※ 35000Hitリクエスト、キリ番ゲッター JUMP様へ捧げます。




 静かに静かに雨が降る。
 数日降り続いた雨は、枯れることを知らないかのように今も降り続けている。

 なかなか晴れない空を見上げて、彼女は「晴れたら散歩に行きたいですね」と言った。


 ―――けれどまだ、その約束は果たされていない。





    明日、晴れたら。
(…くだらない。) 玉座に座り居並ぶ臣下を見下ろして、国王 珀黎翔は内心で吐き捨てる。 朝議という場は国のことについて議論するものではなかったか。 しかし先程から聞いていれば、自分のことしか考えていない発言の数々。 いつまで経っても意見は平行線を辿るばかりだ。 「……話にならんな。」 冴え冴えとした声は思ったより広く響いた。 その場がしんと静まり返る。ようやく我に返ったようだが今更だ。 「私はなくとも構わん。これ以上無駄な時間を費やすのなら、この件は即刻」 「―――申し訳ありません、陛下。我々の配慮が至りませんでした。」 発言したのは氾大臣だ。 この場で発言できそうな者は彼を含めて数名ほどしかいない。 「この件につきましては、後日また提案させていただきたく存じます。」 「それは何年後の話だ?」 嘲るように笑って言うと、彼は表情を変えずに涼しい顔で返す。 「10日後でいかがでしょう。」 裏が読めない穏やかな笑み。 だが、彼がそう言うのならおそらく確実に10日でどうにかするのだろう。 「それは楽しみだ。」 全く楽しそうではない冷たい声で、狼陛下は居並ぶ臣下を一瞥して言った。 「しばし休む。誰も近づけるな。」 午後の会議との間の僅かな休息のために部屋に戻ると、黎翔は即座に外套を脱ぎ捨てて無 造作に放る。 昼食は要らないと言いおいて、振り返ることもなく寝室の方へと向かった。 李順が何かを言いたそうな気配がしたが、今は何を言われても聞く気はない。 「…分かりました。」 黎翔からいつにない不機嫌さを感じ取った李順は、いつものような嫌みも言わずにその背 中を見送った。 寝室に入ってすぐに長椅子に横になる。 普段なら短時間でもすぐに眠れるはずだが、今日はなかなか意識が落ちていかなかった。 今日は午後からも本殿での執務、またあの狸共と顔を合わせなければならない。 食事よりも休息を選んだのは、このままでは苛立ちから冷静さを失うと思ったからだ。 もしそうなれば場が混乱するのは確実だ。 狼陛下は冷酷非情ではあるが、見境がないわけではない。 冷静で正しい判断を下せるからこそ、国を治めることができるのだから。 「――――…」 瞑っていた目を再び開く。 さっきと何も変わらない天井を見つめていると溜め息が零れた。 少しでも眠った方が良いと分かっているのに眠れない。 小さいはずの雨の音さえも気になってしまって。 この雨のせいで夕鈴との約束はずっと延びっぱなしだ。 ただでさえ忙しくて、最近は会えないのに… (…ああ、イライラの原因の一つは彼女の姿を見ていないからか。) 再び目を閉じ、今度は彼女の姿を思い浮かべる。 彼女の「お帰りなさい」を聞いて、笑顔を見つめて、そしてあの髪に触れることができた なら… ―――夕鈴、 声無き声で彼女を呼ぶ。 今、彼女は何をしているんだろう。 「っ!?」 突然、ピタ と額に冷たいものが当てられて、何事かと黎翔はビクリとして目を見開いた。 「あっすみません。起こしてしまいましたか?」 ぱっと彼女は額に乗せていた手を引っ込める。 薄暗い部屋の中で、彼女の薄い髪色はそこだけきらきらと光って見えた。 「…夕鈴?」 思い浮かべていた彼女がすぐ目の前にいる。 そのことに驚き、気がつかなかった自分にもっと驚いた。 人払いをしていて油断していたとはいえ、自分は彼女に対して驚くほどに警戒心がなさす ぎる。 それではいけないと分かっているけれど、何があっても味方だと言った彼女の言葉を、自 分は無意識に信じているから。 「苦しそうにされていたので、熱でもあるのかと思って…」 心配そうに覗き込んでくる夕鈴に気づかれないように、黎翔はふっと息を吐く。 「―――大丈夫。午後からのことを考えていただけだから。」 気分が悪いわけじゃなくて機嫌が悪かっただけだ。 そこは言わずに、半身を起こして小犬の顔でにこりと笑んでみせた。 「そう、ですか…」 けれど、黎翔の応えに対して彼女は少しだけ困った顔で俯く。 それは、それでは納得できないとでもいいたげに見えた。 (…どうして、そんな顔をする?) 普段はそんなことは思わないのに、その表情に苛立ちを覚える。 君はただ騙されてくれれば良い。 隠した感情にも心に掬う闇にも気づかずに、与えられるものだけを受け入れてくれれば良 いのに。 笑顔の裏を気遣う必要なんてない。まだ覚悟していない君には。 「でも陛下、やっぱり顔色が良くないですよ。時間になったら起こしますから、寝台の方 に行かれた方が…」 「いい。」 拒むと彼女はもっと心配そうに眉を寄せる。 そんな顔をさせたいわけじゃない。でも繕うほどの余裕もなかった。 ―――入り込むな惑わすな。 この手に落ちる気もないくせに。 「でも…」 「私に構うな!」 強い口調にびくりと彼女が震える。 しまったと思ったときには遅かった。 「す、すみません…」 しゅんとした夕鈴から小さな声で謝られる。 違う、そうじゃない。 彼女が悪いところなんて一つもないのに。 「―――ごめん。」 これ以上君の傍にいてはいけない。…いたくない。 「頭を冷やしてくる。」 目を逸らしたまま彼女の横を通り過ぎる。 「え、陛下!?」 戸惑う彼女も置き去りにして、黎翔は足早に寝室を飛び出した。 雨降る庭に降り立つ。 静かな雨は痛くもないが、長い雨に地面はぬかるみ、植物は皆 重さに項垂れていた。 天を仰ぐと冷たい雫が降り注ぎ、額を頬を流れて伝い落ちていく。 その先に見た暗く淀んだ灰色の空は、自分の気分にぴったりだと思った。 「…カッコ悪いな。」 呟いて深く溜息をつく。 あの時の彼女の顔… 絶対傷つけた。 ―――イライラを彼女にぶつけてどうする。 彼女は何もしていないのに。 頭が冷えれば、自分の言葉がどれだけ理不尽だったか分かる。 人の善い彼女が心配しないはずがないのだから。 見せないはずの感情だった。 それを隠せなかった自分に腹が立つ。 「嫌われたらどうしようか…」 自分の言葉にまた凹む。 それも怖い。 この手には掴めない少女。 それでも手放せないのに、その彼女が離れてしまうなんて耐えられない。 傷つけてでも壊してでも、手に入れようとしてしまいそうになる。 …だから、嫌われないように、大事に大事にしていたのに。 「大丈夫ですか?」 不意に肩に触れる手のひら。 黎翔は反射的にがばりとふり返った。 「夕鈴!?」 「はい?」 名前を呼ばれた彼女は首を傾げながら応える。 そこには自分と同じように雨に濡れた彼女が立っていた。 「…やっぱり届きませんね。」 一生懸命手を伸ばしているけど届かなくて夕鈴は残念そうに諦める。 何をしようとしているのか分からなくて見つめ返すと、彼女は少し困ったように笑った。 「今すっごく陛下の頭を撫でてあげたいんですけど、ちょっと届きませんでした。」 言葉と笑みに、ふわりと心が温かくなる。 同時に自分の不甲斐なさにまた凹んだ。 「…どうして傷つけた僕が慰められてるんだろ。」 呆れたのは自分にだ。 どこまで彼女に甘えれば気が済むのかと。 「? 誰かを傷つけたんですか?」 「君がそれを言うかな…」 本気できょとんとしている彼女にガクリと肩を落とす。 傷つけられた本人から言われるとは思わなかった。 「どうしてですか? 私は傷つけられていませんし、傷つけられた覚えもありません。」 きっぱりと彼女は言う。 思わず顔を上げた黎翔を夕鈴は真っ直ぐに見た。 前髪から雫がぽたりぽたりと落ちていく。 それを気にした風もない、強い意志を持った榛色に心ごと射抜かれた。 「夕、鈴…?」 小さく紡いだ愛しい名前に彼女はふと表情を緩める。 姉のような母のような、そこにあるのは激しい恋情ではなく穏やかな慈愛。 「むしろ陛下の方が、泣きそうな顔をしていましたよ。」 だから、慰めたかったのだと。 (どうして君は"そう"なのかな…) 濡れることさえ躊躇わずに来てくれる。 君の行動はいつも誰かのために。 ―――それは見返りを求めない善意。 落ちる気はないくせに、君は僕に手を差しのべる。 僕の"想い"とは違う、それより大きく優しくて、とても残酷な"想い"で。 「夕鈴には敵わないなぁ…」 それでも、そんな君だから僕は惹かれてしまうのだけど。 「たまには勝たせてください。」 何も知らない純粋な少女は、複雑な表情の黎翔にそう言って笑った。 「早く戻りましょう。風邪を引いてしまいます。」 雨に濡れて重くなった裾を夕鈴が引く。 (…こんな時も君は僕が先なんだね。) 「それは君もじゃないかな。」 「私はこれくらい平気ですよ。」 「僕だって平気だよ。」 言い合ってから、目を合わせて同時に吹き出す。 「―――戻ろうか。李順に見つかる前に着替えないと。」 自然を装って手を繋ぐと、彼女は少しだけ躊躇ってから隣に並ぶ。 互いに冷えた体温が、触れ合ったそこだけ温かくなった。 「何してるんですかって怒られますね。」 怖いと言いながらもふふふと面白そうに笑う。 君の笑顔が、見れて嬉しい。 いつもこんな風に笑っていて欲しいんだ。 それはとっても難しいことだけど。 「…あれ?」 いつの間にか雨が止んでいて、雲の隙間から光が射し込んでいる。 池に映る虹を見て、夕鈴は顔を上げた。 見てくださいと指をさす彼女に促されて黎翔も同じ方を見る。 「やっと止んだね。」 「はい。これで約束が果たせますね。」 晴れたら散歩に行こうと、それが君との約束。 「じゃあ着替えたらすぐに行こうか。」 「ダメですよ。午後からも仕事でしょう。」 しっかり者の彼女にぴしゃりと言われてしまう。 サボらせてくれない厳しい彼女に内心苦笑いしつつ、仕方ないねと残念そうに言った。 「お散歩は明日のお昼にしませんか? お菓子を持って、四阿でお茶なんてどうですか?」 「え、夕鈴の手作り?」 期待を込めて聞いてみる。 すると彼女は恥ずかしそうに目を伏せて頷いた。 「はい。たくさん作っておきますね。」 イライラなんて全部吹き飛んだ。 午後からも頑張れそうな気がする。 明日、晴れたら。君とお散歩。 でも今は、虹の下を君と手を繋いで、ね。 2011.6.19. UP
--------------------------------------------------------------------- お題:苛々している陛下は、心配してる夕鈴に何かを言われて、陛下はついつい心にも 無い事を言っちゃって夕鈴が悲しんでその場を逃げます。 最後は甘く仲直りというシチュエーションで♪(原文) 甘いのかどうかは疑問が残るところですが。 なんか、陛下がヘタレに見えてしまうような気がしないでもないんですが。 ヘタレじゃないんです。凹んでるだけです。と言い訳してみる。 つまり、陛下の機嫌を直せるのは夕鈴だけという話?(笑) 夕鈴を部屋にやったのは李順さんの差し金とかいう裏話はここだけにしておきます。 ちなみに隠し(?)リクは雨でした。 ので、2人して雨に濡らしてみたり。 本当は回廊での会話だったんですけど。陛下蹲ったりしてたんですけど。 雨に濡れるのも良いな〜とシチュ萌えで(笑) ……風邪は引きそうにないですね、この人達。 こういう雰囲気小説は書きやすいです。 とか言いつつ、どたばたごちゃごちゃも楽しいですけど(笑) JUMP様へ捧げます。今回も素敵なリクをありがとうございました! 次回もまた楽しんで書きたいと思います〜v 返品に期限はございませんのでご自由にどうぞ(笑)


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