
「頼めるか?」
「はい。」

 ――――それで。ほんの少しでも、貴方の役に立てるのなら。








 陛下は人払いをしてから、自室で仕事(デスクワーク)を始める。
 目の届く範囲が良いだろうと、夕鈴は長椅子で赤ん坊と遊ぶことにした。

「うー」
 赤ん坊は夕鈴の膝の上に座って、楽しそうに彼女の袖を弄っている。
「気に入ったの?」
 ひらひら、ふわふわ。触り心地の良い絹は赤ん坊にも心地良いものらしい。
 声を上げて握っては、口にくわえてみたりしていた。
「ふにふに、やわらかほっぺねー」
 夕鈴は上機嫌で赤ん坊の頬をつつく。


 クスクスと、夕鈴の柔らかな笑い声。
 黎翔は手を止めて、長椅子の2人を眺め見た。

 夕鈴と赤ん坊が戯れる光景。
 ―――変な錯覚を覚えてしまいそうだ。




「…あら、おねむ?」
 カクンとうなだれる頭を支えて持ち上げる。
 同じリズムで背中を叩いて、囁くように歌を紡いだ。


 つきにいだかれ、ねむれ、ねむれ、
 かわいい、わたしの、いとしごよ、、


 夜ならきっと溶けて消えていた。
 彼女の歌声は黎翔の耳にも優しく届く。

 書類は一向に進まず、彼女の声だけが耳に残った。



 すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてきたのを確かめてから、夕鈴はそっと赤ん坊を横た
 える。
 それからもうしばらくは胸の辺りを叩いてあやしていたが、完全に寝入ってしまうとそっ
 と音を立てずに立ち上がった。

「陛下、ちょっとこの子を見ていて下さい。お母さんの所に行ってきます。」
「え、なんで?」
 起こさないように互いに小声だ。
 黎翔が聞き返すと、彼女は彼の机に寄る。
「おむつの替えとかもらってきます。」
 すぐに戻ると彼女は言うが、どうしても不安は拭えない。
 もし起きて泣かれてしまっても黎翔にはどうすることもできないのだ。
「大丈夫です。すぐには起きませんから。」
 軽く言って夕鈴は手を振って部屋を出ていく。
「起きたらどうするの!?」
「適当にあやしといてくださーいっ」
 それだけ言って夕鈴の声は遠ざかった。

 …その"適当"が分からないんだけど。
 狼陛下は政や戦に長けていても、子育てには何の役にも立たない。

 じっと赤ん坊が眠る長椅子を見る。
 どうせ気になって仕事にはならないし、書類は早々に投げ出して席を立った。



 音を立てずに長椅子に近づく。

 柔らかくて小さくて弱い、不思議な存在
 黎翔にとっては未知の生物だ。

「…ぅ……」
 気配は消していたつもりだが、敏感な赤ん坊は何かを感じ取ったらしい。
 マズい、と黎翔が思ったときには遅かった。

「ぅわぁ―――んっ」
 耳をつんさぐほどの大音量で泣きだしてしまう。
「え、ちょ、」
「や――――ッ!!」
 どうしようかと本気で思った。
 この声を聞いて夕鈴が戻ってきてくれれば良いが、その間このままにしておくこともでき
 ない。
 必死で夕鈴の仕草を思い出す。
 黎翔の手から受け取って、彼女は何をしたんだったか。

「―――…おいで。」
 泣きじゃくる赤ん坊におそるおそる手を伸ばし、抱き上げると片手で支えて抱き寄せた。
「ええと、大丈夫、大丈夫だから…」
 たどたどしい手つきで、極力力を入れないように背中を叩く。
 部屋を歩き回って適度な振動を与えて。
 規則正しいそれに赤ん坊が落ち着くまで、根気強く黎翔は繰り返し続けた。


 再び赤ん坊が眠りに落ちる頃、初めての経験にどっと気疲れした黎翔はそのまま長椅子に
 深く座り込む。
 重さは何ということもないが、今までにないほど気を使った。
 やっぱり黎翔にとってこの生き物は未知数だ。
 心底嬉しそうに相手ができる夕鈴を本当に尊敬した。








「陛下ッすみません!」
 何だかんだ話していたら遅くなってしまった。
 部屋に入りつつ謝ると、室内は何故か静まり返っていた。

「―――あら。」
 部屋を見渡して、長椅子の光景を目に入れた夕鈴は数回瞬く。
 肘掛けに頬杖を付いて眠る陛下と、その彼に抱かれて安心したように眠る赤ん坊。
「…親子みたい。」
 クスリと笑って、夕鈴は手近にあった上掛けをそっと2人にかけてやった。

「…、…あれ、ゆーりん?」
 離れようとしたすぐに彼は目を覚ます。
 眠そうに瞬きを繰り返し、夕鈴の姿をぼんやりと捉えた。
「起きてしまわれましたか。遅くなりました。」
「…うん、でも僕頑張ったよ。」
 ほにゃっと表情を崩して言われて、夕鈴は何があったかを察する。
 それでこの状況か。
「ありがとうございました。本当の親子みたいですよ。」
 言いながらくすりと笑う。
 何ともほほえましい光景だ。これが冷酷非情の狼陛下だなんて誰が信じるだろう。

「…君以外に子を産ませる気はないが。」
 上掛けから出てきた手が、夕鈴の手首を掴む。
 それに返す夕鈴の表情は少し呆れ気味だ。
「……、寝ぼけておられますか? 私は貴方の子は産めませんよ。」
 寝言だろうと夕鈴は軽く流す。
 一瞬押し黙ったような陛下だったが、結局それ以上は何も言われなかった。











 次に赤ん坊が目を覚ましたときにはすでに日暮れ前。
 迎えが来る前にと、庭に降りて3人で夕焼け道を散歩した。

 すっかり懐いた赤ん坊は黎翔の手に収まり。
 夕鈴はその隣で赤ん坊に笑いかける。

 離れて見守る侍女達がたまに隠れて何事かを囁きあっていた。
 …だいたい想像は付くけれど。
 元々、彼女達に映る自分達は仲睦まじい夫婦なのだ。
 今更話が一つ増えても対して変わらない。


「成長すれば忘れてしまうのかもしれないが…」
 彼は言葉も分からぬ赤ん坊に話しかける。
「お前は国王陛下に抱かれた貴重な存在だ。」
 ついでに、泣き出し困らせ、一緒に眠った。
 狼陛下相手にここまでできたのはこの赤ん坊くらいだ。
 この子の両親がそれを知ったら大変なことになるだろうが。

「いずれ官吏になったときには、存分にからかってやろう。」
「まあ。」
 黎翔が微笑み、夕鈴も笑う。
 赤ん坊だけが意味が分からずきょとんとしていた。












 そうして空が闇色に染まる前に、女官の夫が母子を迎えにきた。
 夫婦は大変恐縮しながら赤ん坊の世話をした妃に礼を言って帰っていった。
 陛下がそこにいると卒倒しかねないので、彼は先に自室に戻っていたけれど。


「――――寂しそうですよ、陛下。」
 長椅子に座って手をじっと見ていた陛下の隣に座る。
 からかうような声音にむっとして、彼はお返しとばかりに夕鈴を腕の中に抱き込んだ。
「ちょ、陛下!?」
「…抱き癖が付いたかな。」
「何を言ってるんですかっ 嘘付かないで下さい!!」

 バレたか。

 そう思いつつも離そうとはしない。
 真っ赤になってもがく彼女と一緒に長椅子に倒れ込んだ。
「陛下ッ」
 上に乗る形になった夕鈴は慌てて退こうとするけれど、それも許さず腕の中に留める。

「子どもはもうちょっと先で良いかなー 疲れちゃった。」
「後も先もありませんからっ」
「えー」





 つきにいだかれ、ねむれ、ねむれ、
 わたしの、かわいい、いとしごよ、、



 耳に残る心地よい歌声


 今宵僕も、月に抱かれて夢を見れるだろうか――――?








2011.5.16. UP



---------------------------------------------------------------------


お題:女官から預かった赤ちゃんを夕鈴と陛下がお世話する(原文)

「日向のような」の続きみたいなのにしようと思って結局止めたのは、
―――単に隠し子ネタを書きたかったからです(笑)
浩大に言わせても面白かったかも。
でも、今回は夫婦オンリーにしてみました。

陛下の子育て奮闘記(違)
夕鈴は子守が上手そうな印象ですが、陛下は苦手そう。
何だか末っ子タイプな気がします。夕鈴は完全長子タイプ。
本当にこの2人に子供が産まれてもこんな感じなのかな〜とにまにましてました♪

ともりゅう様へ捧げます。素敵なリクをありがとうございました!
返品は随時受け付けております(笑)



BACK