夢の守り人
      ※ ある日の書庫での絽望さんとお妃様と陛下のお話。




「…おや?」

 最初は見間違いかと思ったが、近づくにつれその予測は確信に変わった。
 書棚からちらりと覗く鮮やかな色彩の裾もどこからか香る花の匂いも、官吏では有り得な
 いものだ。


「やっぱり…」

 書庫の奥までやってきたところで、目を閉じたままのお妃様を見つけた。
 椅子に凭れかかって器用な格好で小さな寝息を立てている。
 絽望が近づいても全く動かないところを見ると、どうやら本当に寝入っているらしい。

「…ここは後宮ではないというのに。」
 すやすやと眠りこける彼女を見下ろして、絽望は1人どうしたものかと苦笑いする。
 方淵辺りだったらすぐにでも起こすのだろうが、こんなに気持ちよさそうな彼女を起こす
 のは少し気が引けた。

 膝を折って傍らにしゃがみ込む。
 そうして頬にかかる柔らかな薄茶の髪に触れてそっとかきあげた。

「―――こんなところで寝ていると、食べられてしまいますよ。」
 小さく笑って彼女から手を離す。
 まだ彼女は起きる気配も見せない。…もう一度、今度は彼女の滑らかな肌へと手を伸ばそ
 うとした。

「―――!」
 風を切る音と共に視界の端に光るものが映る。
 飛んできたそれを避ければ彼女に当たるので、下に落ちていた書簡を咄嗟に掴んでそれを
 受け止めた。

 カランと音を立てて足元に短刀が落ちる。


「それはお前のことか?」
 低い声から滲むのは、怒気を通り越して殺気に近い。
 顔を上げた絽望は、いつの間にかそこに立っていた人物を見上げた。
「…否定はしませんが。」
 実際今まさに手を出そうとしていたところだった。
 もう少し遅かったら、と、それは安堵か落胆か。

「お前は命が惜しくないらしいな。」
「―――貴方がここで私を手打ちにするような愚王なら、私は最初から貴方には仕えてお
 りませんが。」
 絽望は恐れない。相手が本気なら本気で返すだけだ。
 鋭い瞳で見下ろす最強の恋敵を真っ直ぐに見つめ返す。
「…口の減らない男だ。」
 それだけ言って殺気を収めた陛下は、2人の間に割り込むとお妃様の身体をそっと抱き上
 げた。


「ん… へーか…?」
 少しだけ目を開けた彼女は、見知った腕の中だと気が付くと安堵したように擦り寄って首
 にしがみ付く。
 そうしてまたすぐに夢の中に入り込んでしまった。

「……」
「…お妃様の御心は常に陛下にあるようですね。」
 沈黙する陛下に向かって、敵わないと言いながら絽望は笑う。
 また見せつけられてしまった。

「お妃様には、警戒心をお持ちくださるようお伝えください。」
「無論だ。お前のような輩が他にいるとも限らんからな。」
「そうですね。」
 嫌味もさらっと受け流して、2人を残して書庫を出ていく。
 これ以上ラブシーンを見ていられるほどの神経の図太さは持ち合わせていない。
 だから1度もふり返らなかった。









「…私も大人になったなぁ。」
 政務室に戻る道で、絽望は1人呟く。
「気が長くなったものだ。」
 以前の自分ならもっと上手く立ち回るかしただろうに。

「これも惚れた弱みかな…?」

 自分には似合わないなぁと思いながら、それ以上の適当な言葉を思い出せず。
 やっぱりそうなのかなと、そんな自分に苦笑った。



2011.10.15. UP



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時々忘れそうになりますが、この人陛下より年下なんですよね。
きっと10代の頃は結構無茶してたんじゃないですかねぇ。

別にあの後2人のラブシーンはなかったと思うんですけど。
絽望さんはあるんだろうなと思ってます。本物の夫婦だと思ってるので。
だから遠慮しなくても良いんだよー(オイ!)
 


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