西からのお客様 2




「バイトだったんです。縁談避けの為の臨時花嫁で、最初は1ヶ月だけだったはずで… な
 のにずるずると長引いてしまった上に、何故だか…いつの間にかこんなことになってまし
 た。」

 改めて言葉にすると本当に不思議な縁だなと思う。
 人生何があるか分からないものだと、あははーと后らしかぬ笑い声をあげた。
 見つかったら絶対説教ものだ。

「今でも信じられないです。これは夢で、いつか覚めてしまうんじゃないかって思うとき
 もあって。」

 あの人の腕の中で目覚める度に夢じゃなかったことを安堵する。
 いつかこれが当たり前だと思う日が来るのだろうか。今はまだ分からない。

「私は何も持たないから。陛下は私だけで良いっておっしゃるけれどそれで良いのかなっ
 て時々思います。」

 周りの言葉は気にしていない。けれど、彼らが言うことにも正しい部分はあると思う。
 私はあの人の役に立ちたい。でも足枷になっていないだろうかと。


「―――それでも、あの方は貴女を選んだのでしょう?」
 いつの間にか俯いていた顔を上げると、彼女はにこりと微笑みかけていた。
「イジー様のご両親も身分差を越えての結婚だったそうです。しかも、お母様はガルニア
 の方でもなくて。」
 そして彼女は、お供として付いてきたもう一人は王子の母方の従兄弟で、とても貧しい家
 庭だったというのを教えてくれた。
「でもみんな幸せです。夕鈴様は幸せですか?」
「…… はい。」
 誰にも言えなかったことを言えて、しかも背中を押すような言葉をかけてもらって。
 心がすーっと軽くなるのを感じた。

 あの人の隣にいるということ。それだけで私は幸せ。
 何を悩むことがあっただろう。


「夕鈴様は陛下のどういうところを好きになられたんですか?」
「え?」
 それもさっき自分が聞いたなと思う。
 あちらが答えてくれたのなら、こちらも正直に答えるべきか。…恥ずかしいけど。
「どこが好きか、って言われると難しいんですけど…」

 隠し事は上手いし、すぐにはぐらかすし。
 人前で恥ずかしいことばかりするし、人をからかうのが大好きだし。
 だいたい、変な顔が可愛いとか意味分かんないし。

「えーと… 最初は放っておけないと思って、だんだん力になりたいと思うようになって。
 いつしかそれが傍にいたいに変わったんです。」

 好きになったきっかけは思い出せない。
 だって気がつけば目が追っていた。加速する想いを止められなくなっていた。

「あの方のことが本当にお好きなんですね。」
「―――…はい。アルディーナ様もそれは同じでは?」
「はいっ」
 彼女と顔を見合わせてクスクスと笑いあう。
 こんなに素直に気持ちを誰かに言ったことはあったかしら。
 それはこの姫君の持ち得るもののせいだろうか。





「そういうことは本人に言ってもらいたいな。」
「!」
 突然背後から聞こえた声にがばりと振り返る。
「陛下ッ」
 ちょっと不機嫌そうな顔をした狼陛下がそこにいて、夕鈴と目が合うと彼は四阿に足を踏
 み入れた。
 別れ際の言葉通りに姫君を迎えに来たのかイジー王子も一緒だ。

「君は私の前では滅多にそういうことを言ってくれないからな。」
「い、一体どこから聞いて…」
 本人がいないから、かなり正直にいろいろしゃべった気がする。
 全部聞かれていたらと思うと恥ずかしくて仕方がない。
「好きか否かの話のところからだが、その様子だと他にも何か言っていたのか?」
「……何でもないです。」
 どうやらほとんど聞かれてなかったようで安心した。だったら隠し通すだけだ。

「ほぉ…その可愛らしい唇で、どんなことを言ってくれたのか。」
 さりげなく視線を逸らしたつもりが、逆に顎を取られて至近距離で見つめられた。
「私には聞かせてくれないのか?」
「絶対言いません!」
 腰に手を回されて逃げ場を絶たれる。この手際の良さが憎らしい。
「君が恥ずかしがり屋なのは知っているが… そこまで頑なだと無理矢理にでも聞きたくな
 るな。」
「い、嫌ですよ!」
 押し返そうとした手の片方を取られ、さらに指を絡められた。
 抵抗さえ封じ込められて、触れ合った部分の熱だけがどんどん上がっていく。
「私は君への愛の言葉ならいつでも言葉にできるが?」
「〜〜〜ッッ」

 恥ずかしい恥ずかしい。
 てゆーか、人がいる前で何してんの この人!?

「もうっ離してください! お客様の前ですよ!?」

「…ああ、気にするな。俺達は勝手に部屋に戻る。」
「きゃっ」
 王子がさっとアルディーナ姫を抱き上げる。
 小柄な彼女はすっぽりと王子の腕の中に収まった。
 夕鈴と違うのは、最初に驚いただけでそれ以上の抵抗はしないところか。
「同じ部屋なんだろう?」
「ああ、勿論だ。」
 言いながら、陛下も夕鈴の膝裏を掬って抱き上げる。
「!?」
 声を上げる間すらなかった。
 というか、いつの間に指を解かれたのかも謎だ。

「私達も部屋に戻ろう。―――次は夕食の席で会うとしよう。」
「分かった。」
 それぞれの妻を抱えて、陛下と王子はそれぞれ別の方向に歩きだした。



「下ろしてくださいってば!」
「嫌だ。君はすぐ逃げるだろう。」
「あったり前です!」
「だったら部屋までこのままだ。」


「私も自分で歩けますよ?」
「気にするな。慣れない長旅で疲れているだろう?」
「…はい。ありがとうございます。」


 互いに互いの会話を聞きながら、声はだんだん遠くなる。
 その後の話は、互いに知らぬまま。










*











「私もあんな風に言ってもらいたいな。」
 大きな腕に抱かれて、アルディーナはさっきのもう一つの夫婦の会話を思い出す。
「誰に?」
「他に誰がいるんですか?」
 そうして言ってもらいたいその人をじっと見た。
「…無茶を言うな。」
 しばしの沈黙の後、不機嫌な顔で返される。
 けれどそれは照れているだけなのだと分かるから。
 冗談だと言ってクスクスと笑った。
「分かってます。そういうところも好きですよ。」

 だから私が貴方の分まで、言葉で気持ちを伝えよう。









「へーかはいちいち表現が過剰なんですよ! 少しはあの方を見習ったらどうですか!?」
 腕の中でじたばたと暴れても彼の足取りは揺るがない。
 でもちょっとむっとした顔をされた。
「僕よりあっちの方が好みなの?」
「何の話ですかっ ドキドキし過ぎて心臓が保たないんです!」

 日に日に磨きがかかって糖度が上がっていく愛の言葉達。
 私の心臓止める気なんじゃないのかこの人はと時々本気で思う。

「やっぱりゆーりんは可愛いなー」
 暴れる夕鈴を押さえつけるくらいにぎゅーっと抱きしめられた。
 ついでに首筋にキスを落とされる。
 ぎゃーと叫んでしまったのはもはや反射だ。

「だからッ それを止めてくださいって言ってるんです!」


 もし心臓が止まったら陛下のせいだ。
 溢れるくらいの愛をもらって、私はいつか窒息してしまう。

 ―――それでも好きだから、貴方の傍から離れる気はないけれどね。





2011.10.17. UP



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お題:ひみつの姫君うわさの王子とのコラボ、夕鈴とアルのガールズトーク。
内容は旦那様の惚気…二人共々結婚後♪そしてどこぞで聞いていた旦那様二人にそれぞれお持ち帰られてください☆(原文)

甘々ほのぼの。糖度MAXでお送りしました。
これも未来夫婦に入るのかなーと思って入れました。
わりと新婚に近い頃かな?
この後から夕鈴は自信を持って、夢だとは思わなくなったとか。
むしろ陛下の方がずっと夢のようだと思ってたりとか。
そんな裏設定。

このリクをいただいたのでコミックス買ってみました。←実は持ってなかった
いやーものすんごい面白かったです☆
現在狼陛下と一緒にベッドの上に置いてありますヨ。
こっちは姫の方が積極的なんですねぇ。好きって気持ちが溢れてる感じがとても可愛い。
まあ、夕鈴は身分差とかあるから仕方ないんですけど。
イジー王子の両親の話とかもっと詳しく知りたかった。柱のあのネタだけで萌えた!ので盛り込んでみました(笑)

ちょこちょこ様、毎度素敵萌えをありがとうございます!
お待たせしてしまい、申し訳ありませんでしたm(_ _)m
次のリクエストもお待ちしております〜v
苦情返品などはいつものように随時受付中でございます。





オマケの王子視点☆

「―――その件についてはこちらでも調べてみよう。」
「頼む。」
 彼女達が去った後、場所を移動して表には出せない案件を話し合っていた。
 時間的には一刻ほど。数日あれば片が付くだろう。

「しかしこの程度なら、王子自ら来なくとも良かったのではないか?」
 確かにそうだ。本来なら使者を立てても良いくらいのこと。
 だが、今回はアルを連れていくという別の目的があったからだ。
「…あいつに、この国を見せる約束だったからな。」

 "お前に見せたい場所がある。遠いが…とても美しい国だ。"

 行くかと聞いた自分に、きらきらと輝く笑顔で「連れて行ってください」と彼女は言った。
 だから連れてきたのだ。


「こっちがついでか。溺愛だな。」
 狼陛下が普通の青年の顔で笑う。
 いつの間にこんな顔ができるようになったのか。…彼女の影響か。
「…それで、アルはどこだ?」
「後宮ではないだろうから庭園の四阿だろう。」
 迎えに行こうと踵を返す男にイジーもすぐに続いた。
 妻の溺愛ぶりならこの男も負けていないと思う。

「どんな可愛い会話をしているんだろうな、我々の奥方達は。」
「…さあな。」

 まさかその奥方達が自分達のことをノロケあっているとは、この時の2人は微塵も思っていなかった。

妻溺愛の旦那達(笑)
その場には李順さんやヴィートもいるんですが。たぶんこんな会話をしてるんじゃないかと。(↓)

「相変わらずだなー あまりの甘さに胸焼けしそうだ。」
 2人を見送って苦笑いしたヴィートがふり返ると、李順が青い顔をしていた。
「?」
「…胃が……」
「ちょ、李順さんっ!? 大丈夫!?」
「……、后を溺愛するのは構わないんですが、また仕事が滞る気が…」
 絶対この後戻ってこないと呟いて、その場で胃をおさえながら蹲る。
「李順さん!? 誰か医者呼んで〜ッ!!」
 


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