魅惑で誘惑? 2




(……、どうしたものかな…)
 少しの間とはいえ、目を離してしまった自分を黎翔は心底後悔していた。

 いつもの王宮での宴の席で、彼女は甘くて美味しいと 何度も銀の杯を空けていた。
 その中身を確認していなかったために、気づくのが遅れたのだ。


「へーか、どうされたんですか?」
 胸元に寄りかかった夕鈴がクスクスと笑っている。
 酔いのために口調はいつもより幼く、上目遣いで見つめる瞳は潤んでいて、本当にどうし
 ようかと思ってしまった。

(キョーアクだよねぇ、これ…)

 美味しそうな兎が自ら狼の懐に入り込んできているこの状況。
 しかも兎は誘っているかのようで、食べられても文句は言えないと思う。

(…食べちゃっても良いかなぁ。)
 そんなことを考える時点で黎翔もそれなりに酔っていたのかもしれないが、心の声は聞こ
 えないから咎める者も止める者もいなかった。
 誘惑に誘われるがまま、彼女の腰へと手を伸ばす。

「ゆ、」

「―――あ、」
 顔を上げた夕鈴がニコニコ笑って誰かに手を振る。
 そちらを見ると例のあの男――――景絽望が親しげに彼女に笑いかけていた。
 一応睨んでみたがやっぱり堪えないらしく、隣に座った男の方が震えている。相変わらず
 憎たらしい。
 些か消化不良のまま視線を戻した時には彼女は懐から抜け出していて、さらには別の方に
 も手を振っていた。

 
「夕鈴…」
「えー 手を振ってくれたから返しただけですよ〜」
 咎めると、彼女はあっけらかんと答える。
「あれ、ひょっとして妬いちゃいました?」
 今それを言うのか。しかも笑顔で。
 人の気も知らないで、地雷を踏みまくってる彼女に意趣返しをしたくなった。

「…うん、と言ったら?」
 
「えーとぉ… そうですね…」
 肩を抱く直前で今度もするりと抜け出して、夕鈴は果物が乗った皿を手に取る。
「じゃあ、お詫びにこれを食べさせてあげますー」
「……」
 言ったが早いか、摘んだ干し棗を口元まで差し出した。
 一瞬躊躇ってから彼女の手首を掴んで口に含む。いつもならそこで真っ赤になるはずの彼
 女は満足したようにただにこにこと笑っていた。

 ―――この生き物は一体何だろう。
 いつもの夕鈴と違いすぎてこっちが翻弄されている。

("小悪魔"は止めたんだよね…?)

 疑わずにはいられない。
 これがわざとならかなりの演技力だが、天然ならばもっと恐ろしい。


 これ以上は危険だと悟った。…もちろん自分の理性が。



「………李順。」
 後ろに控える側近の名を呼ぶ。
「夕鈴が酔ったようだ。これ以上は無理そうだから私達は下がる。」
 彼にだけ聞こえるように耳打ちすると、李順は夕鈴をちらりと見て頷いた。
「…時間的にもちょうど良いでしょう。ボロを出されても困りますし。」

 李順はそれを宴を抜け出すいい口実だと思ったらしい。
 簡単に了承を得られたので、彼女を抱き上げて宴を後にした。





























 夕鈴の部屋に連れてきて、そのまま寝室へと運ぶ。
 侍女達は下がらせて、寝台に彼女を下ろした。

「ふふ、ふかふかー」
 今までぴったりと首に巻き付けていた手はあっさり離れ、コロンと寝台に転がった夕鈴は
 黎翔の囲いからするりと逃げる。
 自分からは近づくのに、こちらから近づくと離れてしまう。
 …ここまでくるとわざととしか思えないのだが。
 体力的ではない疲れを感じてしまい、黎翔は腰を下ろすと深い溜息をついた。

「おつかれですねー」
「……」
 君のせいでね、とは言えずに無言で通す。
 すると何を思ったか、彼女は靴を脱ぎ捨てると端に座る黎翔のそばに寄ってきた。

「…お休みになります?」
「――――…」
 身を乗り出して下から覗き込むようにして、彼女は可愛らしく首を傾げる。
 いつもより近い距離で、彼女の吐息でさえ感じてしまう距離で。
(ダメだよ、夕鈴…)
 ぐらぐらと揺れる理性に目眩を感じながら、黎翔は彼女からそっと目を逸らした。

「へいか?」
 舌っ足らずの甘い声。
 彼女の手が黎翔の太ももに触れる。
「だいじょうぶ、ですか?」
「…ッ」
 逸らしたはずの彼女の顔が目の前に現れたのが決定打。
 潤んだ瞳と紅潮した頬と、艶やかな唇から漏れる甘い吐息と。そして触れたところから広
 がる熱。

 ―――全ての神経が彼女へと向かっていって、ギリギリで保っていた理性なんてあっさり
 吹き飛んだ。



「…誘っているのか?」
「え、」
 細い肩を掴んで寝台へと押し倒す。
 簡単に沈んだ体を縫い止めて、自分も靴を脱いで上に乗り上げた。

「へーか…?」
「煽ったのは君だ。」
 堅く締めた帯をするりと解く。
 自分が何をされているのか気づかない彼女はきょとんとして見上げるだけだ。
「そんな顔、他の男には見せられないな… 見せる気もないが。」
「…?」

 男なら誰でも食べたくなる。
 無防備で美味しそうな兎。
 …そう、無意識に誰もを惹きつける可愛い兎。

 先程の、誰にでも笑顔で手を振る彼女の姿が浮かぶ。
 面白くないと思った。


「―――君は私だけのものだ。」
「っ ひゃ…ッ」
 首筋に唇を寄せるとくすぐったいと彼女は身を捩る。
 1番上の着物を脱がせて、自分も着込んでいた服を緩めた。

「…夕鈴」
 さらりと流れる髪を梳く度に、花の香りが2人の間を漂う。
 むき出しの肩に触れ、熱を帯びた肌を撫で―――追いかけるようにそこに唇を落とした。


「ゃ…」
 甘くて美味しい私の獲物。
「夕鈴、」
 私を捕らえて離さない、魅惑の果実。


 今宵、このまま――――…



「へ、いか…ッ」
 そっと胸元に自由になっていた彼女の手が添えられる。
「ん…?」
 気づいて顔を上げると、その手にぎゅっと力が篭もった。

「陛下ッ 離れてくださ――――いッ!!」

 ドンと押されて体が離れる。
 突然のことに驚きつつ視線を落とすと、はっきりと意志を宿した榛色に見つめられた。
「な、なな…ッ、これは何事ですか!?」
 肌蹴た襟をかき集めて、真っ赤な顔で抵抗を示す夕鈴はもういつも通りだ。
 どうやら夢心地から戻ってきてしまったらしい。
「残念。酔いが覚めちゃった?」
「っっ!!?」

 やっぱりいつものお約束。
 これくらいが、らしいといえばらしいのかもしれないけれど。

(…でも、このまま引き下がるのは勿体ないな。)

 ちょっと考えて、夕鈴を抱き込んだ体勢で掛け布にくるまる。
「誘ったのは夕鈴だからね、オシオキ。」
「!?」
 離してくださいと抵抗するのは難なく押さえ込んだ。
 ちょっと力を入れてしまえば彼女は僕に敵わない。




「―――夕鈴はいつも通りが良いよ。」
 もがく彼女の耳元で囁くと、彼女の肩がびくりと震える。
「これ以上可愛くなっても困るし。」


 残念だけど、ホッとしたんだ。
 君を巻き込むところだった。

 だから、これ以上僕を誘惑しないで。
 これ以上魅力的になっちゃったら困るんだ。



(…我慢できなくなるからね。)


 



2011.9.3. UP



---------------------------------------------------------------------


お題:小悪魔な夕鈴(無意識でもわざとでもどちらでもOK)
できたら陛下にもいい思いをさせてあげれたら…!(原文)

自分が小悪魔と無縁なので、全く浮かびませんでした…orz
で、今回もネットでいろいろ調べてみたんですが、抽象的でよくわかんなくって。
…まあ、要するに、男心を弄べば良いんだな?に行き着きました。
小悪魔というかただ陛下を振り回してるだけのような気がしますが…
これが私の限界でした…orz
我が家の夕鈴(通常仕様)じゃ確実に頭突き(笑)しちゃうので、ちょっと反則技を使ったり。
酔っぱらいほどタチ悪いものはないですね。


聖様、リクエストありがとうございました☆
+遅くなってしまってまことに申し訳ありません…m(_ _)mm(_ _)m
…陛下、良い思いはしたのかなぁ?(汗)とちょっと心配です。これで良いですか??
報われないのがデフォルトな我が家の陛下なので、精一杯頑張ってみたつもりです。
ご意見等諸々は随時受付しております!

 


BACK