心ときめかす愛の薬 +




「??」
 目覚めたら、見慣れない場所にいた。
 自室よりも大きな寝台、肌触りの良い寝具。
 下ろされた垂れ幕の向こうにはぼんやりと明かりが見える。
 室内の暗さから、今が夜だということは分かるけれど。

「ここは…どこ?」

 何をしていたらこんなことになるのだろう。
 記憶をどうにか手繰り寄せ、掃除が終わって栄養剤を飲んだところまでは思い出した。
 でも、その後はよく覚えていない。
「私、いったい何を……」

『夕鈴―――…』

「〜〜〜!?」
 突如思い出して全身真っ赤になる。

 夢の中のあの人の甘い声。
 愛しい誰かを呼ぶ時のような、切なさと熱を持った低い声。
 甘すぎて溶けてしまいそうになった。

(ぎゃ――――ッ なんて夢を見てんのよ私!!)

 恥ずかしくなって頭を抱え込む。
 状況も分からないし、何でそんな夢見ちゃったのかも分からない。
 軽いパニックを起こした夕鈴は、何とか忘れようと寝台の上で何度も頭を振った。


「―――夕鈴? 起きた?」
 少しばかり躊躇いがちに呼ばれて、夕鈴はがばりと顔を上げる。
 耳慣れた声は夢の中とは違っていて、少しだけ落ち着きを取り戻せた。
「は、はい!」
「入るよ?」
 一応了解を得る形でありながらも、返事をする前に彼は薄布を押し上げて入ってくる。
「陛下…」
 顔は赤くなっていないだろうか。でも、暗いから分からないかもしれない。
 そう思うとちょっとだけ安心できて、そろりと陛下の方を見上げた。

 彼は執務の時のかっちりとした服ではなく、寛いだ様子の部屋着だ。
 それで1つの結論に至る。
「…ひょっとして、ここ、陛下の寝台ですか?」
「ああ、やっぱり覚えてないんだ。」
 夕鈴の様子に陛下は複雑そうな表情で苦笑いを返してきた。
「夕鈴ね、倒れたんだよ。」
「え!?」

 全く全然覚えていない。
 けれど陛下がそう言うなら、事実そうなのだろう。

「ま、またご迷惑を…」
 これで何度目の醜態を晒したことか。
 これでは李順さんに減給されても文句は言えない。
「迷惑じゃないよ。心配はしたけどね。」
 優しい陛下に申し訳なく思う。
 この人が優しいから、甘えてしまいそうになる。それじゃダメなのに。

 そして、もう1つ気がついた。

(そうか、ここが陛下の寝台だから…)
 この人の匂いに包まれてしまって、あんな夢を見たんだと思う。

(って、何にしても恥ずかしいけど!)


「ゆーりん?」
 何も言わなくなった夕鈴を心配してか、寝台に腰掛けた陛下が顔を覗き込んでいた。
 近すぎる距離にはっとして一歩下がる。
「あっ すみません! ぼーっとしてました!!」
「そう?」
 それを彼は寝起きのせいだと思ったらしい。
 詳しく追求はされなかった。



「夕食の準備はできてるんだけど、食べる?」
 もうそんな時間なのか。

(そういえば、昼食も食べていないわ…)
 そう思った途端に空腹を感じた。

 色気も何もない正直な身体の反応に内心で苦笑いする。
 まあ、色気とか艶やかさとか、そういうの似合わないって分かってるけれど。

「……はい。お腹空きました。」
「じゃあ、一緒に行こうか。」
 くすくすと笑う彼から手を差し出されて、ちょっとだけ迷ってから自分の手を伸ばす。
 指先にちょっと触れたら、彼からしっかりと握り返された。


「――――これが夕鈴だよね。」
 まるで親子のように繋がれた手。
 前を歩く彼が立ち止まって振り返る。
「? 何のことですか?」
 不可解な呟きに夕鈴は首を傾げた。
 私はいつも私でしかない。陛下の言葉は意味不明だ。


「…何でもないよ。」
 そう笑顔ではぐらかして、彼は寝室の帳を押し上げた。






2011.5.28. UP



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お題:コミック4巻で紅珠が夕鈴にあげた栄養剤(惚れ薬)をもし夕鈴が飲んでしまったら。

…えーと、「指先」とか「痺れるような甘さ」とかも普通に置いてるのでこれも良いかなと。
お題で指定されてるならともかく、キリリクで指定ものはいけませんよね。
なのでギリギリに留めました。
ってキス(?)はしてますが。夕鈴覚えてないので今回もノーカウント。(同 お題@「唇」)
自分の脳内が危険物取り扱いですみません。
老師の話からして、紅珠の栄養剤=媚薬、らしいので、こんなんしか浮かびませんでした…


これを書きながら、本編陛下の自制心スゲェと思ってました。
離宮のあれです。普通は隣に寝てたら理性も吹っ飛ぶよなぁと。
うちの陛下は吹っ飛びましたが(笑)


JUMP様、遅くなってしまって申し訳ありませんでした(土下座)
雰囲気違う!とか思われましたら、返品可ですので! 


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