※ 50000Hitリクエスト、キリ番ゲッター ニコニコ様へ捧げます。




 鈍色の空から降り注ぐ雨が乾いた地面をしっとりと濡らす。

 緩やかな雨は次第に強くなり、ゴロゴロと遠くで雷鳴が聞こえ出した。


 昼間の晴れが嘘のような、灰色の夕方。


 梅雨はもうすぐ終わりを告げる――――





    熱雷
「お妃様?」 「? はーい。」 呼ばれて返事をすると、侍女は寝室の帳を上げてほっとした顔をする。 「ああ、こちらにおられたのですね。何度かお呼びしたのですが返事がなかったので…」 どうやら彼女は夕鈴を探していてくれたらしい。 声に気づかなくて悪いことをしてしまった。 「ごめんなさい。雷の音で聞こえなかったみたいです。どうかしましたか?」 「いえ、雷が鳴り始めたので、お妃様は大丈夫でしょうかと……」 少し躊躇いがちに伝えられた心遣いに、夕鈴はお妃仕様で優美に微笑む。 「ありがとうございます。でも大丈夫です。皆さんの方こそ大丈夫ですか?」 「は、はい。」 優しい言葉に感激したのか、侍女の頬がみるみる朱に染まる。 もうすでに、どうして夕鈴がここにいたのか、何をしていたのかなどの疑問は吹き飛んで いた。 ぴかりと空が光る。 音はだいぶ遅れて遠くで小さく聞こえた。 「先程まで晴れていましたのに…」 窓をちらりと見て侍女が呟く。 昼間は太陽さえ出ていて暑いくらいだったのだ。 それが今はどんよりと曇り、強い雨が降っていた。それに時折雷鳴が混じる。 「梅雨明けの雷ね…」 「何か?」 侍女が振り返ったのを見て、夕鈴は笑顔で誤魔化す。 「何でもありません。―――夕食の時間まで1人にしてもらえませんか?」 基本夕鈴は"命令"はしない。彼女がするのは"お願い"だ。 だって偽物だし、というのが夕鈴の感覚だが、その姿勢は女官や侍女には"優しいお妃様" に映った。 「分かりました。準備ができましたらお呼びします。」 だから皆、笑顔で彼女のお願いを聞き入れる。 「よろしくお願いします。」 夕鈴がもう一度笑顔で答えると、彼女は頭を下げて部屋から下がった。 侍女の姿が消えてから、夕鈴はホッと息を吐く。 その時空がまた光った。 「!? きゃっ!」 小さな悲鳴を上げて、夕鈴は頭を抱え込む。 「もぅ嫌ぁぁぁ…」 力の抜けた声で耳を塞げば、音は少しだけ遠く聞こえた。 さっきは侍女の手前我慢したけれど、本当は布団の中に逃げ込みたいくらいだった。 でも、雷が怖いなんて知られたくなくて気丈に振る舞ったのだ。 「しゅ、集中してれば怖くないわ…きっと……」 突っ伏した机の上には青慎からの手紙。今ちょうどこの返事を書いていたところだったの だ。 雷の存在を忘れてしまえば良い。そうすればきっと怖くないと、そう思って夕鈴はとにか く手紙の返事に集中することにした。 強い雨が屋根をついて大きな音を立て、時折雷鳴が混じる。 「熱雷か…」 空を見上げて黎翔は1人呟く。 梅雨の終わりを告げる雷だ。 ―――もうすぐ暑い夏が来る。 黎翔が夕鈴の部屋を訪れると、忙しなく働いていた者達は一斉に礼をとった。 「我が妃は?」 1番近くにいた侍女に尋ねれば、彼女は顔を伏せたままでもう一度深く拝礼する。 「奥の寝室におられます。夕食の支度ができるまでは1人にして欲しいと仰られて…」 「ああ、1人で梅雨の終わりを惜しんでいるのか…」 呟いて少し考える素振りをする。 そうして顔を上げると薄く笑んだ。 「…私も混ぜてもらうことにしよう。私の食事もここに。」 「御意。」 「――――?」 帳が背に落ちるのを感じながら室内を見渡すが夕鈴の姿がない。 侍女が嘘を言うはずもないし、この部屋にいるのは間違いないはずだが。 「…また鬼ごっこか、今度はかくれんぼか。」 追いかけると逃げられて、いつまで経っても彼女はこの手に掴めない。 いつか突然消えても幻だったのではと思うくらい、彼女はふらりと飛んでいく。…黎翔の 心を置き去りに。 遊ばれている気がしなくもなくて、思わず溜息が漏れた。 「まさか外には出ていないだろうが…」 机上には放置された手紙。 書きかけなのだろう。筆も近くに転がっている。 もう一度視線を巡らせると、最奥の寝台にこんもりとした山が見えた。 ぴかっと空が光ると、その山がビクリと震える。 その後で、小さな悲鳴が雷鳴に混じって聞こえた。 「……見つけた。」 黎翔は鋭く瞳を光らせてクスリと笑う。 そうして足音を立てないようにして、寝台の方に足を進めた。 「―――どうして人を呼ばないの?」 寝台に乗り上げてぎゅっと山ごと抱きしめる。 さらにその山を持ち上げて膝に乗せると、掛け布が外れて山の正体が出てきた。 現れたのはもちろん愛しい可愛い僕の妃だ。 「陛下!?」 どうしてここにと言いたげに、夕鈴は目を白黒させている。 僕以外に誰がいるのと思いながら、そこは言わずにさりげなく抱きなおした。 「誰もいないからまたどこかに行ったかと思った。」 君はいつもふらりと消えてしまうから。 その度に、本当に消えてしまったんじゃないかと不安になる。 こんな気持ち、君には分からないかもしれないけれど。 「…雷が怖いの?」 ガチガチに固まっているのは僕のせいじゃない。 それ以前に自分の状況にも彼女はたぶん気づいていないと思うし。 「ッいえ! これはただ手紙に煮詰まっただけで…!」 暗い室内が明るくなるほど、窓の向こうがぴかりと光る。 一瞬の間を置いて大きな音が光を追いかけて鳴った。 「…ッッ」 途端に息を詰めた夕鈴が顔を青ざめさせる。 顔は完全にひきつっていて、黎翔は彼女の可愛い嘘に苦笑いした。 「説得力ないよ。」 「だって…」 彼女の声はだんだん小さくなっていく。 泣きそうに潤んだ瞳もキスしたいくらい可愛いけれど、逃げられるか泣かれるかされそう なので諦めた。 「怖いなら怖いって言えば良いんだよ。どうして誰かに頼らないの?」 目の前に黎翔がいるのに、彼女は手を伸ばそうともしない。 まだそこまで気を許してもらえていないのかもしれないけれど。 「……頼るってどうやるんですか?」 そう逆質問を返した彼女の瞳には本物の疑問の色が浮かんでいた。 「…え?」 予想外の返しに黎翔は目をぱちくりさせる。 「どうって… 雷が怖いなら僕に言えば」 「これくらいのことで陛下になんて言えません!」 冗談ではないと、彼女はぶるぶると首を振った。 「震えてるのに…」 「大丈夫ですから!」 頑なだなぁと思う。 でも頼らない理由も分かる気がした。 彼女は本当に知らないんだ。 「―――こうすれば良いんだよ。」 言葉が彼女の耳に届くのと同時に正面から抱き込む。 「!?」 「怖いなら、目を瞑って縋り付けば良い。」 その時、ドォンと一際大きな音が鳴った。 「きゃあ!!」 ぎゅうっと夕鈴が黎翔の胸元を強く握る。 その背中をぽんぽんと優しく叩いてやった。 「それで良いんだよ。」 小さく笑うと彼女の身体から少しだけ力が抜ける。 …それが嬉しかっただなんて君は気づかないだろうけれど。 「君は僕の花嫁だから、君が僕に頼るのは普通のことだよ。」 気づいて、とは言わないけれど知っていて。 僕は君に頼って欲しい。 それは僕に許された特権なんだ。 「でも、雷が苦手だなんて意外だな〜」 「あの音がダメなんです。心臓を持って行かれそうで…」 まだ心臓がドキドキいっていると、顔を上げた夕鈴は眉を下げる。 その手の小さな震えも黎翔は見逃さなかった。 「―――今度からは僕を呼んで。すぐに行くから。」 君が憂うものは全て取り除いてあげる。 君を傷つけるものは何であっても許しはしない。 "狼陛下"の名にかけて誓う。 「でも…」 躊躇う彼女の唇に人差し指を当てて、黎翔は続く言葉を奪った。 「これも僕の仕事。これは誰にも譲れないよ。」 「……」 さらに数瞬逡巡して、その後彼女はこくりと頷く。 よほど雷が怖いのか…というのは今は考えない。 気を許してくれたのだと前向きに考えることにした。 彼女を腕に納めたまま、他愛ない話を繰り返す。 怖がらないようにできるだけ楽しい話を、彼女が笑って話せる話題を。 そのうち、雷の音は少しずつ遠ざかっていった。 「この雨が上がれば夏だね。…夕鈴?」 安心したのか、いつの間にか彼女は寝ていた。 規則正しい寝息はすっかり緊張を解いている証拠。 「…あんまり信頼されるのも辛いものがあるんだけどな。」 複雑な心境で苦い顔をする。 頼って良いとは言ったけど、無防備になれとは言っていない。 目の前には君を食べようとしている危険な狼がいるのに。 「…襲っちゃうよ?」 呟いてみたけれど、腕の中の彼女は逃げない。 それどころかぎゅっと服を握りしめてくる彼女があまりに可愛くて、狼の牙も爪も引っ込 んでしまった。 「…ねぇ、夕鈴。それ天然?計算?」 いつだって僕の方が振り回されている。 深い眠りに落ちた彼女はそれでも目を覚まそうとしない。 「…夕食の時に起こせば良いか。」 それまではこのまま、2人きりの世界で。 それでも良いかと思った。 雷の音は遠い。 ―――夏はもう、すぐそこに来ていた。 2011.7.22. UP
--------------------------------------------------------------------- お題:雷に怯える夕鈴を宥める陛下 梅雨の時期にネタ出ししたのでちょっとずれてしまいました…(汗) そもそも梅雨って日本だけの概念なのかしらと思ったりもしましたが。そこはスルーで。 最近1話を読んで、ひょっとしてこれ春?って気がついて。 じゃあ本誌では少なくとも1年なのかと。 これは最初の頃のイメージです。後宮に来て最初の梅雨明けの頃。 熱雷とは梅雨明けの雷とも言われるそうです。晴れた日の午後になる雷のことだとか。 それを知って、時間も話の流れすら変えました(笑) 熱雷という響きが好きです。 さて今回、ぎゃーと叫ぶ夕鈴も王道で良いかなって思ったんですけど。 甘え方を知らない夕鈴を書きたいなとふと思って。 母親はいなくて、父親は頼りないし弟はいるし。 自分がしっかりしなきゃと思って誰にも弱音を吐かなかったんじゃないかなって。 そんな子が自分にだけは頼ってくれるって、男としては嬉しいんじゃないかな。 でも几鍔には小さい頃は頼ってたんじゃないかなぁ。…と妄想したらそれはそれで萌えた(笑) 父親が几鍔のとこに借金してると知ってから関係が変わったとか。何それ萌える! いえ、本命は陛下v夕鈴ですけど。幼馴染って関係が好きなんですよ。 っと、話が逸れました(汗) ニコニコ様へ捧げます。2回目のリクありがとうございました! 次回のリクエストもほのぼの〜な感じで楽しみつつ書かせていただきます! キリリクの返品・苦情はいつでもお待ちしております〜(笑)


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