幸せな日々 2




「―――今度は何してるの?」
 彼は去る間際の宣言通り、まだ日が昇っているうちに顔を見せた。
 椅子に座る夕鈴の様子を見てちゃんと約束を守っていることに気づいたからか、その口調
 は幾分柔らかい。

「誰かさんに怒られたので、大人しく本を読んでました。」
 意趣返しで嫌みたっぷりに言ってやると、ちょっとだけ困った顔で頭を撫でられる。
「夕鈴はすぐに無茶するから心配なんだよ。」
 していないとは言えないから反論はしない。
 …過保護だとは思うけど。


「……、今度はどっちかな?」
 ふと彼の視線が下へ降りる。
 彼は誘われるように膝をついてお腹と目線を合わせると、命の音がするそこにそっと耳を
 寄せた。
「夕鈴はどっちが良い?」
 尋ねながら彼は目だけをこちらに向ける。
 イタズラを仕掛ける子どものような瞳に小さく笑った。
「願うことは凛翔の時と同じですから。元気な子であれば私はどちらでも構いません。」

 大好きな貴方との子。
 その子を愛せないはずがない。
 男でも女でも、貴方との子である限り。

「でも、女の子だと後々大変かもしれませんね。」
「何が?」
 突然吹き出した夕鈴を彼は怪訝な顔で見上げる。
「陛下は嫁にはやらないとか言いそうです。」
「言わないよー …あ、でも夕鈴そっくりの女の子だったら可愛すぎて手放せないかも。」
 冗談めかしていながらどうやら本気っぽい彼に、今度こそ夕鈴は声を上げて笑った。




「そういえば、お茶のご用意もしてませんでした。」
 ひとしきり笑った後に、陛下が来て一度も立ち上がっていないことに気づく。
「え、良いよ 別に。」
 人払いもしているしと断る陛下を押し留めて立ち上がる。
 得意のお茶を淹れるくらいはなんてことはない。

 ――――と、思っていたのだが。

「あらあら…?」
「夕鈴?」
 卓に手をつき、動かなくなった夕鈴の肩を陛下が叩く。
 それには応えずに夕鈴は下腹部をさすった。
 さっきから感じていた違和感は気のせいではなかったらしい。

(この感じは―――…)

「…陛下、誰か呼んでください。」
 俯いた体勢のままで陛下にお願いする。
 ちょっと今はこの状態から全く動けない。
「誰かって、誰でも良いの? 夕鈴どうかしたの?」
 下を向いているから見えないけれど、小犬な陛下が心配そうにしている顔は容易に浮かん
 だ。

「ああ、産まれそうなんです。」
 あっさりと返した言葉と、彼の反応の間に少し時間が開いた。


「へ!?」


 それから、後宮中が大騒ぎになった。






























 次に黎翔の元へ連絡が入ったのは、それからわずか2時間後のこと。
 凛翔の時に半日以上かかったのとは対照的に、今回は稀に見るほどの安産だった。





「夕鈴!」
 黎翔が部屋に駆け込むと、寝台に座った夕鈴がにっこりと微笑み返す。
 その腕には新しい命を抱いていた。

「びっくりさせないでよ。」
 枕元に駆け寄って、ホッとして肩を落とす。
 いつ産まれてもおかしくないと言われていたとはいえ、まさかあの場で産気づくなんて思
 いもしなかった。
「すみません。私もちょっと予想外でした。」

(その割にずいぶん落ち着いて見えたけど…)
 あの場で動じなかったのは、夕鈴と凛翔の乳母の華南くらいだ。
 母は強しということだろうか。


「…女の子なんだって?」
「はい。」
 夕鈴の腕に抱かれている生まれたばかりの小さな命。
 凛翔もこんなに小さかったのかと思うと不思議でならない。
「どっちに似るかな?」
 赤い顔の小さな頬をツンとつつく。
 顔も手も何もかも小さくて、あまり強く触れると壊れそうだと思った。

「私は凛翔と同じ、貴方そっくりの綺麗な子が良いです。」
「僕は夕鈴に似た可愛い子が良いなぁ。」
「…それで嫁にはやらないんですか?」
 顔を見合わせて2人で吹き出す。




「ぼくもー」
 いつの間にやってきたのか、凛翔が寝台の足元でぴょんぴょん跳ねていた。
 黎翔が抱え上げて乗せてやると、ぎゅっと夕鈴の首に抱きつく。

「―――凛翔、貴方の妹よ。はじめましてって。」
 微笑んだ夕鈴に促され、凛翔の顔が下に降りた。
 母のお腹がへこんだ代わりに赤い小さな何かがそこにいる。
 途端に凛翔の目がきらきらと輝いた。
「いもーとー」
 たぶん意味は分かっていない。
 けれど、嬉しいという感情だけは確かにそこに在った。



 愛しい女性と、自分の血を分けた子ども達。
 眩しすぎる光景に黎翔は目を細める。

「…幸せすぎて、怖いな。」

 昔は…即位した頃も考えられなかった。
 己の立場を考えれば、個人の望みも夢もないに等しい。
 自分が幸せを感じることなんてないだろうと思っていた。

 それなのに、今ここに全ての夢がある。


「今でも夢じゃないかと思う時がある。」
「夢じゃありません。」
 黎翔の呟きをきっぱりと否定して、最愛の女性は光のように微笑んだ。
「私はここにいますよ、いつも貴方の傍に。―――2人の子も、確かに。」

 夕鈴が腕の中の子を差し出すのをそっと受け取る。
 確かに感じた重みと体温がその存在を現実のものと認識させてくれた。

 夢は、確かにここにある。




「―――"鈴花"。」

 自然と浮かんだ名前を口にする。
 その名は腕の中の子にぴったりと嵌った。

「鈴花?」
 夕鈴が興味深げに聞き返す。
 意味を知りたいと。

「うん。君のような愛らしい女性に育つように。」
「ッ!?」
 笑顔で言うと彼女が真っ赤になって固まった。

 ずっと変わらない。そんな君も愛おしい。



 君と出会って変わったもの、変わらないもの。
 全部くるめて今の幸せがある。


 ―――そう。
 これからもきっと、ずっと続く 幸せな日々。


 



2011.8.7. UP



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お題:未来ネタで、2人目の子供が生まれる話

本物夫婦設定がシリーズ化しているような気が…(笑)
前回が赤ん坊の話だったので、今回は産まれるまでの話。
「愛情不足〜」よりさらに未来です。
というわけで、第2子が誕生してしまいました(笑)
でも「もしも君が消えてしまったら」で子どもが2人ほど出てきたので間違いはないかと。
ついでに名前も決定です。感想の中に名前をというのがあったのでー
幼名とかそういうのは考えないでください。

今回の話を書くにあたり、子どもの言語発達について調べてみました。
…で、抽象的でよく分からなかったです(汗)
個人差ということにしといてください。←


ニコニコ様、3つ目のリクエストありがとうございました☆
一月近くもお待たせしてしまって申し訳ありません(>_<)
少しはリクエストに沿えましたでしょうか?
意見・感想・返品・苦情などは随時受付中でございますー
 


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