夢のような夢の話




 ―――気が付いたら、僕は木陰で寝転んでいた。

 目を開けると、緑の葉の間から明るい日差しが目に飛び込んでくる。
 ぽかぽかと暖かさが心地良い春の午後。…なのだと思う、たぶん。

 一体何をしていたんだったか。
 曖昧な記憶をどうにか手繰り寄せようとしてみるが、いまいちはっきりしなかった。

 久々に政務を放棄して昼寝に来たんだっけ?
 寝惚けているせいでまだ頭が働いていないのだろうか。




「あっ こんなところにいた!」
 ひっくり返った僕の頭上に突然影が差す。

 見下ろしてくる少女は、自分もよく知る―――…

「夕鈴…?」
「もう! 探したんだから!」
 僕に対して怒っている彼女は確かに夕鈴だ。
 だけど、どこか違和感があった。
 どことははっきり言えないけれど、何かが違う気がして。

「几鍔ッ 黎翔を見つけたわ!!」
 顔を上げた彼女が後ろを振り返って叫ぶ。

 彼女が呼んだその相手が誰かは分かっている。
 けれど問題はそこではなくて。

 ―――今、彼女は何と言った?


「夕鈴?」
「何? 黎翔。」
 もう一度呼びかけると当たり前のように名前を呼ばれる。
 一体これはどうしたことだろう。

 とりあえず上半身だけ起き上がって、そこで自分の格好に気づく。
 身に纏っているのは下町にお忍びで出かける時のようなラフな服だった。
 よく見ると夕鈴も妃の衣装ではない。

 辺りを見渡すとそこはちょっとした丘になっていて、この場所からは王都の様子が見渡せ
 る。
 ここが郊外で、王宮内ではないことははっきりと分かった。



「お前はまたフラフラと消えやがって。」
 土を踏む足音と共にもう1人の見知った人物が現れる。

 里帰りする夕鈴について下町に降りた時に会った、夕鈴の幼馴染の青年。
 さっき彼女が名前を呼んだ、"几鍔"という名の。

「お前がいなくなると夕鈴が心配するんだ。行き先ぐらい伝えとけ。」
「あ、うん。ごめん。」
 反射的に謝りながらもまだ状況が呑み込めずにいた。

(これは一体どういうことだ?)




「ほら、帰るわよ。」
 どうやら起こしてくれるらしく、夕鈴から手を出されたから握り返す。
 そこでふと悪戯心が芽生えて逆に引き寄せると、バランスを崩した彼女は腕の中に転がり
 込んできた。
「何するのよっ!?」
「あはは ごめん。」
 腕の中でじたばた暴れる彼女に笑って謝る。
 夕鈴は夕鈴だった。いつもとなんら変わらないその反応にホッとする。

「何 子供みたいなことやってんだ。」
 2人の様子に完全に呆れた几鍔がため息混じりに言って、ようやく2人は立ち上がった。





















 3人揃って町に戻ると、方々から声をかけられる。

「相変わらず3人仲良しねー」

「小さい頃からずっと一緒だものね。」


 察するに、どうやら僕達は幼馴染らしい。
 3人セットでいるのは当たり前の光景のようだった。

 どうして記憶と状況が違うのかとか。考えることはたくさんあったけれど。
 夕鈴が夕鈴のままだったから、別に他のことはどうでも良くなった。

 ―――夢のような光景が今ここにある。ただそれだけで。




「まぁた引き連れてんの?」
 ばったり出くわした少女が僕ら2人を見た後で、真ん中の夕鈴ににやにや笑って言ってく
 る。
「明玉… その言い方微妙だわ。」
 夕鈴は女友達の言葉にまたかと呟きながら肩を落とした。
 それでも相手はからかう気満々の顔をしていたけれど。

「で、そろそろどっちにするか決めた?」
「なっ 何を!?」
 明らかに動揺した様子で、夕鈴が声を裏返させる。
「アンタも17になるじゃない。どっちと結婚するのかってみんな気にしてるのよー」
「だからっ どうして二択なのよ!?」
「他に考えられないでしょ。黎翔さんと几鍔さんを越えてアンタに声をかけられる男なん
 ていないわよ。」
 うんまあそうだろうなと思った。
 僕が夕鈴の幼馴染だったら、他の男を近づけさせたりはしない。
「下級とはいえ貴族の黎翔さんと裕福な商家の几鍔さん。どっちにしても玉の輿よね〜」

 そうか、ここでは僕達の間に障害はない。
 だったら遠慮する必要もないのか。

「…もちろん僕だよね?」
 腰を引き寄せ耳元で囁くと、案の定彼女は真っ赤になる。
「ちょっと、黎翔までふざけないでよ!」
 そんな仕草も全部が可愛い。
 そして、"名前"を呼んでくれることが何よりも嬉しい。

「ちょっと、黎翔! 聞いて―――きゃ!?」
 いつの間にか割り込んでいた几鍔が無言で2人を引き離した。

「ったく、お前は人目を気にしろよ。」
 扱いは乱雑だが、ちゃんと転ばないように彼女の肩を支えている。
 そうして彼がこちらに向ける視線。その意味を黎翔は正確に理解した。

 ……夕鈴を挟んで三角関係か。面白い。


「別に幼馴染でじゃれるくらい良いと思うんだけど。」
 彼女の手を引いて密着していた2人をさり気なく離す。
「サイズを考えろ! この馬鹿が!」
 そのまま腕の中に囲おうとしたのは、残念ながら彼によって阻止された。

「えー 僕と夕鈴の仲だしさー」
「どんな仲だ!!」
「将来を誓い合った仲だよ。」
「嘘つけ! お前が勝手に決めたんだろうがっっ」



「愛されてるわね〜」
 ケラケラと面白がって少女が笑う。
「……その話題から離れて。」
 2人の間から逃げ出した夕鈴は疲れたようにそれだけ言った。

















*


















「―――やっぱり夢だよね。」
 見慣れた天井を見ながら呟く。
 目を覚ますと、変わらない現実の風景がそこにあった。

 夜明け前の薄暗い寝室。王宮の寝台の上。
 分かってはいたけれど落胆は隠せない。


「…夕鈴と幼馴染か。楽しかったな。」


『黎翔』

 現実では絶対に叶わない。
 彼女に名前を呼ばれるなんて。あんな風に壁のない態度で。


 あれは、夢のような夢の話。
 束の間叶えられた僕の夢。






2011.9.11. UP



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はい、夢オチでした。
久々にリクエストじゃない話ですね。

キリリクが予想以上に長いというかなんというかな感じになってきたので(…)
息抜きに旧携帯(ネタ出し用)から持ってきました。
結構前に思いついてネタだけ放り込んでいたものです。
幼馴染萌え属性なので、3人が幼馴染だったら面白いだろうなぁと。
でもこれって陛下の理想の世界じゃないのかなって思います。
王という重責もない自由な世界。夕鈴は傍にいて、手を伸ばせば届くところにいるんです。
夢のような話ですよね。だからこのタイトルです。



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