祈りの日
      ※ 未来夫婦シリーズの、子ども達がちょっと大きくなった頃のお話。




 毎年その日になると"彼"は王宮の最奥にある小さな墓に参る。

 1つを守るために失ってしまったもう1つの命。

 彼女は失えない存在だった。国にも彼にも。 
 今もその選択に後悔はしていない。今一度選択を迫られても同じことをするだろう。


 少しだけ昔に失った小さな命。
 夕鈴も知らないそこは、数年前まで黎翔だけの秘密の場所だった。






*






 小さな石が置かれただけの簡素な墓。
 その前に添えられた真新しい花は自分達の父親が置いて行ったものだろう。

 墓前に膝をついてその隣に自分が持っていた花を並べる。
 手を合わせると隣の少女もまた同じように座って祈りを捧げた。


 その日、凛翔は鈴花を連れてそこを訪れていた。

 ここの存在は2年前父に教えられた。理解できる年になっただろうと言われて、母が知ら
 ないことまで全てを教えてもらった。
 …その時 凛翔も父の選択は間違いではなかったと思った。
 確かに、父の見立ては正しかったのだ。


 それから2年経ち、妹はその時の自分と同じ年になった。
 だから今年は父とではなく彼女とここを訪れたのだ。


 凛翔が立ち上がると鈴花も真似をする。
 伸ばされた手を繋いで、2人で墓標を静かに見つめた。

「―――ここは、僕達の兄か姉になる人が眠っている場所なんだ。」
 産まれる前に死んでしまったのだと。それだけを告げる。
 鈴花は全てを知る必要はない。
 ただ、その事実だけを知っていてもらえばいいと思った。

「母上には内緒だ。」

 あの人は自分を責めてしまうから。
 父にそう言われたから凛翔も黙っている。

 笑顔を守りたいんだと父は言った。
 その気持ちは凛翔も同じ。
 だから、何事もないように振る舞う父に倣って凛翔もいつも通りでいた。


「…おかあさまは、知ってるよ。」
 ぽつりと、零すように鈴花が言う。
「えっ?」
 弾かれたように隣を見ると、鈴花はゆっくりこちらを振り返って見上げた。
 投げかけた疑問の視線に、彼女は頷くことで応える。
「教えてくれたもの。心配させるからおとうさまには言わないでねって。」
「――――…」

 ―――何てことだと思った。
 母もまた、いつも通りに今日という日を過ごしていたのに。
 父も自分も気づかなかった。母が知っていただなんて。


 笑顔を守りたくて秘密にしていた父。
 心配させたくなくて秘密にしている母。

 互いに秘密を抱えたまま。

 でも、それは―――


「―――だったらこれは僕達だけの秘密だ。」
「うん…」

 互いが互いを大事に思って秘めていることならば、何も言わないことが自分達にできるこ
 とだと思ったのだ。
 鈴花も同じ思いだったらしく、小さく頷いて身を寄せてきた。



「……帰ろうか。」
 2人で一緒に背を向ける。
 手を繋いだまま、光溢れる林の中を並んで歩いた。



 ―――どうか穏やかに。

 そこに眠る1つの命に祈りを捧げて。。。




2011.10.15. UP



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凛翔が10才くらいかな? だいぶ性格が父親寄りになってきたと思います。
鈴花はどっちにも似ずおっとりしてますが、時たま母親張りに突拍子もないことをやります。
そんな話も書きたいなーとか思ってみたり。

陛下は夕鈴に秘密にしていて、夕鈴も陛下に秘密にしていること。
幸せな未来の中の、たった一つの悲しい秘密。
毒殺未遂事件に絡んだネタです。(書く気はないのにネタはある不思議)
 


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