最強の恋敵
      ※ 88888Hitリクエスト、キリ番ゲッターナナメ様へ捧げます。




 後宮にいつものように会いに行くと、楽しそうな夕鈴の声がどこからか聞こえてきた。
 どこで話してるのかと視線を巡らせると、どうやら彼女の部屋からのようだ。

 一体誰と話しているのだろう。


「そんなことはないですよ〜」

 夕鈴の笑い声が近くなる。
 興味を持って入口を抜けると、彼女を隠すような後ろ姿がまず目に入った。

「――――ッ」
 途端に息を止めたのは、それがどう見ても男の背中だったからだ。

 何故後宮に、自分以外の男がいるのか。
 何故、彼女はそんなに楽しそうに笑っているのか。

(…誰が許すか。)
 彼女の隣にいて良いのは自分だけだ。他の誰も許しはしない。

 沸き上がった怒りのままにズカズカ足を踏み入れて、男の肩を掴むと強く引いた。


「―――お前は誰の許可を」
 少し驚いたようにこちらを見る相手に、こちらも思わず言葉を切る。


 …振り返ったのは自分。
 自分と全くそっくりな人間がそこにいた。


「誰だ?」
 警戒心も露わに眉根を寄せて問う。
「君こそ誰?」
 すると相手はきょとんとして聞いてくる。

「私は珀黎翔だ。」
「僕も珀黎翔だよ。」

 互いに名乗って、互いの顔をじっと見る。
 けれど、どんなに見ても自分以外の何者でもない。


「陛下が2人??」
 2人の前にいた夕鈴がびっくりしたように言って、自分の認識が事実であることをそこで
 理解した。















「……あの、」
 僅かに頬を染めた夕鈴はどことなく困ったような顔をしている。
 自分の置かれた状況に戸惑っているらしい。

 同じ顔の同じ人物が2人。
 けれど、不思議と偽者だとか刺客だという認識はなかった。

 ―――自分の中にもう一人の自分がいない。
 そのことに気が付いていた。

 だから黎翔自身はそれほど戸惑いはしていない。
 ただそれ以上に苛立ちの方が大きかった。

 長椅子に移動してから、彼女を挟んで反対側にいる男が邪魔だ。



「お前はいつまでここにいる?」
 腰を引き寄せて彼女を自分の腕の中に収める。
「いつまでだっているよ。だって夕鈴の部屋だから。」
 ねー?ともう一人の自分が夕鈴に笑いかけて、彼女は「はぁ…」と曖昧に答えて。
 目を合わせることすら不快で彼女の目を手のひらで覆った。
「―――見なくて良い。私以外の誰も。」
 耳元で囁くと彼女の身体が大きく震えたのが伝わる。

 いつまで経っても彼女は狼陛下に慣れてくれない。

 くすり と笑う気配がして顔を上げると、視線がかち合った同じ顔が、予想通りの表情で
 笑っていた。
「…余裕がない男は嫌われるよ? もう一人の僕。」
「……」
 もちろん睨んでも相手は自分だ。狼陛下の眼光も全く効果がない。

 自分に言われるとまた腹が立つ。
 …自覚があるだけに。

「ゆーりんが怖がってるじゃない。」
「――――」
 何より言われたくない言葉を聞いて力が緩む。
 その隙に相手が夕鈴を引っ張りだして、もう一人の腕の中へと傾いた。


「おかえり、ゆーりん♪」
 上機嫌でもう一人の自分が夕鈴に笑いかける。
 どこかしらホッとしたような彼女の横顔にまた機嫌が急降下した。
「夕鈴…」
 無意識に出た低い声に夕鈴の肩が再びびくりと震える。
 しまったと思ったが、彼女の手が相手の服を縋るように握りしめるのを見てさらに苛立ち
 が増した。

「怖がらせないでよ。それ以上嫌われたいの?」
 もう一人の自分が困ったように笑う。
 取り返そうと伸びた手が止まった。

「それとも、嫌われ者の狼陛下が愛されると思ってる?」
「…ッ」

 自分の声が自分に突き刺さる。
 心の奥深くで思っていたことを言葉に出されるのは予想以上の痛さだった。


「ねえ、"狼陛下"。それでも君は彼女に愛されたい――――?」























*

























「――――――…」
 一気に意識が浮上して目が覚めた。
 今までのことが夢だったことに気づいて、どっと感じた疲労感に深い溜め息が漏れる。

(自分が恋敵とか何の冗談…)

 これから狸共とやり合わなくてはならないのに、朝から無駄に疲れてしまった。
 この程度で奴等に負ける気はしないが、李順からはまた「周りが近づけない」だの何だの
 と長々と言われそうだ。
 それも面倒だ。

「……こういう時は、」

 思い立ったら行動せずにはいられない。
 近くに放っていた上着を羽織って黎翔は寝室を出た。













「あ、あの、陛下? どうなさったんですか?」
 早朝という珍しすぎる時間の来訪に目を丸くして夕鈴は黎翔を出迎える。
 どうやら彼女も起きてはいたらしく、周りもそれほど慌ただしい様子はなかった。

「―――夢に君が現れて、会いたくなった。」
「…っ!?」
 途端に動揺を示す彼女が言葉に窮している間に人払いを命じる。
 音もなく彼女達が下がっていくのを確認してから、ふうと肩の力を抜いた。



「…ゴメンね、朝から。」
「お疲れのようですね。どうなさったんですか?」
 黎翔が謝るとトコトコと彼女から近づいてくる。
 心配されているのが分かって嬉しい気持ちと、狼ではないから近づいてきてくれることへ
 の苦しさと。
 さっきまで囚われていた夢が頭の隅でちらついて複雑な気持ちが混ざり合う。
 …助けを求めていたのだろうか。
 無意識のうちに彼女の方へ手が伸びていた。

「!?」
 ぎゅうと転がり込んできた彼女の肩を抱きしめる。
 腕の中でわたわたと慌てる彼女に小犬の声で名前を囁くと大人しくなった。

「ね。夕鈴は、今の僕と狼陛下はどっちが好き?」
 傷を負った心には気づかないふりで。
 彼女に表情を見せないように抱きしめたままで尋ねる。
「ええっ!? そんなこと言われましても…」

 意地悪な質問だという自覚はあった。
 けれど、真面目な彼女はうんうんと一生懸命考えてくれる。
 それを見ているだけでいくらか気分は楽になった。

「陛下は陛下ですし、狼陛下は演技だといっても狼陛下がいなければ今の安定はないわけ
 ですし…」
 考えながらそのまま彼女は答えを口に出す。
 彼女は嘘をつかない。彼女の言葉はそのまま真実。
「そんな、どっちが良いとか決めるものではないと思うんですが…?」


 ああもう、どうして君はそうなのかな。


「…良いなぁ 夕鈴は。」
 頬が緩むのを止められない。
 思い立ったままにここに来て良かった。
 さらに強く抱きしめると、彼女はぎゃあと叫んだけれど。

「本当に夕鈴が奥さんで良かった。」
「…、臨時花嫁ですが。」

「うん、良いなぁ…」
 都合の悪い言葉は無視する。








『ねえ、"狼陛下"。それでも君は彼女に愛されたい――――?』

 自分の声が耳に残っている。
 思い出しても嫌な夢だ。自分に自分を暴かれた。



(…愛されたいよ。)
 夢の自分に心の中で答えを返す。


 自分の全てを。彼女に。
 そうしたらきっと、他に何も望まないほどの幸せを得られるだろう。

 …それは叶わない夢なのかもしれないけれど。






2011.10.9. UP



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お題:「狼陛下と子犬陛下の人格で身体が分かれて陛下が2人になって夕鈴争奪戦。陛下の夢落ち的なお話」
陛下のモヤモヤした心情が読みたいので最大の敵は己といわんばかりに夕鈴を取り合って目覚めはゲッソリ陛下(原文)

夢の方は狼陛下視点にしてみました。
理由は小犬より嫉妬を隠さなくて面白かったから。(鬼)
ちょっとだけ小犬優位なのも夢だからですね。

陛下は今も夕鈴が狼陛下を怖がっていると誤解したままなんですよね。
というのを考えていたのでその思いも話に混ぜてみました。
だから夢の中の夕鈴は本当に怖がっているわけです。
その辺りももうちょっと書きたかったのですが、基本がギャグのつもりで書いたので軽めになりました。
てゆーか、うちの陛下は小犬でも普通に夕鈴に触れますね。私が抱擁フェチだから?(笑)


ナナメ様、キリリクという名の萌えをありがとうございました!
もう少し時間がかかるかなーと思ったら、書きだしたら止まりませんでしたーv
感想だけでなく、意見や返品も随時受付中です。お気軽に☆
 


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