夢のような夢の話 -拍手再録-





※ 拍手に置いていた小ネタ再録です。下部に書き下ろしオマケ付。





「黎翔!」
 呼ばれてぱちりと目を開ける。
 目の前の夕鈴は少し呆れた顔をしていた。

「あれ……?」
「こんなところで寝るなんて器用すぎるわよ。」
 軽く見渡すと見たことがある景色、…つまり夕鈴の家。
 どうやらお茶しながら寝ていたらしい。
「ゆーりんの傍は気持ちいーんだ。」
「何言ってるの。」
 ほんにゃり気分のままに言えば、即答で気のない返事が返ってきた。


(…あれ、またあの夢だ。)
 夕鈴の態度が違うことで気づく。

 僕と夕鈴が幼馴染のあの夢。
 僕を"黎翔"と当たり前に呼んでくれる、壁がない彼女の。

 ―――夢のような夢。



「……黎翔、ありがとう。」
 最初は不審そうにこっちをじっと見ていた夕鈴が、ふと表情を和らげてそう言った。
「急にどうしたの?」
 その理由が黎翔には分からなくて首を傾げる。

「今日はずっと一緒にいてくれるでしょう? 母さんが死んだ時も、涙を受け止めてくれた
 のは…黎翔、貴方だった。」
 柔らかい微笑みにどきりとする。

「それから毎年、今日だけは何があっても傍にいてくれるわ。気づいてた。気づいてたけ
 ど、甘えてて言わなかった。」
 同時に胸の奥がずきりと痛んだ。

「だから、ありがとう。」



 ―――夢の僕は"それ"ができたんだ。

 それはなんて、羨ましい話だろう。

 "僕"はその時そこにいなかった。
 彼女の涙を止めたのが誰かさえ知らない。

 僕は、何も知らなかった… 今日が何の日かも、知らなかった。



「黎翔??」
 気がつけば、彼女を腕の中に閉じこめて抱きしめていた。
 謝罪の言葉は胸に秘めて、ただ強く。
「僕がいるよ。僕がずっと君の傍にいるから。」

 代わりにはなれないけれど、君を1人にはしない。
 誰よりも傍で、君を守るから。

「…それ、最初の時も言ってくれたわね。」
 親愛と受け取ったのか彼女は腕の中で小さく笑う。
「大丈夫よ、私は元気だわ。貴方がいるし、…青慎も几鍔もいるもの。だから寂しくない
 わ。」

 最後の方に1つ余計なものも混じっていたけれど言わずにいた。


 ―――彼女の身体はまだ離せない。













*














 静かに降る雨の音でぱちりと目が覚める。

 目の前に広がる光景は、あまり見慣れない景色。
 ただ、その先の窓辺にいた彼女だけは変わらなかった。
 ―――彼女が纏うのは、下町のそれではなくどこかのお姫様のように着飾った衣装だけれ
 ど。


 これはあの時の夢と同じなのだと気づく。
 僕は"狼陛下"で、夕鈴はその"妃"。

 とても不思議な夢。


 彼女は黙って窓の向こうにある遠くの何かを見つめている。
 黎翔が目を覚ましたことには気づいていないようだった。



 ―――音なく立ち上がり、気配を消したまま彼女に近づく。
 そして、衝動のままに彼女の身体を抱きしめた。


「へ、陛下!?」
 驚きからの小さな抵抗は抑え込んで、腕の中に閉じこめる。
 今ここで逃がす気はなかった。


「僕がいるよ。」

 これは"夕鈴"にいつも言っている言葉。
 君を1人にしないための。


 …だから、1人で哀しまないで。

 泣きそうなのに泣かない横顔は胸が痛いんだ。


「ど、どうしたんですか?」
 夕鈴はどうしてそんなことを言われるのか分からないようだった。

 ここの僕は"今日"という日を知らないのか。
 夕鈴は、教えてないのか。

 …2人の間にある壁がもどかしい。

 身分なんて関係なく、僕は君が大切なのに。
 僕が何者でも君がどんな立場の人間でも、僕は君が好きだよ。


「元気出して、ね。」
「っ」
 彼女は一瞬だけ息を詰めて、ゆるゆると力を抜いた。


「…ご存知だったんですね。」

 うん、君のことは何でも知ってるよ。

「ありがとうございます。」


『ありがとう』
 別の君の声も聞こえた気がした。


























・オマケ・

「…陛下?」
 気がついたら、いつもの後宮の夕鈴の部屋だった。
 ただ1つ、腕の中に彼女がいるのは変わらない。


「…あの、」
 しばらくして、腕の中で夕鈴がもぞもぞと動き出す。
「ん?」
 苦しいのかと思って、腕は解かずにちょっとだけ身を離して覗き込んだ。
 その顔は林檎みたいに真っ赤で可愛い。
「……そろそろ離していただけませんか?」
「どうして?」
 僕は離したくない。そう思って問い返す。
 その間にも、彼女は遠慮がちに黎翔を押して離れようとした。
「え、いえ… もう大丈夫ですから。」

 "大丈夫"は夕鈴がよく使う言葉。
 人に頼らない君が、僕を突き放すために使う言葉だ。

 ―――だから、一番当てにならない。


「―――うん。」
 肯定の言葉を返しつつ、逆に腕の力を強くする。
「へ、陛下!? 言ってることとやってることが…っ」
 腕の中で夕鈴は慌てるけれど、もちろん離したりはしなかった。

「今日はそのお願いは聞けない。」
「な、なんで…ッ」
「今日だけは、ダメ。」


 今日が何の日か知らなかった。
 最近夕鈴が沈んだ顔をしていたのを知っていたのに。

 その理由を聞けなかった。それが今は悔やまれる。



 だから、今はこの手を離したくなかった。
 知らなかった月日の分。夢の僕ができたこと、今までの僕ができなかったこと。

 ―――今までの分を取り返させて。




2012.3.16. UP




---------------------------------------------------------------------


夕鈴のお母さんの命日をそれぞれの世界視点で。
陛下が入れ替わってる設定です。

オマケは戻ってきてからの陛下と夕鈴の話でした。
どうして入れ替わったかは、私もよく分かってません。←



BACK